低学年の子を楽しく水慣れさせる水泳指導のポイント
さあて、そろそろ学校のプールでの水泳指導の開幕です。水泳指導は最終的には生涯にわたって水を楽しみ健康を維持し、水の事故から身を守るということが目標ですが、そのためには、小さいうちから水に親しみ、怖くないと思わせることがとても大事……そのために、水慣れするための指導をもう一度見直して、丁寧にやっていきましょう。それを怠ると、高学年になっても恐怖心を引きずって、水に顔をつけるのも怖い子になってしまいます。
【連載】マスターヨーダの喫茶室~楽しい教職サポートルーム~
目次
1 恐怖心をなくすために
わたしは現在、スイミングスクール(成人コース)に通っています。わたしと同じ世代で児童対象の指導を長く勤めているコーチから、おもしろい話を伺いました。
「人間は力を入れたところから沈んでいく」
ということです。
水泳指導の理論やメソッドは、時代時代でかなり違ってきています。現代の競泳では全体的に身体が浮いた方がスピードアップできるとされています。力を抜く、力をいれない、脱力して身体を浮かせて必要なタイミングでパワーアップするのがいいわけです。国際的に活躍している競泳選手は自身の身体を浮かせ重心を身体の上にもっていきタイムを縮める泳ぎをしていきます。
その域まではなかなか到達できませんが、競泳選手の泳ぎへ続く基礎中の基礎、水泳の九九というべきことは、「脱力」「浮く」などのスキルです。これをできるだけ早く身につけさせたいです。入門期の児童の必達目標としたい 「力を抜いて浮く」という指導を確実に行っていきたいです。
水慣れ期の児童がプールで力が入るのは恐怖心や不安感があるからです。実は先のコーチのお話には続きがあります。
「小さい頃に、お風呂などでわが子がちょっと水に沈んだなんていう時、<あらら、たいへん! だいじょうぶ?>と思い切り引き上げて大げさに対応してしまった親のそういった態度だと、子どもたちは恐怖を覚えてしまうんです。逆に、水が顔にかかったら、<だいじょうぶだよ。水って楽しいよね。うわあ、潜れるの?>と遊び感覚で話していく親の態度だといいんですよね。これで子どもたちが水をこわがらないで、楽しむようになるのです。」
コーチのこの話の中に、指導のヒントが隠されているようです。
2 水泳入門期の指導のポイント
水泳入門期のキーワードは、やはり「水に慣れる(水慣れ)」「力をぬく(脱力)」の2つにしぼっていきます。これができるとどんどんスキルアップをしていきます。以下のポイントで指導していきます。
①ことばとイメージづくり
ポイント なりきらせて
よく水慣れ、水遊び初期の実践で使われることばが、「死んだ人になりなさい」「おばけになりなさい」です。これらはだいぶ今までの指導の中で使われてきたことばです。このことばでだいぶイメージができるわけですが、すべての児童が「おばけ」=脱力がストレートに結びつくというわけではありません。まして、さまざまな災害や水難事故がある中では、この語が適切であるかどうかは疑問です。
そこで、児童になじみがありイメージしやすいものを取り上げていけばいいのです。プールでの指導前、例えばプール開設前の時期や雨天でプールに入ることができない時などを使ってしっかりとイメージをもたせることが大切です。図鑑や自作ビデオなどで生きものやキャラクターなどの動きのイメージをつかませます。
水泳入門期で使えそうなものは、
「クラゲ」(ふわふわ、ゆらゆらなど脱力のイメージ)
「カニ」(横に歩く、ぶくぶく泡をはくイメージ)
「ゾウ」(のっしのっし、大股で歩くイメージ)
「カンガルー」(ピョンピョンと両足で跳ぶイメージ)
「イルカ」(水中から舞い上がってまた潜るイメージ)
「だるま」(がっちりと動かないイメージ)
「ラッコ」(水中に仰向けで浮かんでいるイメージ)
「アンパンマン」(まっすぐな姿勢で飛ぶイメージ)
「電車」(並んで走るイメージ)
「お地蔵さん」(何があっても動かないイメージ)
「アメンボ」(手足をひろげゆったりと浮かんでいるイメージ)
などです。児童はそれらをきちんととらえ、動きのイメージができると、『~になりましょう』という指示でそれらに関連した動きをしていくことができていきます。しっかりそれぞれのイメージをもたせたいです。
②プールでの動き
ポイント 不安をとりのぞくスモールステップで
ア 立つ!
児童のプールでのこわさや不安は、プールの底が永遠と続いている底なし沼のイメージがあるからです。こども園などで水遊びをした経験を思い出させ、学校のプールでも同じように立てるんだということを早めに体感させたいです。ゆっくりとプールに入るようにさせ、立てるんだ、だいじょうぶなんだという感覚をつかませます。
上学年だと、立った状態で、腕や胸、首などの上半身のストレッチ、脚のストレッチなどをすることもできます。そこからすぐ練習に移行できるので効果的です。
イ 歩く!
つぎは、歩きます。プールサイドを伝っての「カニさんあるき」、おおまたで歩く「ぞうさんあるき」、ぴょんぴょんとびはねて歩く「カンガルーあるき」などをさせていきます。水圧に抵抗し、身体を進めていきます。この時水が顔にかかってもだいじょうぶだという感覚をもたせていきます。どうしても不安が強い児童には、指導者が手をつないで動作します。指導者が児童の身体に触れたり支えたりしているだけで安心します。
慣れてきたら、今度は一列に並んで足並みをそろえさせながら歩かせます。友だちの肩に手をおくようにさせ、「電車ごっこ」のイメージです。友だちの肩に手をおくので、とても安心感が生まれます。
上学年だと、ウォーミングアップとして水中歩きを入れることもあります。例えば「スケーティング」のイメージで手を大きく振らせて足を外側に出しながら歩かせたり、手と足が同じもの、右手を前に出したら右足を出す、左手を前に出したら左足を出すという、いわゆる「侍ウォーク」、「ナンバ歩き*」というものもスポーツトレーニングとしてスイミング技術に活かせます。また、歩きながらプル(手のかき)をやっていくことも効果的です。
*正確には、単純に右足と右手を同時に出すというものではなく、効率的な重心移動の歩行法で昔の人が長距離を歩くために行っていたものです。
ウ 水かけをする!
ここで登場するのが「お地蔵さん」です。笑顔でじっと動かないイメージです。まずは、児童の水泳前シャワータイムです。家庭でのシャンプーハット愛用者で水が顔にかかるのに抵抗がある児童には、ゆっくりと顔の遠いところからシャワーをかけて最後に顔にかけるようにしていきます。だんだんと長い時間シャワーをかけられるようにしていきます。
つぎは、いよいよ『お地蔵さんになってみよう』と言います。じっと動かないで長い時間シャワーにいられるようにします。その後、シャワーを浴びながらじゃんけんをする、先生に勝ったら終わりなどと遊び心も入れます。ずっと負け続けてはたいへんなので、3回くらい負けたら終わりというルールをつくっておきます。
さて、プールに入っても「お地蔵さん」です。「お地蔵さん」役を決めて、「お地蔵さん」に水をかけていきます。最初は指導者が「お地蔵さん」になってお手本を示します。『もうまいった!』という時に手を上げ、そこで終わりです。『まいった』をしない児童は10秒くらいで指導者が『やめ!』の合図をします。慣れてきたら、水中じゃんけんなどを取り入れていきます。
上学年だと、『隣の人と思い切り水かけっこしなさい』『手で水鉄砲をして遠くの友だちに水をあてなさい』『水の中で浮かんだままじゃんけんができるかな?』などと遊びながらの水泳学習の導入も楽しいです。
エ 浮く!
①だるま浮き
スイミングスクールのコーチは、この「だるま浮き」に時間をかけるそうです。「浮く」感覚を身体にしみこませるためです。プールサイドで「だるま」にならせてみます。『身体を小さくしてまるくなるんだよ』と指示します。それを今度は、プールの中でやらせます。何度もやっていくうちに「浮く」感覚をつかめます。指導者によっては「風船」というワードを使う人もいます。「浮く」感覚は、肺にたくさんの空気を入れることで浮き袋になるわけです。「風船」のイメージはぴったりかもしれません。それから、この「だるま浮き」のポイントは、あごを引かせること、おへそを見て丸くならせることです。うまくできていない児童にはこのポイントを指導していきましょう。
②クラゲ浮き・伏し浮き
そして、手と足の力を抜かせ、『クラゲになりましょう』と「くらげ浮き」をさせます。「くらげ」は脱力イメージとしては効果的なワードです。なかなかむずかしい「伏し浮き」ですが、これは『アメンボになろう』と言います。「アメンボ」は水中にしっかりと浮いています。力を抜かせ、そんなに大きく手足を広げる必要はありませんが、しっかりと「アメンボ」になるようにさせます。この「アメンボ」状態を長く保たせるようにしていきます。この「伏し浮き」のポイントとしてあごを引かせることはいうまでもありません。顔が上がってしまうと力が入って沈んでしまいます。そして、『おへそをみましょう』という指示も効果的です。浮きの姿勢では、息を止めるのが基本ですが、『息をとめて』というと力が入りがちなので、『息をとめるんだけど、カニさんのようにブクブク少しあわを出してもいいよ』という声がけの方が、より力が抜けていくようです。これができるようになれば、「アメンボ」のように大の字になる浮き方をさせたり、ビート版をつかって「ラッコになりましょう」と背浮きをさせたりするのもいいでしょう。
上学年では、より脱力感を増すように、伏し浮きをさせたら、『プールの底にダイヤモンドが落ちていないか探してみて』というのもおもしろいですね。(実際におはじきなどをおいても…)児童はプールの底を見ながら視点移動したり首を動かしたりしながら探していきます。ビート板を使わない「背浮き」にもぜひチャレンジさせたいです。
◆
以上が水泳の九九ともいうべきスキルです。それぞれの段をクリアしていないと、次のステップに移ることができません。上学年の児童で、うまくいっていない児童は、どこかのスキル習得のステップのところでつまずいていると考えられます。その時は、戻ってやり直すことが必要です。
保護者と協力してスキルアップしていくことも大事です。お風呂での水慣れなど、日常的に水に慣れるような動作をできるようにしていきたいです。学級通信や学級懇談会などで家庭にお願いするのもいいですね。
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次回記事は6月18日公開予定です
山田隆弘(ようだたかひろ)
1960年生まれ。姓は、珍しい読み方で「ようだ」と読みます。この呼び名は人名辞典などにもきちんと載っています。名前だけで目立ってしまいます。
公立小学校で37年間教職につき、管理職なども務め退職した後、再任用教職員として、教科指導、教育相談、初任者指導などにあたっています。
現職教員時代は、民間教育サークルでたくさんの人と出会い、さまざまな分野を学びました。
また、現職研修で大学院で教育経営学を学び、学級経営論や校内研究論などをまとめたり、教育月刊誌などで授業実践を発表したりしてきました。
『楽しく教員を続けていく』ということをライフワークにしています。
ここ数年ボランティアで、教員採用試験や管理職選考試験に挑む人たちを支援しています。興味のあるものが多岐にわたり、さまざまな資格にも挑戦しているところです。