善悪を子供に教えるには〈前編〉【伸びる教師 伸びない教師 第25回】
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今回は、「善悪を子供に教えるには」の前編です。善悪の判断は大人でも難しいので、小学校の段階では何が善悪の行為なのかを知ることが重要だという話です。豊富な経験で培った視点で捉えた、伸びる教師と伸びない教師の違いを具体的な場面を通してお届けする人気連載です。
※本記事は、第25回の前編です。
執筆
平塚昭仁(ひらつか・あきひと)
栃木県上三川町立明治小学校校長。
2008年に体育科教科担任として宇都宮大学教育学部附属小学校に赴任。体育方法研究会会長。運動が苦手な子も体育が好きになる授業づくりに取り組む。2018年度から2年間、同校副校長を歴任。2020年度から現職。主著『新任教師のしごと 体育科授業の基礎基本』(小学館)。
伸びる教師は、善悪について子供の心に響くように教え、伸びない教師は言葉だけを伝える。
目次
小学校では善い行いと悪い行いが何かを知る
子供たちが何か悪いことをした時、「善悪の判断がついていない」という言葉をよく耳にします。道徳科の学習指導要領にも「善悪の判断」という内容項目がありますが、よく考えてみると「善悪の判断」は大人でも実に難しいことです。
未発達の小学校段階では「善い行いとは何かを知り、進んでやろうとする」「悪い行いかは何かを知り、やらないようにする」このふたつを子供たちにていねいに指導することが大切だと私は考えています。
善い行いを認めて子供たちに広める
善い行いについては、道徳科の授業だけでなく、日常の何気ないことからも指導することができます。
例えば、学級の中には、人知れず友達や学級のために動いている子供がいます。そうした子供の行為にスポットを当て、善い行いとしてみんなに広めます。
2年生の学級でのことです。
授業の後半、図書室に移動することになりました。子供たちは教室を移動するため教室の後ろ側に並びました。さあ出発という時、ある女の子が机の方へ走っていきました。どうしたのだろうと見ていると、出しっぱなしになっているいすをサッと机の中に入れ、何事もなかったように列へ戻っていきました。片付けたのは、自分のいすではなく欠席している友達のいすでした。
私は思わず
「ありがとうねー。そういうところに気が付くなんて本当に素晴らしいなー」
と声をかけました。
はにかみながら下を向くその子の様子を、周りの子はにこにこしながら見ていました。
この場面では、「移動するときは机の中にいすをしまう」というルール的なことと、「学級やみんなのために進んで何かを行う」という善い行動基準が学級全体に周知されました。
発達段階や子供の特性を考える
先ほどの例は、よくある教室の1場面ですが、これを教師が見逃さず繰り返し指導していくことで、善い行いが子供たちの中に浸透していきます。ただ、全体へ紹介する場合には、みんなの前でスポットを当てられることを嫌がる子供もいるため、発達段階や子供の特性を考えた上で紹介するとよいと思います。
全体へ紹介する以外にも、「その場で周りの子供に聞こえるようにほめる」「学級通信で紹介する」「その子だけにそっと伝える」「保護者に伝える」など、広める方法はいくつかあります。
授業場面でも同じように善い行いを広げることができます。
手の挙げ方、発表の仕方、ノートの取り方、発言の内容など、1時間の授業でも、こうした善い行いを見つけ、広めるチャンスは多くあります。こうした行動を見つけ、子供たちに返していけばいくほど学級全体がぐんぐんと伸びていきます。この善い行いが学級全体として習慣化されるまでは教師と子供の根気比べです。習慣化されれば、学級の中では「当たり前の行為」に変わっていきます。こうした当たり前の行為が増えれば増えるほど、よい学級になっていきます。
構成/浅原孝子 イラスト/いさやまようこ
※第16回以前は、『教育技術小五小六』に掲載されていました。