ちゃんとしなさい!の呪縛【連載小説 教師の小骨物語 #1】
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新米でもベテランでも、教師をしていると誰でも一つや二つは、「喉に詰まっている”小骨”のような」忘れられない思い出があります。それは、楽しいことばかりではなく、むしろ「あのときどうすればよかったの?」という苦い後悔や失敗など。そんな実話を取材して物語化して(登場人物はすべて仮名)、みんなで考えていく連載企画です。
1本目「ちゃんとしなさい!」の呪縛
三姉妹の末っ子に生まれた私は、いつも何かと姉たちに教えられることが多く、小学生になって年下の子に”教える”喜びに目覚めてしまった。そして、その思いはいつしか”小学校の先生になる”という夢になり、私(葉山奈央子・教師8年目)は今、教壇に立っている。
「先生、タケシがまたいなくなった」
「大丈夫、タケシくんはいつもの”基地”に避難しただけだから。たぶん10分したら戻ってくるよ。先生と約束したから」
担任している3年生のクラスにはADHDのタケシくんがいるが、私はとくに慌てることもなく授業を進める。初任のときには考えられなかった対応だ。当時の私なら、きっと必死で叱っていただろう。「ちゃんとしなさい!」と。
◇
初任で担任したのは2年生だった。ちょっと荒れている小学校だったので、「甘い顔をするとナメられてしまう」と必要以上にピリピリしていた。大学卒業直後だったので、「教師としてこうありたい」という理想に燃えていたし、「学級経営」という言葉が肩にのしかかっていた。
「子供の前で失敗なんてできない」。本気でそんなふうに思っていた私は、最初の1年間、笑った覚えがないぐらいだ。
そんな初任のクラスには、ちょっと集中力に欠ける多動気味のコウタくんという子がいた。
席を離れることが多かったので、そのたびに私は「ちゃんと席に着きなさい」「ちゃんと先生のお話を聞きなさい」と「ちゃんと」を連呼してた。つられて、ザワザワしていた他の子供たちにも「ちゃんとしなさい!」。自分にも「ちゃんとした教師にならなくてはいけない」と課しており、子供たちにも「ちゃんと」を課していた。ちゃんと……ちゃんと……ちゃんと。”ちゃんとの呪縛”の中にいた。
子供の視点に立てず、問題行動の対応もできなかった
1学期はなんとか無事に済んだが、2学期になると運動会や遠足など集団で行動をとる行事が多くなり、コウタくんの問題行動が目立つようになった。整列しているときにも、1人だけ外れてしまう。今なら、「ああ、注目してほしいのね」と思えるが、当時は「ちゃんと並びなさい!」と上から叱りつけるしか術がなかった。
そんなコウタくんに手を焼いているとき、コウタくんのお母さんから「離婚する」という家庭の事情を聞いた。コウタくんが不安定になってしまうのも無理はない… 。
「コウタくんも、いろいろ大変だね」
「う……ん」
コウタくんは身体が大きいが口ベタで、心の内を語ってくれることはなかった。もっとも、1年生の男子が自分の心の痛みを上手く表現できるわけもない。
コウタくんは、その後も集団行動から外れることが多くなった。
私は「かまってほしいのかな?」と思いながらも、授業を中断させるコウタくんに優しく接することができずにいた。
その1年間は「初任者研修授業」があり、管理職の先生方が私の授業を見に来ることも度々あった。そんなときに限って、床にゴロゴロしたり外に出て行ってしまうコウタくんを放置しておくこともできず、私はやっぱり「きちんと席に着きなさい」と叱ってしまうのだった。
ある日、コウタくんの”脱走”でクラスがざわついていたとき、隣のクラスのベテラン女性教師が助けに来てくれた。彼女はコウタくんの隣に座り込み、目線の高さを合わせ優しくコウタくんを覗き込んだ。
「コウタくん、どうした~?」
二人はしばらく何か話していたが、やがてコウタくんは素直に自分の席に戻った。
「教師は女優なのよ」 先輩教師の言葉は深い
私は今でもその時に受けた”衝撃”を忘れられない。「どうした~?」の優しい口調に、溶けていくように素直になったコウタくん。
私は、「ちゃんとしなさい」が正解ではないことを、その時に痛感した。
でも、わかってもガラッと態度を変えることはできなかった。急にベテラン先生の真似をすることは憚られた。なんだったのだろう……変なプライド? 結局、初任の年は最後まで自分を変えることはできなかった。
そして今日までいろいろな子を見てきたが、「その子の目線で見よう」と肝に銘じている。一方的に「ちゃんとしなさい」と言うこともなくなった。どうしたらその子と折り合いがつけられるだろうかと考えながら、”いろいろなタイプの先生”になっている。ある先輩教師に言われた言葉が忘れられない。
「教師は女優なのよ」
初任の時の私は”犬に首輪をつけて繋いでいる”ようだったが、今では”大きな柵の中で自由に放し飼いをしている”イメージだ。今の自分があるのは、あの苦い経験のおかげだ。
取材・文/谷口のりこ イラスト/ふわこういちろう
『教育技術』2019年4月号より
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