「徹底した個への関心 子どもが安心できるように」インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること #13


「インクルーシブ教育」を通常学級で実現するためには、どうすればよいのでしょうか? インクルーシブ教育の研究に取り組む青山新吾先生が、現場の先生方の悩みや喜びに寄り添いながら、インクルーシブ教育を実現するために学級担任ができること、すべきことについて解説します。今回は、年度初めにできることについて考えていきます。
執筆/ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授・インクルーシブ教育研究センター長・青山新吾
目次
インクルーシブ教育とは何か

野口晃菜(2022年)は「インクルーシブ教育」の対象は虐待をされている子ども、外国にルーツのある子ども、貧困状況にある子ども、性的マイノリティの子ども、障害や病気のある子ども、不登校の子どもなどのマイノリティ属性の子どもを含むすべての子どもたちであるとしています。そして、すべての子どもたちを包摂する教育を目指すプロセスがインクルーシブ教育であり、そのためには、これまでの教育システムを変えていくことが必要だとしています。本連載では、インクルーシブ教育を実現するためには、通常学級の教育が変わっていくことが求められているという前提に立っています。
しかし、そう簡単に教育システムが変わり、通常学級の教育が変化するとも思えません。では、今何もできないの……と悲しくなってしまいます。でも、本当に今、私たちにできることは何もないのでしょうか。そのようなことはないと思います。そこで、これからこの連載を通して、インクルーシブ教育を進めることにつながることで、今私たち一人一人ができることを探っていこうと思います。
インクルーシブ教育の取組は多面的

研究仲間や学生たちと一緒に、インクルーシブ教育に関連する対話、ディスカッションをたくさん行ってきました。その中には、実に様々な要素が含まれていました。下の図は、それらの要素をまとめてみたものです。

時折、授業づくりを検討しているのでインクルーシブ教育を進めているといった話や、合理的配慮(個別支援の視点)の提供を丁寧に行っているからインクルーシブ教育が充実しているなどの話を聞くことがあります。それは、とても重要な取組ですが、それだけでインクルーシブ教育を行っているとは言えないと思うのです。
インクルーシブ教育を進めるには、多面的なアプローチが必要であり、だからこそ教育システムを変えていくプロセスそのものがインクルーシブ教育だと考えられます。
本連載では、これらの多面的な視点の中から私たちが今できることを選んで、一緒に考えていきましょう。
4月の最初にできること~子どもが安心して学校に来ることができるために~
4月の最初にインクルーシブ教育を進めるために何ができるのでしょうか。
僕は、子どものことを知ろうとすること、つまり、徹底した子どもへの関心をもって子どもと一緒に過ごすことが大切だと思います。
4月は、子どもたちが新しい環境で学校生活を始めるときです。先生方の前には、どのような子どもたちがいるでしょうか。子どもたちは、何かに不安を抱いていないでしょうか。
・話を聞き取るのが苦手で、先生の話が聞けなくて叱られないかと不安な子ども
・じっとしているのが苦手で、先生に叱られないかと不安な子ども
・友達と接するのが苦手で、仲のよい友達とクラスが分かれて不安な子ども
・文字を書くのが苦手で、ノートやプリントに指示されたとおり書けるかが不安な子ども
・ことばがうまく話せないから不安な子ども
・自分の気持ちを伝えるのが苦手な子ども
・持ってくるように言われた物を準備できなかったり買えなかったりする不安がある子ども
・飲んでいる薬や食べ物の制限について先生が分かってくれるかどうか不安な子ども
・学校に着てくる服装のことで相談したい子ども
・朝起きられるかどうか不安な子ども 等々
事前に資料や引き継ぎで子どもについて知っておくことの意味は、自分の前にいる子どもたちの多様な様子に思いを馳せるためだと思うのです。
このように書くと、「こんなに様々な子どもに個別の支援はできません!」と言われることがあります。しかし、子どもの様子に思いを馳せることと、すべての子どもに個別の支援を行うことは違います(もちろん、絶対に、出会いの日から個別の支援をする必要があることもあります)。
では、今、私たちに何ができるのでしょうか。
それは、子どもたちに指示したことを、すべての子どもが当たり前にできるわけではないと知っておくことです。指示に対する受け止め方は多様であり、取り組む子どもたちがもっている力も多様なのです。その上で、子どもが安心して学校に来ることができるように、
「難しい人は、少しずつやっていきましょう」
「これから勉強していきましょう」
「難しいことがあれば、先生に相談すればよいのですよ」等々
すべてのことが、同じペースでできなくて大丈夫だというメッセージを子ども集団全体に対して明確に送ることだと思います。
これは、インクルーシブ教育を進めるための一人一人を大切にする「人権の視点」であり、子どもたち同士の温かい関係をつくっていくための「集団づくりの視点」からのアプローチであり、私たちがそれぞれの場所で、今できることなのです。
【参考文献】
・野口晃菜・喜多一馬『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育 誰のことばにも同じだけ価値がある』(学事出版)P15ーP34「インクルーシブ教育とは」

青山新吾(あおやま・しんご)ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授、同大学インクルーシブ教育研究センター長。岡山県内公立小学校教諭、岡山県教育庁特別支援教育課指導主事を経て現職。臨床心理士。著書『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)、編著『特別支援教育すきまスキル』(明治図書出版)など、著書・編著多数。
【青山新吾先生 著書】
『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)
『インクルーシブ教育を通常学級で実践するってどういうこと?』(岩瀬直樹との共著/学事出版)
イラスト/イラストAC