木村泰子「マスクをしている目」

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大阪市立大空小学校初代校長

木村泰子

新型コロナ対策によりマスクの着用が定着し、コミュニケーションの中で、目の役割が大きくなっています。小学校の教室で、マスクをしている教師のまなざしは子どもたちの心にどう影響するのでしょうか。「教育技術」本誌で人気の木村泰子先生の連載「学びは楽しい2020〜すべての子どもの学習権を保障する」から第4回「マスクをしている目」を紹介します。

執筆/大阪市立大空小学校初代校長・木村泰子

マスクの目イラスト(石川えりこ画)
イラスト/石川えりこ

高橋朋彦先生の動画子供の前でマスクをしているからこそ大切にしたいこと」で、本記事の内容を取り上げています。あわせてご覧ください。

マスクをしている「目」

人間ドックに行ったときのことです。

それでなくても不安な中で、胃カメラの検査を受ける番が回ってきました。未知の痛みに対する不安でいっぱいの私でしたが、そのときに対応してくださった看護師さんの目がとても優しくて、不安が一気に安心に変わりました。

人間ドックの場は全員の担当者がマスクをされていて、一人ひとりの方の「目」しか見えないのですが、そんな中で私は担当に当たられた一人の方の目に引き付けられたのです。この人の目はどうしてこんなに温かくて優しいのだろうと考えている間に不安が和らぎ、検査が終了しました。

「コロナ対策」の今、まさに子どもたちは「目」しか見えない人の中で学んでいるのですが、マスクをしている大人の目は、子どもたちにどのように映っているのでしょう。

「目が怖い」

1年前のセミナーで、学校に行けていない一人の子どもに出会いました。しばらくその子と二人で話をしたのですが、学校では自分から何かを発信したり友達とトラブルを起こしたりするようなことはなく、先生にも叱られたことがないそうです。先生も保護者も、どうしてその子が学校に行けなくなったのかが分からないとのことでした。

ただ、二人で話しているとき、その子がボソッと小さい声で「先生の目が怖い」ってつぶやいたのです。自分は叱られたことがないけど、クラスの一人の子を毎日大声で叱っている姿を見るうちに自分も叱られたらどうしようという不安でいっぱいになって学校へ行けなくなったそうです。自分が学校に行けない理由は大人の誰もが気付いていないとも言っていました。

この子の言葉は、子どもたちの誰もが感じていることかもしれませんね。言葉でどれだけ叱っていてもその子とつながっていたら子どもは前を向きますし、言葉でどれだけほめて優しく言ってもその子とつながっていなければ子どもは前を向きません。こんなことを考えると、子どもは大人のいったいどこを見ているのだろうかと考えさせられます。

「先生の目が怖い」と教えてくれたこの子のように、子どもは私たち大人の目をそれぞれに感じているのかもしれません。「目は口ほどに物を言う」ということわざがありますが、自分だけには見えないのが、自分の目です。自分を俯瞰的に見たとき、言葉や行動はある程度分かりますが、自分はどんな目をしているのかなんて、私はその子と出会うまで考えたことがありませんでした。この年になって教えられたことです。

マスクをして鏡の前に立ち、自分で自分の目を見ましたが、自分では分かりませんでした。どうすればあのときの看護師さんの目になれるのだろうと憧れが募りました。正解はきっと自分では見付けられないのでしょう。目の前の子どもが大人の自分をどう見ているかに尽きるのだとも思いました。「今、自分はどんな目をしているのだろう」と立ち止まってみるだけでも子どもを見るまなざしが変わりそうですね。

「不安」を「安心」に

「3密」の条件の中でどうすることが子どもの安心につながるだろうと、先生方は日々悩み続けていることと思います。現場にいたときにはよく、子どもたちや教職員のみんなと、「しなければならないこと」「できること」「したいこと」の今はどれをチョイスする?と対話することがありました。今のみなさんはどうですか? どれをチョイスしていますか?

教科書を教えるために出遅れた3か月分の内容を一気に詰め込んで評価のためのテストをしなければならない。休校中に出した宿題を徹底的にチェックして評価しなければならない。運動会や学校行事は中止にして学習の進度を保障しなければならない……など、「しなければならないこと」と考えているなら、「アウト!」の声が飛んできそうです。

「教育格差」や「公平」という言葉に惑わされていませんか? 今こそ、一人ひとりの「個」を育てることに徹しなければ、学校というパブリックの場から子どもの姿が消えていきそうです。

3か月授業ができないくらいで、子どもの学力を心配する必要は全くありません。授業のできなかった3か月をいかにチャンスにつなげるかです。そのヒントは子どもに教えてもらうしかありません。

ズーム(Zoom)での全国の人たちとの対話から感じることですが、先生たちは「無力感」を、保護者は「不信感」を感じ、子どもはせっかく登校できた学校を「楽しくない」と感じるのでは、ピンチがピンチのままで終わってしまいます。どんな授業の展開になろうと、子どもと対話して、子どもが納得し、ともにつくる授業では、子どもは学びに向かいます。

今こそ「学びは楽しい」を最上位の目的にするときです。

今回のまとめ

●マスクをしている自分の「目」は、子どもたちにどう映っているのかと考えてみよう。
●「教育格差」や「公平」という言葉に惑わされず、一人ひとりの「個」を育てることに徹すべし。
●今こそ「学びは楽しい」を最上位の目的として、子どもと対話し、子どもが納得し、ともにつくる授業をめざそう!

『教育技術』2020年9月号より


木村泰子先生からの定期便として大好評! 毎月の連載『学びは楽しい2020』は『教育技術』本誌『教育技術小一小二』『教育技術小三小四』『教育技術小五小六』『総合教育技術』)でお読みいただけます。


木村泰子先生
木村泰子先生

木村泰子(きむら・やすこ)全教職員、保護者、地域の人々が手を取り合って「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに情熱を注ぎ、支援を要すると言われる子どもたちも同じ場でともに学び、育ち合う教育を具現化した。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」流・自ら学ぶ子の育て方』(ともに小学館)などがある。

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