パンツ一丁で路上で遊ぶ兄弟、近所から通報される<後編>~スクールソーシャルワーカー日誌 僕は学校の遊撃手 リローデッド④~
虐待、貧困、毒親、不登校――様々な問題を抱える子供が、今日も学校に通ってきます。スクールソーシャルワーカーとして、福岡県1市4町の小中学校を担当している野中勝治さん。問題を抱える家庭と学校、協力機関をつなぎ、子供にとって最善の方策を模索するエキスパートが見た、“子供たちの現実”を伝えていきます。
Profile
のなか・かつじ。1981年、福岡県生まれ。社会福祉士、精神保健福祉士。高校中退後、大検を経て大学、福岡県立大学大学院へ進学し、臨床心理学、社会福祉学を学ぶ。同県の児童相談所勤務を経て、2008年度からスクールソーシャルワーカーに。現在、同県の1市4町教育委員会から委託を受けている。一般社団法人Center of the Field 代表理事。
「いろいろ細かく言われてもようわからん」
後日、あらためて私ひとりで浩一君宅を訪ねました。この前の訪問は午前中で父親が起きたばかりのようだったので、今回は午後に行ったところ、父親は落ち着いた態度で迎えてくれました。
相変わらず兄弟は家の前の路上でパンツ一丁で遊んでいます。ふたりに家に入るように促し、一緒に家に上がりました。
「ふたりが路上で遊んでいて危険だって、何度か通報があったみたいやね」
私が訪ねると、父親は「子供がおるけ、夫婦で時間をずらして働いているんやけど、疲れて寝こけてしまうんで、その間に外に出てしまいよる」と申し訳なさそうに話してくれました。
「保育所に通えるよう、保健師さんも何度か訪問したみたいだけど?」
「何言ってるかわからんし、いっぱい書類を出して、いろいろ細かく書けって言われてもようわからん」
「そうだったん。じゃあ、これからはお父さんに説明しながら、僕が書いていくけ、それでいい?」
と聞くと、父親はほっとした様子でうなずきました。
「実は今日来たんは、浩一君の学校のことでね」と、特別支援学級に通うことを丁寧に説明すると、父親は納得してくれました。
「じゃあ、ここに署名するけどええね?」
「よろしくお願いします」と、父親は深く頭を下げました。
両親は障害の認定を受けているわけではないものの、グレーゾーンであることが感じられます。私が言ったことも理解できているのか疑問を持つほどです。浩一君の発達障害は先天的なものなのか、家庭環境によって引き起こされたものなのか断定はできませんが、これまで以上に気に留めなければいけないな、と感じました。
特別支援学級に通うようになった浩一君は、きめ細かい支援が功を奏したのか、すくすく伸びていきました。人なつこい性格もあり、友達とも仲良く遊び、楽しく学校生活を送れるようになっていきました。
書類が必要なときには私が出向き、父親と話しながら代理署名することで、父親から少しずつ信頼を得ている手応えを感じていました。
パンツ一丁で再び通報され、一時保護される
「路上で、パンツ一丁で遊んでいる兄弟がいる。何とかならないのか!?」
浩一君が中学校に上がった頃、再び森田家に対する通報がありました。
浩一君の弟で小学4年生の勇二君と5歳の三雄君兄弟に対する通報です。今回は、自動車にひかれそうになったことから、警察に通報がいったのです。要対協でケースに上がっていたこともあり、警察から児童相談所と私に連絡が入ったため、私は直ちに警察署に向かいました。外で遊んでいた下の兄弟ふたりを警察署から、長男の浩一君を中学校から児童相談所の一時保護所に連れて行くこととなりました。
「何が起きたん?」ときょとんとしている浩一君にはあらましを伝え、「しばらくここで泊まるけん」と伝えると、うなずきました。
児童相談所から何度も連絡し、ようやく電話に出た父親に説明しても要領を得ない様子だったため、翌朝、私が家を訪ねて両親に説明しました。すでに信頼関係ができていたので、父親はすぐに納得してくれ、私はほっとしました。
状況を聞くと、両親ともその日の生活にいっぱいいっぱいで、家に帰っても疲れてすぐに寝てしまうため、子供たちにかまっていられないようでした。「今のままでは再び同じようなことになるけ、今後の生活を考えましょう」と提案すると、ふたりはうなずきました。いつものように、父親の目の前で私が同意書に代理署名をしました。
それから2か月後、母親は夜勤から昼のスーパーのパートに転職しました。私は、一時保護所から戻った兄弟に対し、勇二君の放課後等デイサービス、三雄君の保育所入所を手配しました。
その後も、私は三人兄弟にかかわっていきました。三雄君の就学時健康診断の際には、本人の知能検査で、軽度知的障害が適用される数値だったため、「お父さん、三雄君も支援学級でいいかね? ふたりの兄ちゃんと同じように、放課後デイサービスにも行ってほしいんだけど」と父親に尋ねると、「うん。いいよ。3人一緒だな」とにっこり即答しました。
三雄君と勇二君は今、放課後デイサービスに元気よく通っています。浩一君は、部活動や友達づきあいで休みがちですが、それは彼が成長した証拠。喜ばしいことです。
「元気ね?」
「元気よ」
森田家とは、今ではこんな気軽に挨拶できるようになりました。
経済的に厳しい森田家に対しては、教育委員会から私に「申請いらんかね?」と連絡が来て、学用品費や給食費などの就学援助制度が適用されることになりました。学校からも、保護者の記入が必要な調査票や書類があるときは私に連絡が来ます。その都度、私から森田家に出向き、父親に説明しながら、代理署名をしています。「難しいことはわからんけ、野中さんに任せるわ」と信頼してくれることをうれしく思っています。
保護者と関係機関をつなぐ役目として、スクールソーシャルワーカーは今後ますます必要になっていくことを感じています。
*子供の名前は仮名です。
取材・文/関原美和子 撮影/藤田修平 イラスト/芝野公二