“未知”と“既知”をつなぐ“予備実験”のススメ【理科の壺】

連載
理科の壺/進め!理科道~理科エキスパートが教える、小学校理科の指導法とヒント~

國學院大學人間開発学部教授

寺本貴啓
【理科の壺】
“未知”と“既知”をつなぐ“予備実験”のススメ

車の運転での「ヒヤリハット」はよく言われますが、理科実験においても「ヒヤリハット」があります。小学校実験ではけがをしそうな授業はそれほど多くはありませんが、薬品の実験や外出しての観察など事故が起こる可能性があります。それは先生が授業展開だけ意識するのではなく、その周辺の可能性まで意識しているかどうかに関わってきます。今回はどのような時に「ヒヤリハット」が起こるのか考えてみましょう。優秀な先生たちの、ツボをおさえた指導法や指導アイデア。今回はどのような“ツボ”が見られるでしょうか?

執筆/岡山大学教育学部附属小学校教諭・谷口智彦
連載監修/國學院大學人間開発学部教授・寺本貴啓

事故やヒヤリハットの発生

時々、理科の学習中に起こる事故を耳にします。それは「子どもがやけどをした」といったようなものから「実験中にガラス器具が破裂し、子どもが怪我をした」というようなものまで。また、事故には至らなかったけれど、「ヒヤリハット」が起きたということはさらによく耳にします。

どんな時に、事故やヒヤリハットが起こるのでしょうか。

ビーカーを割ってしまった子ども

私の経験で言うと、

  • 先生! みんなの電池を繋げてみたら、すごいことになりそうだからやってみたい。
  • 今使っている試験管だけじゃなくて、大きなフラスコでも実験させてあげれば、子どもが喜びそうだ。

といったような、子どもが「先生、○○してみたい」と、おもしろそうで魅力的な提案をしてきたときや、教師が、授業中に子どもの活動を見ていて「○○させてあげたら、喜びそうだ」とナイスアイデアを思いついたときに「ヒヤリハット」が起きやすかったように思います。

「未知」と「既知」

少し視点を変えて、どんな条件の時、学習活動が充実し、かつ、安全になるのでしょうか。「ヒヤリハット」を考える2つの軸と「未知(まだ知らない)」「既知(もう知っている)」という「子ども」と「教師」という2つの軸を組み合わせて考えてみましょう。すると4つに分けることができます。

つまらなさそうな子どもと楽しそうな子ども

①子どもは「既知」、教師も「既知」
②子どもは「既知」、教師は「未知」
③子どもは「未知」、教師は「既知」
④子どもは「未知」、教師も「未知」

の状態の授業を想像してみると、両者にとって、なんともつまらない時間が流れていそうですね。

では。先生の勉強不足。まずいですね。非常にまずい。

それでは。教師も、わくわくしたり驚いたりする子どもたちの姿を想像して、授業をすることが楽しみになるのではないでしょうか。

最後に。未知と未知の遭遇。何が起きるかは神のみぞ知る。先生が事前に調べていない事を、子どもと一緒にやる事は、とても危険な事です。

さて、からの中で、どの場面で事故やヒヤリハットが起きそうでしょうか。そうですね。のパターンでしょうね。子どもが前のめりに意欲を高めていて、その結果として起きることを先生も知らないのですから。

既知と未知 4象限

①両者が知っている事なので安全。ただ、授業がつまらない。
②子どもが知っている事なので安全。ただ、先生が勉強不足。
③先生が知っている範囲内なので安全。子どもが知らない事なのでワクワクして授業ができる。
④知らない事に挑戦する心掛けはよいが、先生が試していない事をやるのは超危険
!!

教師として、子どもが意欲的に何かを提案してきたとき、こんな工夫をしてあげられそうだと考え、子どもの喜ぶ姿を思い浮かべたときは、まさに教師冥利に尽きる瞬間だと私も強く実感しています。しかし、「安全」という視点から見ると、立ち止まる鉄の意志が必要です。

授業中に事故が起きてしまったら、その場の児童への対応や救急活動、管理職への報告、放課後の保護者への対応、善後策の相談、途中やめになった授業の回復、状況によっては教育委員会とのやり取りが生じることも…。「読めない時間」がどんどん生じてしまいます。

予備実験のススメ

そこで、大切になるのが「予備実験」です。

実際の道具を使って教師が実験をやってみる。やってみると、教科書や指導書に書かれていないようなおもしろい事象に気づいたり、子どもがきっとこんなことしたくなるだろうな、ここは注意させないとけがをしそうだなということに気づいたりします。授業中の実験にかかる時間も読めて、「教師の既知」をどんどん獲得できます。

そして、授業に備える。備える内容としては、実験道具や時間配分の把握、予想される危険への声掛けなどはもちろんでしょうが、子どもがやってみたいときっと言うであろう展開への心づもり、先生がとっておきでお披露目したい事象の演出など、教師が授業を心待ちにするための備えでもあります。

実験をしながらいろいろ考える先生

教師が先んじて予備実験を行うことで、子どもの『未知』を想定し、教師は『既知』を得ていく…。

「読める時間」と「読めない時間」

予備実験はどうしても、放課後になりがちで負担感もあるのですが、業務との兼ね合いで予備実験を行う「読める時間」が準備できれば、事故が起きたときの「読めない時間」の発生を防ぐことができます。子どもの安全にも、楽しい授業作りにも、教師の見通しをもった働き方にもやっぱり欠かせないんですね。

子どもたちの柔軟な発想にわれわれ大人は太刀打ちできないです。だからこそ、子どもたちに先んじてやってみて、知っておくことができるという教師の最大のアドバンテージを生かさない手はありません。そのアドバンテージ(予備実験)を手放したとき、「④子どもは未知、教師も未知」という状況が生まれるんだと思います。

予備実験は時間的コストがかかりますが、教科書は基本4年間は変わらないですし、指導要領も10年くらい変わらない。担当したことのない学年をもった時に「読める時間」を少し多めにかけて予備実験を丁寧にやっておけば数年間の財産になります。(もちろんその都度、予備実験をしていくことは必要ですが、段取りも授業の流れも分かっているので時間的コストは下がっていくと思います。)

組合せ自由! 予備実験のスタイル

大切な予備実験ですが、やり方はいろいろ。私の予備実験スタイルをご紹介します。

A 目先の授業、「一人でもくもく」スタイル

→時間的コストを考えればこれが一番。少ない時間を有効に活用できます。

B「単元まとめて一気に、一人でもくもく」スタイル

→毎週ある理科の授業ごとに予備実験をするのは大変。単元をまとめてしまえば道具の準備・片付けも効率化。

C「ベテラン誘って効率よく」スタイル

→教えるのが本業の教師。思い切って頼んでしまえば案外喜んで受けてもらえるもの。授業や実験のこつの伝授も期待できる?

D「学年団みんなで模擬授業」スタイル

→どうせならみんなで。同じ授業を行うものの同士なので、必要感も高いし、学年の実態に合わせて子どもの姿を想定しやすいです。事象提示の仕方や実験方法の説明の仕方も一気に解決。

E「気の合う仲間とサークル」スタイル

→地域の理科のサークルや研究会に参加して、新しい実験方法を仕入れるのも授業が待ち遠しくなる方法です。

予備実験をしても出てくる子どもの柔軟な発想への対応も、やっぱり予備実験が解決!

入念に予備実験をしたと思っても、授業中に不意に出てくる、子どもの「○○やってみたい」という申し出。どう対応するか。端的に言えば、授業で一発勝負、授業の少し前にちょこっとチェックのみのように「場当たり的にやらない」ということに尽きるでしょう。

授業中の子どもの「○○やってみたい」がどんなに魅力的でおもしろそうな申し出であっても、「先生が未知であること」には鉄の意志を発動させて我慢しましょう。

そして教師が魅力を感じた申し出については、「確かにおもしろそう! でも今日は時間の関係でできないから次の授業にできたらやってみたいなぁ! 準備してみるよ(絶対やろう、と言わないのもミソ)。」と切り返して、次の授業までに予備実験をやってみる。自分を、何が起きるかを知っている「既知」の状態にして、実施可能であれば準備をしてやらせてあげる。 そうすることで「先生はお願いしたことをきちんと準備してくれる」という信頼を積み重ねることもできるでしょう。また、教師がやってみて、避け切れない危険や課題があると判断する場合は「やってみたけど、危ないからできないよ。」などと説明しましょう。それでも、先ほど同様「先生はお願いしたことをきちんと準備してくれる」という信頼感を積み重ねることに変わりはないでしょう。

最後に

子どもは未知の自然事象に出会って、わくわくできることを楽しみにしているはずです。

でも、教師が教師としてわくわくするのは未知の自然事象との出合いではなくて、子どもの喜ぶ姿・驚く姿との出合いですよね。

“未知”と“既知”をつなぐ“予備実験”、やってみませんか? オススメですよ。

「このようなテーマで書いてほしい!」「こんなことに困っている。どうしたらいいの?」といった皆さんが書いてほしいテーマやお悩みを大募集。先生が楽しめる理科授業を一緒に作っていきましょう!!
※採用された方には、薄謝を進呈いたします。

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谷口智彦先生

〈執筆者プロフィール〉
谷口智彦●たにぐち・ともひこ 岡山大学教育学部附属小学校教頭。公立校で「期待をもって事象に関わる子ども」を育てたいと理科の授業を中心に実践を積み重ね、現在、岡山大学教育学部附属小学校に勤務(2022年3月現在)。教育実習生や地域の若い先生の相談に乗る機会も増え、自身の経験や自分がお世話になった先輩方から受け継いだことを伝える中で、「理科をやってみよう」という先生方が増えるための活動にも取り組んでいる。

寺本貴啓先生

<著者プロフィール>
寺本貴啓●てらもと・たかひろ 國學院大學人間開発学部 教授 博士(教育学)。小学校、中学校教諭を経て、広島大学大学院で学び現職。小学校理科の全国学力・学習状況調査問題作成・分析委員、学習指導要領実施状況調査問題作成委員、教科書の編集委員、NHK理科番組委員などを経験し、小学校理科の教師の指導法と子どもの学習理解、学習評価、ICT端末を活用した指導など、授業者に寄与できるような研究を中心に進めている。

イラスト/兎京香

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