流行語「親ガチャ」と加熱する中学受験問題~先生が知らない貧困家庭のリアル<第16回>~

先生が知らない貧困家庭のリアル

流行語「親ガチャ」と加熱する中学受験問題

日本財団の調べでは、今、日本では7人にひとりの子供が貧困状態にあると言われている。コロナ禍以前は、可処分所得が少ないことによる「相対的貧困」が多いと言われていたが、衣食住に困る「絶対的貧困」も増えた。今回は「親ガチャ」と中学受験問題についてひもといていく。

親の能力差が子供の未来を変えるのか!?

コロナ禍で注目されたのは、中学受験だ。親の収入の低下により、減少すると思われたが、現実はその真逆だった。首都圏模試センターが2022年2月に発表した速報によると、首都圏中学入試の私立・国立中学校の受験者総数は、前年より2050名増加の5万1100名。前年比で102%、受験率は17%と過去最多だった。

都内のトップ塾で講師を務める50代の女性は、「この数年で、大学生にも歯が立たない問題が増えた。難度は2~5割増し。コロナ前と大きく違う。より高い理解力と深い考察を同時にできないと解けない」と語る。そのためには、小学校1年生から通塾し、総額で600万円以上かかる中学受験に挑むことが、独学で合格する一部の天才を除き、不可欠だ。これをできるのは、高収入な親だけだろう。

首都圏の私立・国立中学校の受援者総数グラフ
私立中高一貫校、国立中学校受験者は、8年連続で増加。問題の難度も高くなり、受験には専門塾に通うことが必須事項になっている。

中学受験が激化すると、小学校受験も加熱する。2021年に6歳の娘を私立小学校に合格させた50代の母親は、「入学までの準備に600万円以上かかった。第2希望の合格だったけれど、我が子を安心な環境に“逃がす”ことができて、ホッとしている」と語る。

この“逃がす”という単語が気になり理由を尋ねると、「公立の学校は、無料だし先生も素晴らしい人が多い。でも、教育カリキュラムや運営など構造上の問題が大きい」と言った。

彼女には、6歳の娘の上に、16歳の息子がいる。

「地元の公立小学校通わせて驚いたのは、道徳の授業にも“正解”があり、そこに誘導するように授業をしていたこと。あとは“○○してはいけません”など、禁止事項の張り紙の多さ」

また、そのエリアは、高級マンション組と、公営住宅に住む人たちが混在していた。

「保育園から仲良しの子供たちが結託している。そこでボーッとしているうちの息子はいじめに遭う。ここで不登校になり、結局、高校までずっとフリースクール」

いじめが起こった時に、息子に寄り添い、心のよりどころになってくれた担任の先生はあえなく異動し、いじめは激化した。そのときに「下の子は似たような環境の子供が集まり、先生の異動がない私立に行かせよう」と決意したのだという。

その一方で、家族のケアに追われて、学校に通えなかったり、親の虐待を受けて命を落とす子供も目立つ。暴力は、強いものから弱いものに伝わる。子供は親をひたむきに愛し、そして愛してほしいと願う。だからこそ、圧倒的な弱者になってしまう。

努力して能力を磨き、視野と思考力を広げる子供と、家や家族という小さな世界にとどまるしかない子供の未来は大きく異なる。そのことを多くの人が感じたのであろう、2021年「現代用語の基礎知識選 2021ユーキャン新語・流行語大賞」に「親ガチャ」がノミネートされた。

親ガチャは、生まれた親がもたらす環境や能力によって人生が大きく変わるという考えが根底にある。「子供は親を選べない」ことをスマホゲームの「ガチャ」に例えている。

経済的理由による教育格差は開いている。子供に平等に学びの機会を与えられるかどうかは、国力によって左右する。国は高校生等への修学支援制度を設けている。授業料を支援する「高等学校等就学支援制度」のほかにも、授業料以外の支援(「高校生等奨学給付金」等)も用意した。

しかし、「親の考え方や、大人との出会いが“親ガチャ”に含まれる」と貧困家庭に育った35歳の女性は言う。「母親は夜の仕事、母の再婚相手(義父)から虐待を受けていた」と子供時代を振り返る。

「母の再婚であざが増えた変化を、小3のときの先生が気付き、相談に乗ってくれた。そのときに、“あなたは子供で無力だから、勉強しなさい”と言われました。“勉強は裏切らないし、あなたを生かしてくれる。勉強だけは続けなさい”と言い、勉強をサポートしてくれた」

そして「将来、何をしたいの? どんな人生を歩みたいの?」と一緒に考えてくれた。「どのように生きたいか」を子供ながらに考えたことが、生きる希望になった。

「名前も顔も忘れた先生です。成績が上がれば、義父の暴力も止みました。その後、奨学金を受けながら地元の県立高校と国立大学を卒業。地元が嫌いなので、東京のベンチャー企業に就職。ブラックな働き方をしていましたが、私の育った家庭に比べれば天国」

勤続10年のときに、社費で海外研修にも行き、同業他社の傾向分析やグローバルな視点からの戦略を考えられるようになった。

「父親がだめ男の見本市みたいな人だったので、人を見る目が養われた。親ガチャははずれですが、私は当たりに変えたと思う」

そして、今、小学生ふたりを育てている。彼女は今、都心に住んでおり、今年の2月、衝撃的な事件を間近で見た。それは、大学入学共通テストの試験会場の東京大学の前で、私立名門校に通う17歳の男子生徒が、受験生の高校生ら3人を刺した現場だ。

「事件の背景が報道されるうちに、少年は東大の医学部に進める理科三類への熱望と挫折があったとわかりました」

彼に興味を持って追ううちに、どんな生活を送り、何を学びたいかが見えてこない。将来の自分像がわからないまま迷走しているようにも感じた。

「彼の両親は報道によると、いわゆる“親ガチャ”では“当たり”だと思います。でも、彼の競争の頂点に立ちたいという願望が暴走した」

受験という狭い世界の競争にさらされ、自分の成績順位がアイデンティティになってしまう。それが転落すると狂気として暴走する。

小学受験も中学受験も、ゲーム感覚で楽しんでいる子がトップ校に合格する傾向がある。

受験が加熱すると、「一番じゃなければゲーム終了」という考えを持つ人が増える。それで道が絶たれたり、チャンスがなくなるほど、この世界は単純ではない。

学校の先生は、貧困家庭に生まれた子供には「その子が望む未来とその道を」、そして、裕福な家庭に生まれ、過当な競争にさらされている子供には、人生とは垂直に深く、水平に広いことを伝えることが、ますます広がる格差社会において大切ではないかと感じる。

取材・文/沢木 文

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