ICTを活用した中3社会科「これからの人権保障」指導アイデア
ICTを活用した中学社会科の授業アイデア第2弾です。中学の教科担任ならではの探究的な学習、課題解決的な学習に取り組んでいきます。今回は、中学3年社会科の公民的分野の授業実践を例に挙げて、効果的なICTの活用方法を考えていきましょう。
執筆/福島県公立中学校社会科教諭・根本太一郎
題材 中学3年社会科(公民的分野)「第2章個人の尊重と日本国憲法3節 これからの人権保障2新しい人権② 情報化の進展と人権」
目次
情報の氾濫する社会を生き抜くためにICT活用を深める
昨今の情報化の進展により、児童生徒を取り巻く環境が激変しているのは、周知の通りだと思います。ましてやスマートフォンやタブレット端末の普及、教育現場におけるGIGAスクール構想の進展により、その勢いはとても加速しています。情報が氾濫する中で、児童生徒は「いかに情報を取捨選択し、適切な情報を自ら選び抜き、正しく活用する“情報リテラシーの育成”」が求められています。
さらに、SNSを通したいじめや個人情報の流出、犯罪との関わりなど危険と隣り合わせであることから、「人権の保障」の視点から人々の権利や利益を守る態度を育む必要性があります。
しかし、一方で、 ICTを正しく活用することで、空間を超えた人とのつながりや、創造性の発揮など、児童生徒の無限の可能性を引き出すことができる側面もあります。社会科の授業を通して、情報化について多面的・多角的に捉え、自ら判断し、主体的に表現できるようになってほしい。そのためのICTの活用です。ぜひ、今回の実践を通じて、ICT活用の可能性について感じ取ってほしいと思います。
この学級の生徒の実態とICT活用のポイント
本稿の授業は、中学校第3学年で実施したものです。女子11名、男子5名、計16名のクラスです。このクラスは、社会科への学習意欲が高く、教師の発問に対して活発な議論を交わしたり、協働しながら丁寧に考えをまとめ上げたりすることができます。
このクラスの素敵な特徴として、人権意識が非常に高いことです。平等権について学習した際には、ある差別の事例について「同じ人間なのに、なぜこんなにひどいことができるの?」と憤る様子や、「個人的な好き嫌いが大きくなり、差別につながっている」「差別意識は周りの人たちに流されて起こることもある」と、差別の本質的な構造にまで想像を働かせることができる生徒もいました。
今回は、「情報化の進展と人権保障の関わり」について授業を行います。今回の授業では、以下のポイントでICTを取り入れました。
ICTを取り入れるポイント
(1)Jamboardの活用によって既習事項を瞬時に把握する
(2)AirDrop×Keynoteによる課題把握の効率化・ワクワク感の醸成
(3)Googleスライドの活用によるパフォーマンス課題の協働編集
この(1)〜(3)について、実際の授業の場面を紹介したいと思います。
※Google Jamboardは2024年12月31日にサービス終了します。
Jamboardで振り返りの質が向上! あっという間に可視化し把握!
まずは、1学期に行った情報化の授業についての既習事項を、Jamboardを活用して振り返ります。考える視点は「変化と課題」です。生徒がどの程度、概念として情報化を捉えているのか確認します。
導入の場面で、このように行いました。教師からは、「情報化による変化と課題について、それぞれ学習したことを箇条書きに記入しましょう」と指示を出しました。付箋を見ると、以前の授業を振り返りながら重要なポイントを挙げることができたことが分かります。また、「情報モラル」「情報リテラシー」の視点を考慮しながら、情報を発信する際の注意点や態度についても考えることができています。情報化については、身の周りの生活と関連付けながら実感できている様子も見受けられます。さらには、情報化が進んだことで生まれた課題によって『人権が侵害されている』ことも読み取ることができているのが見受けられました。
このように、Jamboardを活用することで、既習事項の確認を瞬時に可視化して把握することが可能になります。そして、それに応じた授業の展開を教師が工夫することもできます。また、あまり既習事項が定着していなかった生徒も、級友の付箋を確認することで、自分が理解していなかった点に気付いたり、他の角度から物事を見つめたりする視点を得たりすることにもつながります。
※Google Jamboardは2024年12月31日にサービス終了します。
「ミッションです!」ゲーム感覚で課題を提起する
今回の授業では、次のような課題を提示しました。
『情報化と人権の保障をどのように両立すればよいのか』
情報化によって身の周りの生活が便利になっていく一方で、人権の保障が必要であるという課題が多く出てきました。その『両立』をどのようにしたらよいか、問題意識をもって課題を解決してほしいという願いから、このような課題を設定しました。
さて、課題に取り組む際の前提知識として必要な『知る権利』と『プライバシーの権利』について、マスメディアとの関わりや肖像権の保障、個人情報の保護などを説明します。これを踏まえ、教師がKeynoteで作成したパフォーマンス課題に取り組みます。
課題の配付は、iPadのAirDropという機能を用いました。教師側から生徒に、ファイルの一斉送信が可能な機能です。プレゼンテーション資料では、すべてのスライドを合わせて、一括で送信することができます。
「みなさんに、ミッションを送付します」(もったいぶったような話ぶりで)
「ミッション」と称した課題が、生徒それぞれのiPadに届くことで、生徒目線からは「ゲーム感覚」で捉えられるようにし、ワクワク感を煽って取り組ませます。「お! 来た来た!」「どんな内容だった?」「早く見せてよ〜」など、スライドの配付を楽しそうに感じている様子もありました。期待通りの反応に、内心で喜びを感じました。
AirDropを用いることで、従来のようなワークシートの印刷や、一人一人の生徒への配付の手間を省くことが可能です。また、ファイルごと送付することで、生徒は複数のスライドを同時に確認しながら課題に取り組むことが可能です。課題解決に向けてのワクワク感と授業の効率化の両立がICTによって可能になるのは、とても魅力的です。
配付する資料はTwitterの発信場面を模したスライドにしてみました。生徒たちは、「えーこれ実話?」「これ本当にあったことなの?」「なんかこの投稿、生々しいんだけど!」とはしゃぐ様子が見られました。実際の生活に即した場面を配付する資料に再現することで、身近な生活場面と関連付けて考え、興味深く課題追究して問題点に気付くことができるのではと思います。さらに、資料が各自の端末に届くなど、普段の授業と異なる「非日常」的な取組も、ゲーム感覚をさらに高めます。このように、資料に一工夫加えることで、生徒の主体的な学びにつなげることができます。
電子版ホワイトボードとしてGoogleスライドを活用
さて、配付した資料の何が問題なのか、クラスを4班に分けて話し合います。
問題点について考察する視点は「知る権利」「プライバシーの権利」「公共の福祉」です。意見交換しながら、その問題点についてGoogleスライドにまとめ上げました。
私は、Googleスライドを「ホワイトボード」として再定義した上で活用してみました。
今回の授業では、問題点について「個人の考えをまとめて伝える」ことが最上位の目標です。そのため、スライドは必要最小限の情報が入力されていれば合格です。生徒には、必要な情報は簡潔に、箇条書きにまとめることを指示しました。各班では、入力担当の生徒を決めたり、共同編集の形で行ったりするなど、それぞれの班に合った形で進めていました。この後、班ごとに発表をし、スライドの内容の共有化を図ります。
授業での学びが実社会とつながっているか
今回の授業では、<「情報モラル」「情報リテラシー」について、既習事項を振り返りながら、「人権」の視点から問題意識をもって課題に取り組んでほしい>という思いで指導を工夫しました。生徒の学びは、授業で完結するものではなく、実生活で活用できてこそ初めて意味のあるものではないでしょうか。
実際の生徒の授業の振り返りは以下のようなものでした。
「情報化の進展と人権保障の両立ってできるのかな?」という課題に対して、協働して議論を深め、一人一人が考えをもつことができているのが分かります。
情報化が進み社会がより便利になったことで様々な利点を享受できているからこそ、新しく生まれた人権を保障する概念について、授業を通して身に付け、活用していくことが必要です。例えば、SNSによる個人情報の流出や誹謗中傷などの問題は後を絶ちません。だからこそ、相手の人権を傷つけないように配慮をしながら、情報化社会に向き合う必要があります。さらに、自らも情報の「発信者」として自らを傷つけないことを念頭に置くことも大切です。
実社会と結びつくような授業にするためのICT活用へ
効果的に情報を収集し、それらを適切に扱い、さらに表現・発信できるようになる資質・能力を育むと同時に、人権の保障の視点をもって人々の権利や利益を守る態度を育む必要性があります。このような学びを、より深めるためのICTの活用でありたいものです。
今回の授業を通して、Jamboardを用いて既習事項を瞬時に把握することで、情報化による変化と課題について概念的に即座に捉えることができます。また、Googleスライドを用いることで、他者と協働しながら課題についての考えを深め合い、高めあうことが可能になります。このように、ICTを有効に活用することで、課題に対してより深く迫ることができる学習活動が可能になり、教育的な効果が高まります。
学びが、私たちの生きる実社会と結びつくように指導の手立てを工夫するーーICTを活用する上で、この考え方を大切にしながら、さらに指導の工夫を図っていきたいと思います。
根本太一郎(ねもと・たいちろう)
福島県公立中学校社会科教諭 社会科と道徳科を中心に、授業を通した『感動』を生徒にもたせるため、日々実践研究を行っている。特に効果的なICTの活用方法の研究や、地域の歴史の研究、社会教育施設や企業訪問などを通した地域資源の教材化を中心に行っている。社会科についての若手教員の勉強会である、Social studies for Fukushima を共同運営。
<参考資料>
佐藤正寿『スペシャリスト直伝!社会科授業成功の極意』明治図書出版(2011)
宗實直樹 椎井慎太郎『GIGAスクール構想で変える!1人1台端末時代の社会授業づくり』明治図書出版(2022)
有田和正『有田和正の授業力アップ入門―授業がうまくなる十二章―』明治図書出版(2005)
川端裕介『川端裕介の中学校社会科授業 見方・考え方を働かせる発問スキル50』明治図書出版(2021)
樋口綾香『「自ら学ぶ力」を育てる GIGAスクール時代の学びのデザイン』東洋館出版社(2023)
宗實直樹『宗實直樹の社会科授業デザイン』東洋館出版社(2021)
横田富信『社会科が得意な先生・子どもも、苦手な先生・子どもも、授業がおもしろくてたまらなくなる本』東洋館出版社(2022)
樋口万太郎『GIGAスクール構想で変える!1人1台端末時代の授業づくり』明治図書出版(2020)
イラスト/横井智美