教師間の微妙な関係【連載小説 教師の小骨物語 #9】

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新米でもベテランでも、教師をしていると誰でも一つや二つは、「喉に詰まっている”小骨”のような」忘れられない思い出があります。それは、楽しいことばかりではなく、むしろ「あのときどうすればよかったの?」という苦い後悔や失敗など。そんな実話を取材して物語化して(登場人物はすべて仮名)、みんなで考えていく連載企画です。

9本目 人気若手教師が子供たちと先輩教師の板挟みに

「山ピーは、私たちの話をちゃんと聞いてくれるから、なんでも話せる!」

「ねぇ、山ピー、一緒にドッジボールしようよ」

6年生の担任になった僕(山下智之・教師3年目)は、「山ピー」と呼ばれて、子供たちに慕われていた。某アイドルグループのイケメンに似ていたわけではなく、若くて、名前が山下智之だったからだ。「山ピー」と呼ばれて悪い気はしていなかったし、これまでの学級経営は問題なくうまくいっていたので、正直、僕は少し天狗になっていた。

ところが、“ガツン”と壁にぶち当たることになる。

新年度が始まって少し経った頃、学年の女子たちの間でシャープペンを持ってくるのが流行った。授業中に分解して遊んだり、カチカチする音で集中力が途切れる。流行の新製品を誰かが持ってくれば、「私はもっと新しいものを!」と商品自慢もエスカレート……。

「どうしましょうか?」 6年生の3クラスの担任で話し合うことになった。
僕以外は、それぞれ 40代、50代のベテラン女性教師。

「そもそもシャープペンは、禁止ですよ」

話し合うというより、“確認”だった。

「子供たち、納得するでしょうか?」

「納得も何も、学年のルール! 持ってきたら没収するということにしましょう」

「はぁ…。わかりました。では、シャープペンは禁止ということで…」

学年でルールを決めたのに、先輩教師はぬる~い対応

翌朝、「シャープペンの禁止」を子供たちに伝えると、案の定、ブーイングの嵐になった。

「なんで~? なんでいけないの?」

「これは学年で決まったことだから」

「山ピーもシャープペンはダメだと思ってる?」

ギクッ。女子は鋭い。不満いっぱいの目で僕をにらんでくる。でもここでひるまず、学年間のルールを守らなければ。

「と、当然だ。小学校のうちは鉛筆でしっかり字を書く練習をしなさい。いいかぁ、持ってきたら先生が没収するからな」

「シャープペン禁止」になってから、文句を言いながらも、うちのクラスの子どもたちはルールを守ってくれていた。

ところが、2週間ほど経ったある日、クラスの女子グループが僕に詰め寄ってきた。

「先生、今日、クラブ活動でほかのクラスの子たちと一緒になったら、あの子たち、シャープペンを持ってるじゃん!」

「ずるくないですか? 私たちは約束を守っているのに。学年のルールじゃなかったの!?」

「ほかのクラスの先生にも、ルールを守ってもらうようにちゃんと言ってください!」

6年生の女子ともなると背も高く、7~8人で詰め寄られると、かなり迫力がある。訴えてくる内容も“ごもっとも!”で、こちらはタジタジだ。

二人の先輩女性教師の顔が浮ぶ (う~ん、言わなくちゃ…)。

「そうですか。わかりました、言っておきます」

40代の担任は、忙しいのか僕の話を半分ぐらい聞いたあたりで、バタバタと立ち去った。

2年後には定年退職する50代の担任は、「こういうことってなかなか徹底できないのよね。6年生ぐらいになると上手に隠すしね。まぁ、うまくやりましょう!」

僕の肩を叩いて、笑っている。 「うまく」と言われても、うまくやれないから頼んでいるのに…。ベテランになると“程よいゆるさ”を身に付けられるのだろうか。その加減がまだ僕にはわからない。

子供にも先輩教師にもイイ顔で、信頼失墜……

二人の先生の対応から予想はできたことだが、また数週間後、うちのクラスの女子たちが怖い顔をしてやってきた。

「本当に言ってくれたの?」

「言ったよ。ルールを徹底させてくれないと困るって、きちんと言ったさ」

女子たちは、僕の心の内を見抜くような顔をして、さらに僕を責める。

「じゃ、なんで、まだシャープペンを持ってくる子がいるわけ?」

「山ピーが取り上げてよ!」

「そんな…。よそのクラスのことまでは……」

「学年のルールって言ったくせに! 嘘つき!」

女子たちに詰め寄られる新米教師

人気者だったはずの僕に対する信頼が急降下していった。「頼りない」「信じられない」と思われているのが、女子たちの視線から感じられる。自分一人で解決できることなら、どんなことでも一生懸命がんばれる。だけど、先輩教師に強い態度でモノ申すことが、なかなかできない。

このシャープペン騒動は結局うやむやになったまま、秋を迎えた。三人の担任の力関係が変わることもなく、ルールにゆるい二人の女性教師のおかげで(それだけのせいでもないけど)、修学旅行もさんざんだった。行きのバスでは全員が寝ていて、夜になるとホテル内を行き来して、僕は夜中の見回りでほとんど眠れなかった。

結局僕は、女子たちの信頼を完全にはとり戻せないまま、1年間を終えることになった。

新米だったとはいえ、あの頃の自分の不甲斐なさを思い返すと情けない。教師間の微妙な上下関係の中で、正しいことを言いたくても、つい遠慮してしまうのは仕方のないことだろうか。

いや、大人の勝手な都合だ。でも、うまい伝え方や協力をお願いする方法が、あの頃の僕には浮かばなかったんだよなぁ……。

取材・文/谷口のりこ  イラスト/辻星野

『教育技術』2017年5月号より

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