多数決に代わる「どうしても制度」とは【あたらしい学校を創造する #4】
先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。
目次
「どうしても制度」とは
ヒロック初等部で取り入れたいことのひとつに、「どうしても制度」があります。これは、僕が前任校の公立小学校でやっていたことで、クラスの誰かが「どうしても!」って言えば、それを聞き入れてもらえる制度です。
例えば、クラスで水風船を投げあう水風船合戦をやりたいという意見が出たとします。ところが、Aさんが「水風船合戦には参加したい。でも、どうしても濡れるのは嫌だ」と主張した場合に、みんなはそれを受け入れ、Aさんは水風船を投げるけれども、Aさんに向けて水風船を投げないようにするのです。
この国では、物事を多数決で決めることが民主主義の原則だと考えられているようです。しかし、それは誤解です。多数決は集団の意思決定のひとつの方法にすぎません。
たしかに多数決は便利な方法ですが、強い人の意見がいつもまかりとおる危険や、マイノリティの意見が届きにくかったり、何となく総意に引きずられたりする欠陥があります。多数決のやり方ばかり経験していては、子供たちは、
「どうせ、自分の意見は尊重されない」
「話しあっても無駄だ」
と考えるようになります。
多数決より大切なもの
水風船合戦をしている最中に、ちょっとした揉め事が起こることがあります。Bくんの投げた水風船がAさんに当たり、Aさんが泣いてしまったのです。Bくんもびっくりして、気が動転しています。
「わざとじゃないよ! 濡れちゃ嫌なのに水風船合戦なんて、やっぱり無理だよ!」
そんな言葉が口をついて出ます。Cくんが間に入り、
「みんなで座って話をしよう」
と言いだしました。みんなが輪になって芝生の上に座ります。僕もその輪に入りますが、口を挟むつもりはありません。
「Aさんに水風船を当てないっていうルールをみんなで決めたよね?」
みんながうなずきます。
「でも、Bくんはわざとぶつけたんじゃない。そうだよね?」
そう聞かれて、Bくんはうなずきながら、自然と溢れだした涙に戸惑い、隠すように下を向きます。
「どんなに気をつけていても、水風船合戦をしてたら当たっちゃうこともあるよね。どうすればいいと思う?」
Cくんがみんなに問いかけます。すると、Aさんがぽつぽつと自分の気持ちを話し始めました。
「私が濡れたくない理由は、お気に入りの服が濡れちゃうから。でも、水風船合戦をしてたら、わざとじゃなくても当たっちゃうことがわかった。だから、今度からは濡れてもいい服を持ってきて、着替えるようにする」
Bくんが、「ごめんね」と謝ると、みんなが笑顔になり、自然と拍手が起こりました。
これは、僕のクラスで実際にあったこととは少し違いますが、同じようなことが様々な場面でありました。
これは、放任ではありません。少数意見を尊重しようと子供たちに呼びかけているのなら、教師はそれをやってみせなければいけない。それがどういうことなのか、子供たちにわかってもらわなければいけないと思うのです。
今回は僕がヒロック初等部でやりたいことの一つの例として、「どうしても制度」の話をしました。このように自分が理想と思うものを、ヒロック初等部にかかわる大人たちとともに、実現していきたいと思います。〈続く〉
蓑手章吾●みのて・しょうご 2022年4月に世田谷に開校するオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクール・ディレクター(校長)。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京都小金井市立前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。著書に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる! 研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。
連載「あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員の挑戦」のほかの回もチェック⇒
第1回「あたらしい学校を創造する」
第2回「ちょうどいい3人の幸運な出会い」
第3回「なぜオルタナティブスクールなのか」
取材・構成/高瀬康志 写真提供/HILLOCK