小学校の学びの未来をつくる「自由進度学習」への挑戦~授業者の役割と課題~

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マスターヨーダの喫茶室~楽しい教職サポートルーム~
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元山形県公立学校教頭

山田隆弘

昭和の時代から提唱されてきた加藤幸次(ゆきつぐ)氏の「個別化教育」が、コロナ禍を契機に新たな注目を集めています。特に、GIGAスクール構想の教育現場への導入により、かつては理想論とされていた「自由進度学習」が現実のものとなりつつあります。未来の教育における可能性を探り、「自由進度学習」という新たな学びのカタチについて考えていきましょう!

【連載】マスターヨーダの喫茶室~楽しい教職サポートルーム~

1 日本の伝統だった「個別化教育」

「手習い」という言葉があります。指導者がそれぞれの教え子の状況に即した学びを行うもので、寺子屋、藩校、私塾など、明治時代に一斉教育が導入される以前の日本では、学び手一人一人の実際に合わせた教育が行われてきました。
指導者は学び手の志や興味、能力に基づいて個別最適な指導を行います。例えば、松下村塾では、一斉授業、自学自習、教え合い(交流)、まとめや発表といった、多様な学習形態を複合的に用いていました。このように、実は個別最適な学びは日本のお家芸であったと言えるでしょう。司馬遼太郎氏の著作「風塵抄」によると、江戸時代末期の日本人の識字率は、実に7割にも達していたと言われており、同時代世界中のどこを探しても、これほどの教育成果を誇る国はありませんでした。
明治時代になり、近代的な学校制度が制定されると、我が国の教育方法は一斉教育に転じます。
そして時代は流れ、昭和末期になって、加藤幸次氏によって「個別化教育」の考え方が提唱されました。画一的な一斉授業ではなく、一人一人の児童の個性や能力に応じた教育が真の教育である、ということです。
愛知県東浦町立緒川小学校を中心に数校がモデルとなり、「単元内自由進度学習」が全国に紹介されました。この実践は現代の「自由進度学習」の基礎を築いたと言えます。

2 新型コロナウイルスが教育現場に与えた影響と変化

新型コロナウイルスの感染拡大は、教育現場に大きな変化をもたらしました。学校にとっては暗黒の時期とも言える状況でしたが、混乱の中でオンライン授業が普及し、時間や場所に縛られない学習の可能性が見出されました。この過程で「自由進度学習」という概念の具体性が高まってきました。

また、児童一人ひとりの学習状況を把握し、個別指導を行うためのICTツールの開発も進んでいます。 文部科学省のGIGAスクール構想は、全ての小中学校に高速なインターネット環境と1人1台の端末を整備することを目指しました。この構想は、「自由進度学習」の実現に不可欠なインフラ整備を推進し、教育のデジタル化が急速に進みました。教科書にもQRコードが掲載され、「自由進度学習」の万全な基盤が整ったと言えます。

「自由進度学習」は、自分のペースで、自分の判断と責任のもとに、自分の好きなことから学べるため、学習がより楽しくなり、自発的な学びへの意欲が育まれます。これはまるでゲームの世界で、自分のレベルに合わせて自由に冒険できるような体験です。仲間との協力や課題を克服する感覚も伴います。 このスタイルでは、失敗を恐れず挑戦することが奨励され、新しい知識やスキルを獲得することで自己成長を実感できます。興味を追求することで、学習は単なる義務から解放され、心から楽しむことができるのです。

「自由進度学習」は仲間との交流も促進します。同じ目標をもつ仲間と情報や経験を共有し、お互いに刺激し合うことで、より深い理解が得られます。このようなコミュニティは孤独感を和らげ、共に成長する喜びを感じさせてくれます。実際、私が担当した学級では、児童が机を寄せ合ったり、図書室に行って調べ物をしたりしていました。1人で集中したい児童もいましたが、それぞれのスタイルで学びを楽しんでいました。

このような環境は、学びの楽しさを実感させるだけでなく、主体的な姿勢を育む重要な要素となります。児童たちは互いに教え合ったり助け合ったりすることで知識が深まり、人間関係も豊かになります。このような環境では、学びは単なる知識獲得にとどまらず、社会性やコミュニケーション能力の向上にも寄与します。

3 「自由進度学習」の実践と児童の反応 ~6年生理科の授業から~

現在、国内外の多くの学校で「自由進度学習」が行われています。わたしの関係する小学校でも同様で、わたしが担当する6年生の理科では、先行実践を参考にしながら、単元内での「自由進度学習」に取り組みました。今回の単元は『生き物どうしのかかわり』。26名の学級での実践になります。

学習の手引きを作成し、児童の興味や関心に基づいて3つのコースを示しました。まずオリエンテーションを行い、各自がどのように学んでいくかを決めてもらいました。これらのコースはもちろん、途中での変更も可能です。
そして、単元の初めには、「これができたらすごい!」というような、単元学習後のテスト問題を少し示してみました。学びの到達点を垣間見させる、ということですね。やってみたい! という児童もいましたが、ここは見せるだけ。テストは最後のお楽しみです。このように最終型(目標)を示すことから入るのも一つの手法です。

基本コース

このコースでは、教科書授業の冒頭で今日のポイントを示し、その後は目標に従って自分のペースで学びます。児童は必要に応じてサポートを受けながら進めることができます。
児童が進みたい場合は、どんどん先に進むことができます。最後はテストに向けた学習のまとめなどを行います。ほとんどの児童が、このコースを選択しました。

探求コース

教科書や手引きに基づいて、自分のペースで進めます。教科書に示された内容をすべてマスターした後、学びの中で出てきた疑問や興味のあるテーマをいろいろなツールを使って深掘りすることができます。例えば、「食物連鎖を調べる」「水中生物アラカルト」などがあります。このコースには26名中4名が参加しました。

チャレンジコース

このコースでは、教科書に示された内容を短時間で学び、その後は探求コースと同様に進めるか、発展的なテーマに挑戦することができます。
例としては、「テスト問題を作成する」「ミニ図鑑を作成する」「参考書(ポイント集)を作成する」などです。このコースには26名中1名が参加しました。

終了後、アンケートをとり児童の感想などを聞きました。(以下は児童の生のことばです。同様のことは集約しました)

(質問)今回「自由進度学習」とし、マイペースで進めてもらいました。どんなことを感じましたか。

(肯定派)
○自分のペースで友だちといっしょにべんきょうできるので楽しい(複数)
○自分のペースで進められるからやりやすいと感じました(複数)
○自分の好きなペースで学習できて自分なりのまとめができてよかった  
○虫は虫も食べるんだなと知ることができた
○自分の考えで外に出て観察したりタブレット学習で学んだりすることが、新しい方法でいいと思った  
○一斉授業以外で知ることができることがたくさんあるし、マイペースの授業はとてもいい
○自分で調べることで、先生が言ってないことをたくさん調べられました
○自分のペースで進められたし、たくさんのコースがあっていいと思いました
○わたし的に進めた方が成果とかたっせい感があるなと感じました
○タブレットにまとめることでノートに書くよりやる気が出てまとめやすいし、あとから見返した時、とても見やすいです  
○まとめているときに言葉がどんどん頭に入ってよかった
○自分のペースで進められるので、すごくやりやすかったです。あと気が楽でした!
○わからないことをすぐ調べることができていいと思った
○自分でまとめる力が伸びたなと感じました
○よくできたところ→パソコンで調べて知らないことを調べられたこと                                              

(否定派)
×マイペースで進めるのもいいけど、先生に教えてもらった方が自分はいいです(2名)

(課題を感じていた児童の意見)
よくできたところはあまりないです。他のクラス、今までとやり方がちがってまったくわからなかったからです
まとめ方や調べ方がむずかしかったです
難しかったところ→ノートに内容などをまとめること 

わたしの想定以上に、児童たちがこの学び方を気に入っていたことに驚きました。
特に、もうわかっている内容なのに、皆に合わせてゆっくりと進むこれまでの授業方法をいやだなあと感じている児童にとっては、待ってました! という反応です。
かつて一斉授業では、板書をノートに写したりせず、授業中ほかのことを考えているような児童に出会いました。ところが、彼はテストではすべて100点を取っていたのです。
こういった児童は当然、このカタチを好むでしょう。

今後は得られたフィードバック(児童の声)を基に、更なる改善を目指していきたいと思います。

4 授業者の役割って?

初めて、児童に「自由進度学習」のことを紹介したとき、一人のやんちゃな、いつも本音をポロリと言う児童Aさんが、
「これって、ぼくたちに自習をしろっていうこと? じゃあ、せんせいは楽じゃん!」
と言いました。多分わたしが小学生だったら、口には出さないにせよ同じようなことを思ったかもしれません。
ここは、丁寧に説明すべきだなと次のような話をしました。

「みなさんにたった1人で学んでください、ということではないんだ。せんせいは、みなさんの学びを助けるために、いくつかの大切な役割を担っているんだよ。

① ファシリテーターとしての役割

まずせんせいには、「ファシリテーター」という役割があります。
これは、学習の環境を整えて、みなさんが自分のペースで楽しく学べるようにサポートする、という役割なんだ。
具体的には、みなさん同士で話し合う時に、意見をまとめて、みんなで同意できるように調整するということだね。<意見の整理と合意形成>
それから、みなさんが自由に話せる楽しい雰囲気をつくるんだ。そうすると、みんなで教え合いながら学べるようになるよ。<環境の構築>
それから、みなさんが困ったことがあったら、アドバイスをしたり、いっしょに考えたりして、解決するまでじっくり付き添いますよ。<サポートと伴走>

② アドバイザーとしての役割

そして、アドバイザーとして、みなさんが自分の好きなことや目標に向けて学ぶときに、必要な情報を伝えたり助言をしたりしていくよ。<情報提供>
それから、みなさん一人一人が必要としていることに合わせて、学び方のアドバイスをもするんだ。みなさんが勉強に使える本やウェブサイトなどを詳しく、紹介するよ。そうすると、自分で調べながら学べるようになるんだ。<リソース提供>

③ メンターとしての役割

メンターっていう言葉は知っているかな? これは、長い時間みなさんの成長を見守って、サポートするっていう役割なんだ。学習に関しては、1年間ずっと続けてみなさんと付き合う学校のせんせいしかできないことかもしれないね。みなさんが自分のことをよく理解して、成長できるようにアドバイスをするんだ。<成長支援>
そして、一番大事なことかもしれないけど、みなさんと仲良くなって、何でも相談できるようにするよ。そうすると、安心して学べるようになるよね。<信頼関係の構築>

以上のように、せんせいはみなさんの学びを助けるために、いろいろな役割を担っているんだ。みなさんのことを本当に大切に思っているから、楽しみながら学べるようにサポートするんだよ。正直に言うと、Aさんがいうほど楽じゃないんだ(笑)」

こんな話を児童にしました。「自由進度学習」に関わる授業者の役割と覚悟を真剣に聞いてくれていました。

☆< >内は児童には話していない指導者向けキーワードです。

5 自由進度学習の課題と未来

「自由進度学習」では、児童がたくさんの経験を通じて、友だちの学び方を見たり、自分のスタイルに慣れたりしながら、自分自身の学び方やまとめ方を豊かにしていくことが期待されています。しかし、この学び方にはいくつかの大きな課題もあります。

① 授業者の負担
わたしたち教員が、研修や授業準備にかかる負担が増えることにどう対応するかが重要です。

② 児童の学習進捗の見極め
児童がどれくらい学んでいるかをどうやって確認し、評価方法をどう確立するかが難しいです。

③ 遅れている児童への対応
学習が遅れている児童に対して、どのようにサポートするかも大切な問題です。

これらはすべてわたしたち授業者が直面する課題です。今後は、研修制度や学習環境の整備、サポート体制の強化が求められるでしょう。校内で研究を進めることも一つの方法です。

これらの課題を解決するために、AI技術やVR・ARなど新しいテクノロジーを活用することで、「自由進度学習」はさらに進化する可能性があります。例えば、AIが児童の学習状況を分析して、最適な学習プランを提案するシステムができれば、より効果的な学びが実現できるかもしれません。
以上は一例ですが、今後様々な未来像が描けます。まずは今できることから始めてみましょう!

「自由進度学習」は、歴史的に見て、急に出てきたものではありません。いつの時代にも模索は続いていました。そして令和のこの時代、環境が整いました!画一的な教育から脱却し、一人一人の児童が自分の可能性を最大限に引き出すための新たな学習のカタチになりつつあります。
児童にとって「自由進度学習」は、単なる学習手法ではなく、自分自身を見つめ直して、新たな可能性を切り開く冒険の旅だとも言えます。自分だけの冒険を楽しみながら、未来への扉を開いていってほしいものです。 でも、その実現のためには、授業者や児童、保護者、学校体制や社会全体の理解と協力が不可欠です。現状分析を一つ一つ課題を解決しながら、進めていかなければならないでしょう。ぜひチャレンジしてみてください!

イラスト/イラストAC

【参考資料】
個別化教育入門/加藤幸次/教育開発研究所
個別最適な学び・協働的な学びの考え方・進め方/加藤幸次/黎明書房
子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた/蓑手章吾/学陽書房
事例でわかる! 教師のための けテぶれ実践ガイド!/葛原翔太/学陽書房
個別最適な学びと協働的な学び/奈須正裕/東洋館出版社
個別最適な学び (授業づくりネットワークNo.40) /ネットワーク編集委員会/学事出版
「個別最適な学びと協働的な学び」を考える (授業づくりネットワークNo.45)/ネットワーク編集委員会/学事出版

○本サイトの以下の資料も参考にしてください。
「自由進度学習」とは?【知っておきたい教育用語】
インタビュー/岩本 歩さん|イエナプラン教育にもとづく自由進度学習で日本の教育を変えていきたい【注目の若手&中堅教師に聞く「わたしの教育ビジョン」Vol.04】
公立小学校における「自由進度学習」への挑戦【連続企画「個別最適な学び」と「協働的な学び」の充実をめざす学校経営と授業改善計画 #03】
来期の教育課程に、導入を検討してみませんか? 個別最適な学び『自由進度学習』


山田隆弘(ようだたかひろ)
1960年生まれ。姓は、珍しい読み方で「ようだ」と読みます。この呼び名は人名辞典などにもきちんと載っています。名前だけで目立ってしまいます。
公立小学校で37年間教職につき、管理職なども務め退職した後、再任用教職員として、教科指導、教育相談、初任者指導などにあたっています。
現職教員時代は、民間教育サークルでたくさんの人と出会い、様々な分野を学びました。
また、現職研修で大学院で教育経営学を学び、学級経営論や校内研究論などをまとめたり、教育月刊誌などで授業実践を発表したりしてきました。
『楽しく教員を続けていく』ということをライフワークにしています。
ここ数年ボランティアで、教員採用試験や管理職選考試験に挑む人たちを支援しています。興味のあるものが多岐にわたり、様々な資格にも挑戦しているところです。


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