ベテランの葛藤に関心を向けていますか?【赤坂真二「チーム学校」への挑戦 #28】
多様化、複雑化する学校の諸問題を解決するためには、教師一人の個別の対応ではなく、チームとしての対応が必須である。「チーム学校」を構築するために必要な学校管理職のリーダーシップとは何か? 赤坂真二先生が様々な視点から論じます。
第28回は、<ベテランの葛藤に関心を向けていますか?>です。
執筆/上越教育大学教職大学院教授・赤坂真二
目次
あるベテラン教師の葛藤
前回に続き「動かないベテラン」の問題です。彼らの活躍は「今は昔」の話であって再び活躍することはないのでしょうか。退職されてもなお、教員向けセミナーなどの講師として活躍を続ける先生が悲しそうに言いました。「ベテランの先生たちが、今、自信を失っているんですよ」。確かに「動かないベテラン」を「新しいことを学ばない」とか「昔のヒーロー」と批判することは簡単かもしれませんが、その前にこの問題に向き合う必要はありそうです。
あるベテラン教師(小学校、教職30年以上)が私にこんな話をしてくれました。
「新学習指導要領の本格実施を前にとにかく忙しい。英語、道徳の教科化、主体的・対話的で深い学び、そして、プログラミング教育など、次々と新しいことが始まる。一方で、指導の難しい子どもたちは減るわけではなく、配慮しなくてはならないことはますます増えるばかり。『チーム学校』と言われても、学年でコミュニケーションをとる時間もとれない。人間関係をつくろうにもなかなか難しい状況にある。
以前、学年掲示板に4人の担任でそれぞれのクラスの作品を掲示しようということになっていたが、気付くと仲の良い中堅の二人が先に掲示を済ませていた。掲示板を見ると4分割するはずのスペースの中央に明らかにそれ以上のスペースをとって自分たちのクラスの作品だけが掲示されていた。そのままスルーしようと思ったが、もう一人の若手担任の立場も考え、修正を依頼した。すると二人は『そうですかねえ、気付かなかったです』と、最初は知らないふりをしようとしたが、渋々、修正に応じた。普段から二人のそうした他を軽んじた独善的な態度や、若手担任を軽んじる言動が目についていたので、折を見て管理職に伝えることにした。最初に教頭に伝えると『二人を呼び出して指導する』と言うので、慌てて止めた。今後のことを考えるととても受け入れられなかった。それで、校長に二人のことを伝えると、笑顔で『どうして私に言うの?』と少し迷惑そうだった」とのことでした。
管理職の皆さんにしたらこのベテラン教師は、力のない学年主任として見えてしまうのでしょうか。お二人とも指導力のある方のようです。ただ、この学年主任は、話を聞いてほしかったのではないでしょうか。そんな話ができる同僚がいないわけではなかったでしょうが、デリケートな話なので少し立場の異なる管理職に理解してもらいたかったのではないでしょうか。
職員のモチベーション
動機付けの研究者であるブロフィは、産業心理学の研究から次のようなことを指摘しています。「労働者の意欲は、仕事の性質と得られる報酬だけでなく、職場環境とその他の労働条件、同僚との社会的関係、とりわけ上司に対する感情に影響される。仕事そのものにはあまり内発的に満足していない労働者であっても、上司に好感をもつ場合には仕事に相当の努力を傾ける。しかし、労働者が上司を高圧的だと感じる場合は、無気力や反発を示す可能性がある※1」。
先ほどのベテラン教師の学校の管理職は、高圧的だとは思いませんが、職員の感情にはあまり関心がなかったのかもしれません。「ベテランがそんなことでは困る」というのも一理ありますが、近年の学校現場は、相当ストレスフルになっていることは、読者の皆さんがそれぞれのお立場で感じておられることでしょう。そうした中で、ベテラン職員といえども、強いストレスや葛藤を抱えているはずです。
近年の職員室は、若手職員の増加によって若手へのケアやフォローには関心があっても、ベテランのそれが手薄になっているようです。かつての職員室は、レクリエーションをしたり、雑談をしたりする機会がそれなりにありました。しかし、今は職員同士がふれ合う機会も減りました。コミュニケーションのないところに信頼関係は生まれようがありません。信頼関係がないところに愚痴や不満を言い合える場などつくられないことでしょう。ストレスや葛藤が強くなれば、仕事に対する意欲は低減します。人によっては無気力な態度や非協力的な態度をとるかもしれません。プライドのあるベテランほど、うまくいかない現状に、より強いストレスや葛藤を感じることでしょう。だとしたら動きが悪くなっても当然かもしれません。「動かないベテラン」は、実はストレスや葛藤によって「動けなくなっているベテラン」なのかもしれません。
そんなベテランに潤滑油を注し、意欲を高めるにはどうしたらいいでしょうか。一つの案としては、今、Googleなどで実施されて注目されている「ワン・オン・ワン」ミーティングです※2。定期的な個人面談によるコーチングです。コミュニケーションの減少は人間関係を希薄にし、いずれは組織の解体を招くことでしょう。こうした状況では職員一人ひとりとのコミュニケーションの時間をシステムとしてつくりだしていく必要があります。月に一度、いや、三学期制なら学期に一度、職員全員と、と言いたいところですが、様々な規模の学校がありますので、ベテラン層、主任層を中心に個人面談をします。
コーチングなどというと堅苦しくなりますが、要は「腹を割ったおしゃべり」です。「どう、うまくいっている?」「困っていることない?」などと近況を聞きます。何か相談事があれば、別な時間をとってもいいでしょう。管理職から発せられる「一人ひとりを見ている」というメッセージは潤滑油となることでしょう。管理職がベテラン層からしっかりと支持されたら、組織としても安定することは必然と思われます。
※1 ジェア・ブロフィ著、中谷素之訳『やる気をひきだす教師 学習動機づけの心理学』金子書房、2011
※2 ピョートル・フェリクス・グジバチ『世界最高のチーム グーグル流「最少の人数」で「最大の成果」を生み出す方法』朝日新聞出版、2018
『総合教育技術』2019年7月号より
赤坂真二(あかさか・しんじ)
上越教育大学教職大学院教授
新潟県生まれ。19年間の小学校での学級担任を経て2008年4月より現職。現職教員や大学院生の指導を行う一方で、学校や自治体の教育改善のアドバイザーとして活動中。『スペシャリスト直伝! 学級を最高のチームにする極意』(明治図書出版)など著書多数。