「お助けマン」の信頼失墜 ~連載小説「教師の小骨物語」 #6

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教師の小骨物語【毎週水曜更新】
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新米でもベテランでも、教師をしていると誰でも一つや二つは、「喉に詰まっている”小骨”のような」忘れられない思い出があります。それは、楽しいことばかりではなく、むしろ「あのときどうすればよかったの?」という苦い後悔や失敗など。そんな実話を取材して物語化して(登場人物はすべて仮名)、みんなで考えていく連載企画です。

6本目 どんな問題も解決できる「お助けマン」の信頼が揺らいだ

クラスや学年を問わず、不適応行動や不登校、いじめなどの問題に対処していく“生徒指導主任”を命じられたのは、教師6年目のときだった。ぼく(梨本亮一・教師10年目)のそれまでの指導手腕が高く評価されて、かなり若い年齢での抜擢だった。

1年生のころから不登校だった子を学校に来られるようにしたり、学級崩壊のクラスを立て直したり、数々の成功実績をあげ、問題を抱えたクラスを受け持ってきた。そのため、持ち上がりではなく、飛び飛びの学年を担任してきた。

そのころのぼくは、「どんな困難も必ず解決できる」と自分の力を信じていた。四六時中、仕事のことを考え、どんな壁にぶち当たっても逃げることなく、突っ走っていた。

両親も祖母も尊敬に値する教師であったこともあり、教職は自分の天職だと思っていた。

小学校6年生のときに、素晴らしい先生と出会った影響も大きい。その先生は、走るのが苦手で体育大会では目立たない綱引きに立候補しているぼくを、100メートル走の選手にした。一緒に練習をしてくれたお陰もあって、ぼくは6人中5着に。本番でビリにならなかったことがきっかけで、ぼくは走ることが嫌いではなくなり、その後、大学で陸上部に入ったのだった。

そんな経験があったので、「教師は本人も気づいてない才能を引き出せる。本人が多少嫌がっても、引っ張り出すべき」が、その頃のぼくの教育信条になっていた。

生徒指導主任になってからは、クラスはもちろん、学年を越えて、問題が起これば「お助けマン」の如く、すぐに現場に駆けつけた。本当は自分が駆けつけるのではなく、問題の起こっているクラスの担任に対処法を指導するべきなのだろうが、自分が直接介入したほうが解決が早いので、つい駆けつけてしまっていた。校長も学年を越えて問題を解決しているぼくに感謝し、評価してくれていた。

ぼくがどこかに駆けつけることになれば、自分のクラスは課題を与えて自習になる。自分の担任するクラスは、もちろん安心して自習させられるクラスになっていた。ぼくは、自分のやり方に自信を持ち、校長やほかの先生、保護者とも信頼関係を築けていると自負していた。

お助けマンの如く現場に駆けつける教師

担任クラスを離れるのはNG? 割り切って限界も知るべきか

教師8年目、4年生を担任していたとき、初任教師が受け持つ5年生の教室で騒動が起きた。ある男子が、教室のメダカの水槽を割って、クラスの子の教科書を水浸しにして、教師をなじりながら暴れていた。その子にガツンと叱れるのは自分しかいないと、すぐに駆けつけた。

「学校というのは社会だ。ものを破壊したり、先生に暴力をふるったりしたら、それは“犯罪”だぞ」

「……」

「これ以上、ものを壊したり暴れたら、裁判するぞ。その覚悟で明日は学校へ来い」

「わかった……」

この騒動後に、その子の母親から電話があった。

「梨本先生! なんで子供に裁判なんてこと、言ったんですか!」

案の定、子供が仕出かしたことについては聞いてなかった。自分がした悪いことは報告しないのが子供の常だ。ぼくが水槽の破壊の件など細かく報告すると、母親も仕方なく電話を切った。そして、ぼくはこの電話の件をわざわざ校長に報告はしなかった。

ところが、ぼくのクラスの保護者のなかに、その母親のママ友・Aさんがいて、ぼくの電話のことなどを聞かされていた。Aさんからは、クラスの子供同士のトラブルの解決を頼まれていたのだが、ぼくは、もっと緊急を要すると思われた問題の解決に奔走していてその対処を後回しにしていた。Aさんは、「自分のクラスのトラブルを解決しないで、ほかの学年の面倒をみてるなんて!」と怒って、直接校長に訴えた。

「梨本先生、自分のクラスのことを放っておいて、大丈夫なのか?」

初めての保護者からのクレームはショックだったが、もっとショックだったのは、校長から“不信感”をもたれたことだった。今まで何かとぼくを信頼してくれていた校長に、保護者の側の立場から、一方的に責められたと感じた。ぼくは裏切られたような気持ちになって、当時、かなり精神的なダメージを受けた。

今、冷静に振り返ってみると、反省すべき点が二つある。一つは、保護者からの最初の抗議に電話だけで対処してしまったこと。家庭訪問などをして、顔を見て説明すれば、誤解を生むことはなかったかもしれない。もう一つは、その電話の件を校長に報告しなかったこと。組織において情報を上に上げないのは、不信感を招く。

今でも悶々としているのは、あの時、校長が自分の味方になってくれなかったことかもしれない。熱く突っ走っていた自分に、初めて冷水を浴びせられた一件だった。

取材・文/谷口のりこ  イラスト/ふわこういちろう

『教育技術』2019年12月号より

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