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インタビュー/東京都公立小学校統括校長 大字弘一郎さん:「標準時数ありき」ではなく、総授業時数を945時間に【授業時数問題 解決へのヒント②】

連載
インタビュー連載:授業時数問題 解決へのヒント

「授業時数が多すぎる」、そう感じている小学校の先生は、全国にたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。今までは学校や先生方の工夫で何とかこなしてきましたが、これから先もこのままでいいのでしょうか? 中教審で次期学習指導要領の議論が行われている今だからこそ、現場の声を上げ、具体的に何をどう変える必要があるのかについて考えてみませんか。連載の第2回は、現役の校長先生はどう考えているのかを知りたいと思い、元・全国連合小学校長会会長であり、東京都公立小学校統括校長の大字弘一郎先生にお話を聞きました。

大字弘一郎先生の写真とプロフィール

<プロフィール>
大字弘一郎(おおじ・こういちろう)
東京都公立小学校統括校長。
公立小学校教諭(14年)、地教委指導主事(5年)、公立小学校副校長(2年)、地教委統括指導主事・指導室長等(6年)を経て、公立小学校長(11年)。元・全国連合小学校長会長であり、中央教育審議会委員を務めた経験もある。

中教審で検討してほしいのは、総授業時数の削減

学習指導要領の改訂について、現在、中教審で議論が行われています。現場の代表として申し上げたいのは、学校の現状がどうなっているかを、中教審の委員のみなさんにもご理解いただき、その上で、話合いを進めてほしい、ということです。

今の学校は、4tトラックに10tの荷物を載せて、しかも制限スピードも、運転手の労働時間もオーバーしながら、ずっと突っ走り続けているようなものです。この状況で、仕事をもっと充実させろ、事故を起こすな、などと言われても無理があります。

委員のみなさんにこのことを分かっていただいたうえで、ぜひお願いしたいのは、総授業時数を減らすことです。

中教審の議論の方向性をまとめたものなどを見て感じたのは「今の標準時数ありき」であることです。削減ベースではなく、「これ以上増やすことはないけれども……」といったトーンで書いてあって、「それは違うのでは」と感じました。

私は昭和から教員をしていますので振り返ってみますと、1989標準時数の頃は、学校は6日制で、総授業時数が1015時間でした。2017標準時数の今は5日制で、同じ1015時間の授業をしていますから、1日あたりの授業時数が増えました。しかも、1989標準時数のときは、クラブ活動、委員会活動の時間が、1015時間の中に含まれていました。しかし、今の1015時間には、これらは含まれていません。それでも学校ではそれらの活動が行われているのですから、1989標準時数のときよりも今のほうが、授業時数が増えたことは確かです。

今後、学校の教育活動を充実させていくには、総授業時数を減らす必要があります。具体的には、1998標準時数の945時間ぐらいに、総授業時数を減らしてもらいたいと考えます。

理由は二つあります。一つ目は、今のように週29コマにフルに授業が入っていて、しかもクラブ活動や委員会活動をそれ以外の時間にやらなくてはならない状況では、放課後の時間が取れないからです。

よく「チーム学校」と言われますが、スクールカウンセラー、支援員の方など、外部から様々な立場の人が学校に来て、「この子供をどうやって伸ばすかを考えるために、ケース会議をしよう」となったときに、毎日6時間目まで全部詰まっていると、その時間をつくることが難しいのです。本校の場合、基本は8時15分に子供が登校してきて、6時間目まで授業をしたら、15時45分です。その後に先生方が45分間の休憩を取ると、勤務時間終了の16時45分まではたった15分しか残りません。それでは打ち合わせの時間が取れないのです。総授業時数を945時間にすると、週3日、5時間授業になります。5時間で終わる日は、子供が14時30分に帰ります。その後1時間ぐらい、教員が打ち合わせや会議、自分の研究などをできるようになるのです。

二つ目は、授業時数は少なすぎてもよくないと思うからです。小学校では授業も大切ですが、学校行事もとても大事だと私は思っています。特別活動で学校行事を充実させないと、子供はジャンプアップしないからです。日常が続いている中に、学校行事という非日常が入り込んでくると、その経験によって子供はジャンプアップしたり、ブレイクスルーしたりするわけです。それで、子供が学校行事で飛躍するためには、それなりの授業時数がほしいのです。私はこれまでに学習指導要領の改訂により、複数の標準時数下の学校を見てきましたが、週3日、5時間授業の日があるぐらいが適切だと考えます。

教科担任制は小学校を救う

このように私は以前から総授業時数を減らしてほしいと主張してきましたが、校長としては現在の総授業時数下で、子供も先生も主役の楽しい学校をつくっていかなければなりません。そのために、本校がどんな工夫をしているのかをご紹介します。

授業時数に関しては、本校は極端に減らしているわけではなく、ごく普通です。基本は週29コマです。4年生以上は、水曜日は5時間目まで、それ以外の曜日は6時間目まで授業があります。

それでも5、6年生の担任が受け持つ時間数(以下、持ち授業時数)は、週20時間くらいです。それができるのは、高学年で教科担任制を導入しているからです。担任は、国語、社会、体育、この三つうちのどれか1教科と、算数を教えます。東京都では、算数は習熟度別の少人数指導をしています。さらに、東京都の方針で専科が充実しています。理科、音楽、図工、家庭、外国語は全て専科の教員が教えます。つまり、担任が教えるのは、国語、社会、体育のうちのどれか1教科、算数、道徳、特別活動です。総合的な学習の時間は、担任が指導する場合もあれば、しない場合もあります。

担任の負担を軽減する鍵となるのは加配です。本校は東京都の教科担任制の推進校になっていまして、理科の加配を1人もらっています。児童数は780名で、2年生だけ3学級、他の学年は4学級です。22学級以上の学校ですから、外国語科も1人加配をもらっています。2人加配してもらえれば、どこの学校でも本校のようにできます。逆に、加配をもらえないと、持ち授業時数は減らないと思います。

地域によって加配をもらうのが難しい学校もあると思いますが、学校の中の工夫で教科担任制が組めるなら、教える教科の数が減るメリットはありますから、それだけでもやってみる価値はあると思います。

ここまでは高学年の話をしてきましたが、それ以外の学年でも専科の講師が指導しています。本校の特徴として、60歳オーバーのベテランの講師が充実している点も挙げられます。1年生や2年生、3年生も、音楽、図工は専科で、ベテランで力のある講師が担当しますので、子供たちが落ち着くのです。講師は、私自身の長い付き合いの中で、かつて一緒に働いたことのある人たちなどに声をかけて、「この人にぜひお願いしたい」と思えるような人を集めています。

それから、教科担任制をしている学校の中には時間割を毎週書き換えている学校もあると聞きますが、本校では固定の時間割が一つあるだけです。毎週書き換えることも工夫の一つだとは思います。ですが、子供の発達段階を考えたら、固定のほうが望ましいですし、みんなが楽だと思います。専科の教員が増えると時間割が組みづらくなりますが、教科担任制は中学校では現に行われているわけですから、中学校ができて小学校はできないわけがありません。多分やり方を改善する必要があるのだろうと思います。

私が本校に着任したのは2019年度です。そのときはストレスチェックで「仕事の量をコントロールできていますか?」という項目の数値が117でした。当時、全国平均が109ぐらいでしたから、危険な状態です。仕事の量をコントロールできてなかったのです。それが2024年度には、95でした。22ポイント減です。つまり、「教科担任制は小学校を救う」のです。

逆に、教科担任制、加配、専科の講師などを駆使しないと、現在の総授業時数で先生方にとって働きやすい環境をつくり出すことは難しいと思います。もちろん、全国の全ての学校がこれらの工夫ができるわけではありません。多くの学校は冒頭でご紹介した4tトラックの状態です。教員の持ち授業時数も多すぎると思います。現実には、6年生の担任が29コマ、全部教えている学校もあります。これはきついです。

本当は教員定数も是正してもらいたいところですが、それには関係する各省庁との調整が求められます。それに対し、総授業時数の削減は文部科学省でできることです。まずはそこからお願いしたいと考えます。そして、教員の定数の是正が難しいのであれば、教員の持ち授業時数の上限を決めて、それを超えた分は、教員を1人配置する、あるいは、講師時数をつけるなどの対策をしてもらいたいです。

「何のために学校はあるのか」、そこから授業時数を決める

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