インタビュー/松尾英明さん|「働き方改革」は、居心地がよく協力し合える職員室づくりから【今こそ問い直す!先生を幸せにする「働き方改革」とは⑧】
全国の学校で、今進められている「働き方改革」。ともすると時短ばかりが強調されがちですが、本当の意味で教師の仕事にやりがいや楽しさを感じられる改革になっているのでしょうか。学校教育のオピニオンリーダーの方々に改めて「働き方改革」の本質を語っていただきながら、子供も先生も皆が幸せになる「これからの教師の働き方」について考えていきます。連載第8回は、千葉県袖ヶ浦市立蔵波小学校教諭の松尾英明先生にお話を伺いました。
〈プロフィール〉
松尾英明(まつお・ひであき)
千葉県の袖ケ浦市立蔵波小学校教諭として、1年生の学級担任及び学年主任を務める。これまでに「クラス会議」を手法の中心とした「自治的学級づくり」について、千葉大附属小特活部で研究。またチーム担任制や教科担任制について千葉大学大学院教育学研究科でも研究。現場の経験や様々な場で学んだことを生かして、単行本や雑誌の執筆の他、全国で教員や保護者に向けたセミナーや研修会講師、講話等を行っている。近著に『不親切教師のススメ』(さくら社 2022)『学級経営がラクになる! 聞き上手なクラスのつくり方』(学陽書房 2023)がある。学級づくり修養会「HOPE」主宰。
目次
「働き方改革」で、学校は働きやすくなったのか
教員としてこれまでに複数の学校で勤務してきましたが、最初の頃はどこもきつい職場環境でした。それが時代の変化とともにだんだん良くなってきたと感じます。
ある小学校は研究熱心で知られ、「不夜城」と呼ばれるほどで、「早く帰れないのが当たり前」の状態でした。それが今ではそれぞれの生活スタイル、個人の働き方に合わせて、「研究したい人はすればいい」という方針に変わっています。
世間の人が思うほど、今の学校は異常な状況ではなくなっていると思います。マスコミで取り上げられるようなひどい働き方を強いる学校も一部にはあるのかもしれませんが、少なくとも「どの学校もみんなひどい」と思うのは大間違いです。まだまだ改善の余地はあるものの、私が教員になった20年前よりも、働きやすくなった学校が確実に増えています。
おそらく現任校は比較的恵まれている部類に入るのだろうと思いますが、教員がどんな働き方をしているのかというと、本当にいろいろです。それぞれの生活リズムで働く時間を決めていますし、「早く帰れ」と強制されることもありません。「早く帰りたい」人もいれば、「職場のほうが落ち着くから」と遅くまで残る人もいます。子育て中の人は毎日必ず早く帰るのかというとそうでもなくて、「普段は早く帰るけれど、今日は残ってがっつりやる」というように自分のペースでメリハリをつけている人もいます。
若手教員については、学校全体に「若いうちはちょっと頑張ってみれば?」といった雰囲気があります。 陸上の大会に向けた指導、合唱部の補助、運動会の時期はグラウンドに線を引く……など若手教員にはやることがいろいろあります。今の学校は20代の若手教員が10人以上いるのですが、若手教員たちに話を聞くと、「すぐに帰るよりも、いろいろやりたいです」と言っている人もいて、必ずしも嫌々残っているわけではないようです。
私の働き方をご紹介しますと、私は学年の中で一番早く帰ります。子供の幸せのために何が最も大事かというと、それは担任が元気で上機嫌であることだと思うからです。反対に、もしも担任が嫌々仕事をしている、負担に思っている、必死に頑張っている状態になると、子供の前で上機嫌でいられず、不幸の還元という悪影響が出ると思うのです。
さらに、他の教職員に対しても「自分が頑張っているからお前も頑張れ」のような雰囲気が伝わってしまうでしょう。それが嫌なので、一番いいのは無理をしないことだと思っています。 だから、早く帰ります。
ただし、自分だけの残業デイをつくっています。飲み会のない金曜日の夜などを残業デイにして、教材研究や図工の準備など、やりたいことをやりたいだけやって帰ります。といっても遅くても20時ぐらいまでです。若い頃は毎日22時まで学校に残っていたものですが、今は20時を過ぎたら体力が尽きてしまいます。残業デイでも19時台に帰ることが多いです。
「時短」ばかり強調するのは無意味
今、全国の多くの学校で「働き方改革」を進めていると思いますが、「時短」ばかり強調するのは無意味だと感じます。時短はあくまでも手段だからです。
教員によって仕事量が違いますし、事情も違います。6年生の担任は、他の学年の担任よりも仕事が多くなります。同じ学年主任でも、厳しい学年かそうでないかで仕事量が違います。にもかかわらず、全員に「同じ時刻に帰れ」と言うのは横暴でしょう。それをさせたいのなら、学年主任や体育主任、研究主任の仕事などを、全教員に均等に割り振るべきだと思います。
「早く帰れ」と命じることは、教員をただの数字として扱っているように感じられますし、肝心なことが抜けています。それは「働き方改革」の目的です。そもそも「働き方改革」の目的は何かというと、誰もが幸せに働ける職場環境づくりです。これに尽きます。
子供のためを思えば、教員が早朝から夜まで働き続け、教材研究を寝ないでやったほうがいいのかもしれません。しかし、そんなことをしていたら教員が倒れます。教員が不幸になるような働き方は長続きしません。子供たちの持続可能な幸せを願うなら、まずは「教職員ファースト」です。それが最終的には「子供ファースト」につながります。この順番を間違えてはいけないと思います。
学校の管理職にお願いしたい六つのこと
「誰もが幸せに働ける職場環境づくり」のために、教員の立場から管理職にお願いしたいことがあります。
1 職員室を居心地のよい雰囲気に
一番大事なのは、職員室を居心地のよい雰囲気にすることだと思います。気軽に話せる、相談できる、雑談ができる、かつ協力ができることが重要でしょう。つまり、どうでもいい話ができる上に、いざとなったらチームとして協力できる雰囲気です。そういう雰囲気づくりを校長先生が積極的にしてもらえると助かります。
例えば、講師の先生、一番若い先生、 一人職の人など、弱い立場の人たちが気軽に話せる状況をつくることが大事だと思います。
そして、「働き方改革」の成果は、教職員にアンケートを行って、幸福度や職場への満足感で評価するといいと思います。これは、心理学に基づいた職場の幸福度調査などを使えば簡単に分かります。このようなアンケートを行うと、チャートが出てきます。それを見ると、極端な外れ値の人がいることが分かりますので、どこを改善していけばいいのかが明らかになります。
2 事情がある教員へのサポート体制
現実問題として、教員間の仕事量の均等化はできないと思うのです。だからこそ、何らかの事情がある教員への配慮をお願いしたいと思います。例えば、きつい学年を任せておいて、「うまくいかないのはお前の責任だ。もっと頑張れ」と言われたら、それは横暴すぎます。必要な人員を配置するなど、他の教職員がサポートをする体制をつくってもらいたいです。
3 必要な物や環境の整備
教員が幸せに働くために、備品の整備、環境整備をきちんとしてほしいです。例えば、夏に冷房のない部屋で過ごすのは無茶な話です。冷房は全教室に配備してほしいです。また、備品などの必要なものをしっかり整えてもらいたいです。この部分は教員にはどうにもならないことですので、管理職が教育委員会に要望して整えてほしいと思います。
4 年休は業務命令で
「年休を取っていいよ」と言うのは簡単です。しかし、取れる状況をつくってもらえなければ取れない現実があります。まずは業務命令を出してほしいのです。それと同時に、そのための実質的な方法を考えてほしいと思います。例えば、現任校では実施されていることですが、教職員全員が平日に年休を取ると決めたら、各人が休む日を決めて、「その日は〇〇さんを充てる」といった体制をつくってもらいたいです。
5 校長に断行してほしい
慣例となっていることや行事の削減に関しては、校長に断行してほしいです。それをしてもらわないと、今後も続いていくからです。 例えば、夏休みの宿題の読書感想文です。現任校では、校長の判断で、書きたい子供だけが提出することになりました。
6 まずは「なくす」、次に「減らす」、最後に「効率化」
学校の「働き方改革」を見ていて思うのは、順番が違うのではないか、ということです。業務を見直すには順番が大切であり、優先順位の一番は「なくす」です。まずはそもそもなくせないかを考えます。それをしないと新しいものをつくれないからです。そして、二番目が「減らす」方向で、その二つを検討した上での三番目が「うまくやる方法、効率よくやる方法、早く回す方法を考える」です。この順番でやれば0から始められるので、根本的な部分から業務改善ができます。
しかし、よくあるのは、最初に「うまくやる方法」を考えてしまうパターンです。そうすると「やらなくていいことを、効率よくやる方法を考える」ことになり、やらなくていいことを延々と続けることになります。この地獄のループを学校はこれまでつくってきたわけです。
「まず、なくそう」と言うと、「学校がこれまで続けてきたことには、何かしら理由があるのではないか」と反論したくなる方もいるかもしれません。確かに最初は理由があったのかもしれません。しかし、途中から続ける理由がなくなっていないでしょうか。例えば、特別な年に、誰かの強い思いで始めたことであったとしても、いつの間にか「前の年にやったから」という理由だけになります。「何のためにこれをやるの?」と聞かれても、誰も答えられないことが多いのです。だからこそ、最初に「なくす」です。時短よりも、まずは無駄なことを捨てたらどうでしょう。やらなくていいことが学校にはたくさんあります。
助かっている「働き方改革」の取組の例
現任校で行われている「働き方改革」の取組の中で、一番助かっているのは「17時30分以降は電話に出ません」と学校が表明したことです。 今の学校に異動してきて3年目ですが、本校は児童数が1000人を超えますので、1年目は放課後になると夜の何時だろうと関係なく、毎日職員室の電話が鳴り続けていました。それに対応していたことが、時間外勤務時間が長くなる要因の一つだったのです。2年目の2023年度に学校が電話には出ないことを表明してからは、電話がかかってこなくなり、時間外勤務時間が減りました(留守番電話にはしていないのですが、その代わり、命に関わるような緊急の場合にのみ教育委員会へ直接つながる電話番号を保護者には伝えてあります)。
どうしてこの取組を始めたのかというと、きっかけは校長から「会議を開くので、学校をもっとよくするためにできることはないか、アイデアをそれぞれ持ってきてほしい」と言われたことです。校長は、普段から教員の声を聞く姿勢のある方ですが、毎年秋の終わりぐらいに、来年度に向けて変えたほうがいいことはないかを検討する会議を行っています。その会議を踏まえて次年度の教育課程を組むのです。
その会議で私も含めてみんなが、遅い時間にかかってくる電話が様々なトラブルの原因になり、教職員が学校に長時間残ることになってしまうという話が出ました。その結果、教務部が検討して「17時30分以降は電話に出ないように命じています」と「学校だより」に書いてくれたため、徐々にかかってくる電話が減り、現在に至っています。
学校のこの対応に、保護者の中には不満な方もいるのではないかと思います。「学校は24時間いつでも電話に出てほしい」と思っている方もいるかもしれません。しかし、それは社会の仕事の常識で考えても、決して良い対応ではないと思います。
保護者のほとんどの方は常識的ですが、どの学校にも、それが通じない対応が難しい保護者がいると思います。そんなときに鍵になるのは校長と同僚性です。
校長の中には「子供が一番大事」という方がいますが、子供を一番大事にして守るのは担任の仕事でしょう。あるいは「教職員より保護者が一番大事」という校長もいるようですが、担任と保護者のコミュニケーションがうまくいかないときに校長から批判されたら、担任は絶望します。やはり、校長が一番大事にして守ってほしいのは、教職員です。そして、「いざとなったら私が出るよ」と言ってもらえたら、 安心して働けます。
さらに、保護者の対応がどんなに大変でも、同僚性があれば、仲間が支えてくれますので何とかなります。このように校長の教職員を守る姿勢と同僚性があれば、教員は気持ちよく働くことができるのです。
「働き過ぎてしまう人」が問題なのではない
どの学校にも、働き過ぎてしまう教員がいるのではないかと思いますが、それには二つのタイプがいると感じます。一つ目のタイプは、働くのが好きで働き過ぎる人です。研究が大好きで、夜中になるとギラギラしてくるようなタイプは、好きでやっていることなので、放っておいていいと思います。
問題なのは、二つ目のタイプ、本人は働きたくないのに毎日夜遅くまで働かざるを得なくなっている人たちです。この場合、「働き過ぎてしまう人」が問題なのではなく、適正配置ができていないことが問題だと思います。そこまで働かなければいけない状況に陥っていること自体がおかしいのです。
例えば、崩壊した学級の次の年の担任を、初任者にさせる学校があると聞きます。崩壊した学級を立て直すのはベテランでも難しいことですから、当然、うまくいきません。にもかかわらず、その校長は「お前のやり方が悪いからだ」と初任者を責めるそうです。この場合、初任者に崩壊した学級を担当させたこと自体が明らかな失敗なのであり、問題があるのは初任者ではなく校長です。まずは校長が非を認めて配置替えをする、代わりの人を担任にする、補助員を入れる、などの措置を講じる必要があると思います。
そもそも初任者が、学級経営も授業もうまくできないのは当たり前です。要領が悪いのも当たり前です。一昔前だったら「できない」は許されませんでしたが、今はみんなで支え、育てていく時代です。支援の仕方も、初任者の意見を聞きながら柔軟に変えていく必要があります。そして全職員が「できなくて当たり前。それでいいんだよ」と言ってやれば、倒れないのです。
ごくたまに、初任者とは思えないほど、なんでも器用にこなす人がいます。そんな初任者がいたら学校としてはラッキーではありますが、そのレベルを他の初任者にも求めるのは間違っています。
私自身を思い出しても、新人時代はいろいろなことが目も当てられないほど下手くそでした。何一つ分からなくて、同年代の中ではたぶん最低ランクだったと思います。ただ、やる気とエネルギーだけはあったので、周りの先輩たちに助けてもらいながら成長してきました。
学校の「働き方改革」では、個人レベルでできることもあるかとは思いますが、それを経験も技術も不足している若い教員に求めるのは無理な話です。とにかく若い教員にはきちんと教えてあげなければいけないと思います。
若手教員たちへ四つのアドバイス
今の学校の「働き方改革」について、不満や言いたいことがある若手教員たちもいることでしょう。不満をそのままにしておくのではなく、私からのアドバイスを参考にしてもらえればと思います。
【若手教員の不満】①勤務校の学校運営、「働き方改革」の取組が不満
職場に対して不満があるのなら、その愚痴をネット上に吐き出すのではなく、教員のサークル活動に参加してみることをおすすめします。ネットに吐き出しても何も解決しないですから、外部の真剣に考えて答えてくれる人たちの集団に所属してみるといいと思います。
例えば、私が主宰するサークル、学級づくり修養会「HOPE」は、月1回オンラインで活動を行っています。Facebook上で、身元が分かる人であれば誰でも参加できます。他にもサークルは全国にたくさんあります。良識のある人たちが集まるサークルには無責任なことを言う人はいませんから、そこで不満に感じていることを話せば、「こうしたらいいよ」と具体的で前向きなアドバイスがもらえるはずです。
【若手教員の不満】②行事が削減されて残念
行事が削減されて残念がる人がいますが、これは逆の見方をすると、今まで行事のために奪われていた時間が減り、学年・学級の裁量で活動できる時間が増えるということです。その時間を使って、小さな単位でできることを考えてみてはどうでしょう。楽器を楽しむ会でも、学年レク大会でもいいと思います。例えば、コロナで全校実施の運動会がなくなった年には、学年運動会をやりました。
私は若手教員には「与えられた枠の中でちゃんとやるといいと思うよ」と言うことにします。その枠の中でできることを提案して、工夫して行えばいいと思うからです。「〇〇だからできない」と思っていることも、工夫すれば大体のことはできるものです。中には、「全部の条件がそろっていないとできない」というように考える人もいますが、完璧な職場などないと思います。
【若手教員の不満】③校内研修が削られて学べない
校内研修とは学びのきっかけでしかなく、学びたいことがある教員は学校の外へ自分で学びに行っています。これは何十年も前から行われてきたことです。ですから、校内研修が減ったら、それも一つのチャンスと捉えればいいのではないかと思います。なぜなら、自分の学びに使える時間が増えるからです。先述したようにサークルに参加してもいいですし、民間の研修や勉強会に参加するのもいいと思います。
正直に言うと、本物の研修は民間にこそあると私は思っています。官製研修は「行かなくてはいけない」から行くものであり、参加者のモチベーションが低めです。中には寝ている人もいます。これに対し、休日にお金を払って参加する研修や勉強会は、参加者もやる気になっていますし、コミュニケーションも活発です。全然雰囲気が違います。そういう集団の中に入っていき、学んでみてはいかがでしょう。
【若手教員の不満】④会議で提案すると「働き方改革」だからと反対され、何もできない
少し厳しいことを言うと、一度反対されたぐらいであきらめるのなら、大してやりたくないのだなと感じます。「私がやりたい」という理由だけの提案が通ることはまずありません。みんなの幸せ、公共の利益がなければダメだと思います。みんなのためになることを考えて、それが本当に必要ならば、きちんと論理立てて説明できるはずですし、絶対に周りに味方が集まってくるものです。
会議で提案を通すのにはコツがあります。それは周りを巻き込むことです。例えば、「〇〇さんと△△さんに意見を聞いた上で……」と言って提案すれば、全然反応が違うことがあります。 それから、「保護者からこういう意見が出ています。だから変えませんか」という提案の仕方もあります。
また、校長にメリットを感じてもらうことも大切です。現任校の場合、校長は「先生が元気になって、子供が楽しく成長するのであれば」というスタンスです。 その逆はダメです。「先生たちが大変になりすぎる」「子供の成長につながらない」という提案は支持してもらえません。校長はどういうことを大切に考えている人で、どういうメリットに反応するのか、学校教育目標にも照らし合わせて考えてみる必要があります。
今、現場に本当に足りないものは?
最後に、自分の力の及ばない範囲の話をしますと、学校教育の中で今、本当に足りないのは何か……それは行政支援ではないでしょうか。「早く帰れ」と言うだけで、帰れる仕組み、業務量になっていないから、帰れないのです。
にもかかわらず、「現場はもっと工夫しよう」「教員の質を向上させよう」などと言われても無理があります。日本の教職員は世界的に見ても大変真面目で、これまでも工夫を重ね続け、もう現場の工夫ではどうにかなるレベルではないところまで達しています。教員の質を問題視するのではなく、まずはなくす方向の業務精選を行い、その上で現場が求めているだけの予算や人材を配置してほしいと願っています。
インタビュー・文/林孝美 イラスト/池和子(イラストメーカーズ)