一向に減らない「いじめ問題」に、覚悟をもって取り組んでいこう

連載
タバティのLet’sスマイル (レッツスマイル)学校づくり

前埼玉県公立小学校校長

田畑栄一

文部科学省から令和4年度(2022年度)「児童生徒の問題行動・不登校調査」の結果が10月4日付けで発表されました。令和4年度のいじめ認知件数は、68万1948件と前年度より6万件余り増え、過去最高です。小さなトラブルなども見逃さず学校が対応した結果の数字だと捉えることができます。そして、学校でいじめが起き、解決するために先生たちは日々神経を擦り減らしているだろうと思いを馳せます。学校は多くの価値観が交じり合う場で、様々なトラブルが起きるのは至極当然なことです。心のリフレッシュを大事にしてください。
今回は、「いじめ」問題について焦点化して考えていきます。学校はいじめが起きないよう様々な予防教育を積み重ねていると思いますが、それでもいじめは起きます。もし、あなたの学校でいじめが起きてしまったら、どう対応していますか。

【連載】タバティのLet’sスマイル(レッツスマイル) 学校づくり #12

「いじめ」が起きた時の基軸は何か

2023年9月27日に放送されたNHKクローズアップ現代「“命の法律” が守られない 岐路に立ついじめ対策」。皆さんの中にも、ご覧になった方が多いのではないかと思います。

「いじめ防止対策推進法」が施行されてから、2023年9月28日で10年目に当たります。
この番組では、具体的事例として、2件の中学生の自殺事件を取り上げており、それぞれの対応において、開いた口が塞がらない場面がありました。これでは、いじめは根絶できないなあ、とため息がでました。それら2つの場面に焦点化して述べます。
論を進めるにあたり、発言の内容を要約し読みやすくしています。予めご了承ください。

1つ目は、北海道旭川市の、当時中学2年生だった廣瀬爽彩さんが、性的な虐待やクラスにおける仲間はずれなど、壮絶ないじめの犠牲となって自らの命を絶ってしまった件です。
この問題を調査すべく第三者委委員会が組織されました。この委員会は、加害者側の一部行為をいじめと認めつつも、クラス内のことについては「爽彩さんを意図的に排除するものでなく、いじめではない」と結論づけました。第三者委員会の委員長を務めた、弁護士でもある辻本(「つじ」は一点のしんにょう)純成氏の発言には唖然とするものがあります。

「対策法は欠陥だらけで、対策法のいじめの定義というのは非常に幅広い。法律の難しい話を持ち出すよりも、一般的な広辞苑の定義を入れて考えた。その結果、『あなたは、あの子をいじめましたね』と非難するような行為には当たらない、と最終的な結論になった」。


遺族はこのような主張に納得できるはずもなく、新たな第三者委員会のもとで、再調査をすることとなりました。

いじめ防止対策推進法において、「いじめ」はこのように定義されています。

第二条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。

この「いじめ防止対策推進法」は、2011年に滋賀県大津市に住む当時中学2年生だった男子生徒が、いじめを苦に自殺した事件をきっかけに制定されました。この事例において学校側がいじめの事実を認めないばかりか、隠蔽や責任逃れを行ったことが大問題となり、二度と同じ過ちを繰り返さないように、との強い社会的な意志が働いた上での制定と公布です。
この法律では、
①いじめの定義
②学校や行政の責務
が明確に規定されています。大津市の事件を踏まえて、最悪なケースを想定しながら制定された一つ一つの文言には、被害者を守り切るための理念が込められています。
この法によって、いじめ事案に関係する全ての人が認識を同じくすることができ、同じ方法で解決ができるような指針を得られるわけです。度量衡が日本全国どこに行っても同じであるように、基本ルールは1つとし、自分勝手な解釈や法の無視は厳に慎むべきです。
私は自分の学校でいじめが起きてしまったとき、この「いじめ防止対策推進法」を根拠と指針にして、被害者と加害者で話し合いをしながら、粛々と解決へ向かうことができました。
また、本法を順守して、いじめ予防教育を進めると、学校におけるいじめ事案が有意的に減ったことも確認できています。「いじめ防止対策推進法」を再度読み直し、自校の予防教育や、いじめ事案に対しての根拠として活用することを強くお薦めします。いじめのほとんどは、解決します。

2つ目は、埼玉県川口市の男子中学生、小松田辰之輔さんの自殺事件を取り上げた場面です。
小松田さんは度重なるいじめに心を痛め、何と自殺未遂を3度も繰り返し、その3度目の自殺未遂で重傷を負ってしまいます。
そしてようやく学校が動き、被害者と加害者親族、そして、3人の学校関係者で話し合いが行われることになったのですが…。
番組では、その際のやり取りの一部音声が流されました。

加害者の父「とにかくうちの子はやっていない。なぜ呼ばれたのかっていうのは正直言ってピンときていません(この場の)趣旨が」
加害者の祖母「なんで他人のせいにするんですか」
辰之輔さん「死ななきゃ分からないと思ったんです」
加害者の父「君の脚がそうなったのは、まず君が原因。君が飛び降り行為をしたから、そうなった」
加害者の祖母「それを人のせいにしてね」
こうした、およそ1時間にも及ぶやりとりの間、立ち会った3人の学校関係者は何も発言しませんでした。そして、その挙げ句、教頭からの「今回は平行線であった」との発言をもって、この場を終わらせてしまいました。
事態は何の進展もせず、何の善後策もとられずに、辰之輔さんは4度目の自殺行為に及び、とうとうその生命を絶ってしまったのです。

学校で話し合いの場を設定しながら、実際は加害者が主導権を握り、ほとんど一方的に持論を述べる展開になっています。なぜ学校関係者が主導権をもち、「いじめ防止対策推進法」に沿って話し合いを進めなかったのでしょうか。
この「話し合い」に関して改善すべき点が3つあります。

  1. 学校で、被害者と加害者の当事者同士の話し合いの場をもつとき、この「いじめ防止対策推進法」を中心概念とします。特に本法に基づき「いじめの定義」を共通の理解としなければ、感情的な発言が飛び交い混乱を来します。全国で自殺に追い込まれる多くのケースでは、「いじめ」という言葉の定義があいまいなまま進められ、被害者が絶望して自殺しているのです。「法律に基づいた言葉の定義」を基軸に進めることが解決につながるのです。
  2. 被害者に対して、加害者の人数が多く、さらに子ども対大人という構図だったこと。子どもに対して大人は心理的優位に立ちやすく、一方的に持論を展開しやすい構図になります。まさに録音された内容がそうでした。学校は、可能な限り対等な人数で話し合いの場を設定することが重要です。また、被害者側も加害者側も、当事者同士が参加しないで解決できるはずがありません。なぜなら、被害者は加害者の行為に関して、最終的に加害者からの謝罪の言葉が欲しいのです。謝罪の言葉が、苦しめられた心を癒すからです。
  3. 「話し合い」は、学校が主導権をもって進めなくてはなりません。被害者側と加害者側だけで話し合いをさせ、加害者が多くを語るばかりで、学校は「平行線なので、今日はここまで」と終わりにします。これでは、関係者全員に疲労感しか残りません。解決するための話し合いの手順を押さえる必要があります。学校は次の「話し合い」の流れで被害者に寄り添いながら進行することが重要です。基本手順は、
    (ア)学校が「今日の話し合いのねらい」と「いじめの定義」を明確に伝えることが重要です。(イ)発言はまず被害者からです。被害者がいじめを受けた苦しみを伝えます。
    (ウ)その後、加害者が被害者の言葉に対して答えていくのです。
    (エ)認識や意見の食い違いがあったら、その都度、修正するのが学校の重要な役割です。
    (オ)関係者全員が事実を理解し、加害者が誠意をもって被害者に謝罪するのが会の終末です。
    (カ)その謝罪の言葉を受け入れるかどうかは、被害者自身が決めることです。

この話合いにおいて、管理職は必ず、「学校は『いじめ防止対策推進法』に基づき、今回の事案はいじめと捉えています」と学校の立場を明確にしてください。

例えば私なら、
「この法律にも定められている通り、『いじめ』とは、当該行為の対象となった児童が心身の苦痛を感じているものです。今回被害者は、心身の苦痛を感じていますから、これはいじめ以外のなにものでもありません。さらにこの法律では『児童等は、いじめを行ってはならない』と定められています。それに反する行為をお子さんは行ったのです」と言い切ります。
この言葉によって、学校は、被害者を守り抜く覚悟があると示します。被害者の心情に寄り添いながら、学校が毅然と対応することが、いじめが起きてしまったときに必要な姿勢なのです。
また、加害者のことを糾弾するだけに留めず、過ちを認めればそれを受け入れ、寛容さを示すことも学校の重要な役割です。加害側の保護者に対しては「向日葵のように、太陽に向かって育つ子にします」と語り、同じ過ちを繰り返さぬよう見守っていきます。

おわりに

この「いじめ防止対策推進法」が制定された後、2018年には道徳が特別な教科として設定されました。この大津市の事件が起きたとき、法整備の必要性と同時に心の教育の充実も叫ばれたことが背景です。
しかし、道徳が特別な教科として位置づいても、法律が制定されても、いじめや不登校は相変わらず減らないし、むしろ増えているという現実があります。現在の学校教育を抜本的に見直す時期に来ているのかもしれません。

学校は子どもたちが安心して学べる場、表現できる場で、そこにこそ笑顔が生まれます。そうした笑顔が溢れる学校づくりを、できるところから着手していきましょう。

イラスト/坂齊諒一


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<プロフィール>
前埼玉県公立小学校校長。
埼玉県公立中学校国語科教諭、指導主事、教頭職、校長職を歴任。校長職は10年間。
著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる ~笑う学校には福来る~』(協同出版)、『クラスが笑いに包まれる! 小学校 教育漫才テクニック30』(東洋館出版社)、『学級づくりと授業に生かすカウンセリング』(共著・ぎょうせい)。 NHK EテレなどTV出演も多数。
現在は、全国各地での講演や研修を実施/私立学園中学校・高等学校国語科講師/一般社団法人「Lauqhter(ラクター)」教育コンサルタント/一般社団法人「アルバ・エデュ」参事/こしがやFM86.8 教育パーソナリティーなど。
最新の教育活動についてはこちら(他サイトが開きます)。


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