第57回 2021年度 「実践! わたしの教育記録」新採・新人賞 有江聖さん(埼玉県さいたま市立下落合小学校)

外国語科における自ら考え、判断し、表現する児童の育成を目指して
~馴染み深い言語活動へのひと工夫が担任の困り感解消の可能性を高める~
埼玉県さいたま市立下落合小学校 有江 聖
1 はじめに
「先生!この日本語って英語でどういうの?」
児童たちからこのような質問をされて困った経験のある先生はいるだろうか。私は外国語科の単元末のパフォーマンステストの発表原稿や英作文の作成時間に、児童から「先生、〇〇って何ていうの?」「先生、こういう文を言いたいんだけど、英語でなんていえばいいの?」と質問されることが多々ある。前者は調べれば出てくるが、後者は児童の日本語の文を直訳するべきか、言い換えをするべきか判断に困るところである。「自分で調べてみよう」と言えば済む話であるかもしれないが、そういった場合、多くの児童が翻訳機能を使い、不自然な英語になってしまうことがある。以前担当をした学級の児童は世界の名所を紹介する活動で、”Trevi Fountain is a power spot where you can throw coins toward the fountain, and if you throw one, you can come to Rome again.…”と翻訳機能を使って書いていたことがある。表現したいことを自分で調べ、書くという意欲は素晴らしいが、ここで3つの問題が挙げられる。①児童がそれぞれの言葉の意味や発音が分からない、②発表の際に聞いている児童が意味を理解できず、伝わらない、③①の解消のために担任に質問し、担任にも分からない可能性があるということである。
2 小学校教員の英語力
文部科学省の調査や様々な先行研究から、小学校教員の多くは自身の英語力に大きな不安を感じていると明らかにされている。外国語科の単元は、末に英作文やプレゼンといったパフォーマンステストが設定されているものが多い。そこで出てくるのが前述の英訳の問題である。これに関して、勤務校の教員にアンケート調査を行った。質問事項は「英作文や発表原稿指導で困ったことがある」で、教員全体の回答傾向(図1)、各ブロック毎の平均値(表1)、具体的な内容(表2)の3観点を掲載する。



アンケートの結果から、7割近くの教員が困り感を抱えており、学年が上がるにつれてその数値は高くなっている。特に中学年・高学年では英作文やプレゼンの頻度が高くなり、困り感の強さが伺える。同じような経験をされた先生方も多いのではないだろうか。
児童の英作文や発表原稿作成には自分の気持ちや身の回りのことを説明できる「思考力、判断力、表現力」が関わってくる。もし、児童自らが学んできたことを生かして、多様な表現をできるようになったら、このような問題の解決につながるのではないか。そこで私は、外国語科で馴染み深い言語活動を基に、児童の「思考力、判断力、表現力」を育成することを目指した。なお、馴染み深い言語活動にした理由は、英語を専門としない学級担任でも指導が容易であるようにということを念頭に置いているためである。
3 「思考力、判断力、表現力」とは
まず、学習指導要領や角屋(2017)によると、「思考力、判断力、表現力等」は「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる)」ということと述べてあり、更に以下のような能力を育成していくことが重要であると述べている(表3)。

また、田村(2021)は、「『思考力、判断力、表現力等』の資質・能力に関しては、方法に関する手続き的知識が事実に関する宣言的知識とつながりハイブリット化する」(p.37)ことで、「それらが一体となって統合的に獲得されていくことである」と定義した(p.147)。以下に定義を整理した表を記載する。
そして、外国語科における「思考力、判断力、表現力等」については以下のように学習指導要領に示されている。


4 実践について
本実践は、児童が身の周りの物事について既習の知識を組み合わせながら説明できる思考力、判断力、表現力を育成することを目指したものである。今回は、低学年から馴染み深い「3ヒントクイズ」を採用し、友達同士でクイズを出す帯活動をモジュール内に設定した。3ヒントクイズとは、例えば「りんご」について”red” ”round” ”fruit”など関連する英語をヒントとして出し、相手に答えてもらう活動である。外国語活動を担当された先生の多くは指導経験があるのではないだろうか。本実践は以下の流れで行った。

②の導入では、指導の工夫として思考力の伸長を図るために、身の周りの物事から連想されるものをイメージマップに広げる「関連付け」や身の周りの事物を説明する際にどういったことに着目すればよいかという「焦点化」の手続き的知識を指導した。
この活動を9~12月の間、計30回程度行い、効果測定のテスト及び発話分析を行った。今回はその一部を抜粋して記載する(表7)。

結果として、ほとんどの児童がAとなった。また、表出した平均語彙数も倍近く増え、児童たちはもっている知識を使って、自力で多くの英語を表出できるようになった。
また次に、ポストテスト後に、3ヒントクイズに関するアンケートの中で、「この活動を通じて力がついたと思いますか?」という質問をした。その結果、9割近くの児童が肯定的な回答をしており、「具体的にどんな力がついたか」という自由記述項目には、説明力や表現力、瞬発力といった記述が多く見られた一方で、「どうしたら相手にわかりやすく伝わるか、相手にわかりやすい説明とは何か」という「相手意識」に関する記述が多く見られた(表8)。

ここで説明力と相手意識を記述した児童2名の3ヒントクイズ実践後の単元における発表原稿を紹介し、実践のもたらす波及効果の可能性について論じていく。
5 相手意識を働かせる事例
まず、第6学年の11月~12月に学習する「世界を知ろう」という単元での原稿である。この単元では児童が行きたい国の有名な食べ物や場所について調べ学習を行い、紹介する単元であり、プレゼンテーションが単元末に設定されている。この単元では、以下の4つの表現が基本表現となっている。

ここで児童Aの発表原稿の抜粋を記載する。
児童Aはノルウェーについて発表し、オーロラを取り上げている。児童Aの原稿の特徴として、上記の使用表現のほかに、”You can~“ ” There ~” ”He~”などの多様な表現を活用していることが挙げられる。これらの表現はこれまでの単元で学習してきた内容である。
また、児童Aはオーロラの他に「ムンク」を紹介している。原稿の最後の一行(下線部)に注目していただきたい。児童Aは初めに”He left a work called Sakebi in the world.”と書き、「なんか伝わらない気がする」と発言していた。そして本番では、”He made a famous painting Sakebi in the world.”と訂正し、発表をした。これは、児童が直訳をした文に対して相手意識を働かせ、「left」や「work」「called」などは未学習であるから分かりにくいと判断し、既習の「made」「famous」「painting」を使って文を再構築したと推察できる。この際、私は児童Aに対して具体的指導を行っておらず、児童Aは自らの学習を振り返り、今まで学んだことと本単元の学習内容を結び付け、考えの再構築と表現をしていた。

6 自分をより詳しく表現する事例
次に、第6学年3月に学習する「中学生になったら」という単元での原稿である。この単元では、中学生になったらやりたいことを「教科」「部活動」「学校行事」の3観点で発表するパフォーマンステストが単元末に設定されている。この単元では、以下の使用表現がる。

ワークシートを見ると、児童Bは指定された形式を変え、自分の表現に直していることや、使用表現を組み合わせて、より詳細に自分の気持ちを説明していることが見て取れる(下線部)。

7 2つの事例から示唆される波及効果
ここで強調したいことは、2名の児童は「自力でこれまで学習してきたことを生かし、より多様な表現をしている」という共通点があることである。これは学習指導要領でも述べられている「新たな情報と既存の知識を適切に組み合わせて、それらを活用しながら問題を解決したり、考えを形成したり、新たな価値を創造し」、「身近で簡単な事柄について、伝えようとする内容を整理した上で、簡単な語句や基本的な表現を用いて、自分の考えや気持ちなどを伝え合う」思考力、判断力、表現力が表出した姿ではないだろうか。
この実践を通して、3ヒントクイズの実践が児童の説明力や相手意識に影響を与えている示唆をテスト結果やアンケート結果から得られた。そして、その活動から得られた説明力や相手意識を普段の授業に取り入れ、学んできたことから相手がより分かる言葉を選んで表現をする児童が多く見られるようになった。
3ヒントクイズが定着してきた11月ごろから、児童の直訳に関する質問が減り、教科書のワードリストやプリントをめくりながら取り組む姿が多く見られるようになった。また、いつもネットの翻訳機能を使っていた児童は「中学生になったら」の感想の中で「初めはGoogle翻訳ばかり使っていたけど、今は習った中から言葉を選んで英語を作れるようになった」と述べている。その理由を尋ねたところ、「直訳だと自分も相手も分からなくて意味がない。習ってきたことを使って言い換えた方が、自分も相手も英語で理解することができる」と語っていた。
8 おわりと今後に向けて
現在、有難いことに教員の英語力向上のために様々な研修の機会が用意されている。私も様々な研修に参加させていただき、大変有意義な時間であった。だが、全員が全員研修を受ける時間の余裕があるかと言われれば、そうではないのが現状である。
しかし、担任や児童にとって馴染み深い活動を改めて見直し、少しの工夫を加えてみると、既習事項を生かして学習に取り組む力を育成しうるかもしれない。そして、児童の表現力を高めることで、担任の困り感を解決できるのではないかと私は考える。
今後は、英語を専門としない学級担任でもそれらの力を着実に育成できるよう、信頼性ある効果の実証方法や系統的指導の確立について探究していきたい。
今後も、児童にとっても学級担任にとっても有意義で学びある活動について模索していく決意である。
最後に、本実践に多大なる協力と理解を示してくれた本学級の児童及び教職員の皆様への感謝の意を示したい。また、この実践が今後の英語教育や不安感を感じている先生方への少しばかりの希望になればと願い、結びとさせていただく。
引用・参考文献
文部科学省(2017a)「小学校学習指導要領」
文部科学省(2017b)「小学校学習指導要領解説 外国語編」
中央教育審議会答申(2015)「教育課程部会 言語能力の向上に関する特別チーム 参考資料『思考力・判断力・表現力等』についての整理のイメージ」
Bennese(2015)「小学生の英語学習に関する調査」
米崎里・多良静也・佃由紀子(2016)「小学校外国語活動の教科化・低学年化に対する小学校教員の不安-その構造と変遷-」『小学校英語教育学会誌』第16号, pp138-143
藤森千尋(2004)「スピーチプロダクションの測定方法:正確さ、流暢さ、複雑さ」『関東甲信越英語教育学研究紀要』第18巻,pp41-52
角屋重樹(編)(2017)『新学習指導要領における資質・能力と思考力・判断力・表現力』東京:文溪堂
田村学(著)(2021)『学習評価』東京:東洋館
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受賞の言葉

埼玉県さいたま市立下落合小学校教諭 有江 聖
この度は、新採・新人賞という大変名誉な賞を頂戴し、身に余る光栄に存じます。選考や掲載に携わって頂いた皆様に心より御礼申し上げます。
新学習指導要領では、小学校高学年の外国語活動が教科化されました。「慣れ親しむ」から「身に付ける」段階へとステップアップし、子どもだけでなく、先生方に対して求められる資質や能力の幅が広がったことは想像に難くありません。
ですが、これまでの外国語活動の歴史の中に次世代型学力を育む確かなtipsがあるのではないかと考えております。老舗の伝統レシピに、ひとつまみスパイスを加えるような、そんな感覚で実践をさせて頂きました。
英語教育が子どもや先生方にとって少しでも有意義なものとなるよう、これからも研究と研鑽を続けていく所存です。皆様から賜りました恩を還していけるよう、努めて参ります。
最後に、学校関係者の皆様、厚くご指導を賜りました及川先生、陰ながら支えてくれる家族、そして日々成長を体現してくれる子どもたち、全ての方々にこの場を借りて厚く、深く御礼を申し上げ、挨拶とさせて頂きます。本当にありがとうございました。未熟な私ですが、今後とも御指導・御鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。
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