深谷圭助先生の言葉が育つ教室ー「辞書引き学習」からひらく語彙指導#5 学習者からみれば、「AI活用」と「辞書引き」は、その役割が異なる

「辞書引き学習」で著名な深谷圭助先生が、「量子認知学」の考え方を基に「AI時代における語彙教育のあり方」について提案する全10回連載。安易にデジタルディバイスに頼ることなく、子どもたちの語彙力を確かに伸ばす実践を、毎回具体的に提案します。
執筆/深谷圭助(中部大学教授・『例解学習国語辞典/小学館』編集代表)
目次
なぜ、AI時代に「辞書」なのか
生成AIが急速に教育の中に入り始めています。
分からない言葉があれば、生成AIに尋ねる。難しい文章があれば、「小学生にも分かるように説明してください」と頼む。文章を書いた後には、「もっと分かりやすい表現にしてください」と依頼することもできます。
これまで辞書や参考書を使って行っていたことの一部を、生成AIが瞬時に行ってくれる時代になったのです。
そのような時代に、あえて「辞書を引く」ことに、どのような意味があるのでしょうか。
この問いを考える上で興味深い動きがあります。
中央教育審議会国語ワーキンググループ(以下、WG)の取りまとめ案(令和8年8月4日教育課程企画特別部会参考資料1−2)において、「辞書を用いた語彙指導プログラム」が言及されました。
デジタル教科書の活用が進み、生成AIによって必要な情報をすぐに得られるようになっている一方で、改めて「辞書を用いる」という学習が取り上げられているのです。
これは単純に、「紙の辞書は大切だから残しましょう」という話ではないと私は考えています。
むしろ問われているのは、デジタルやAIが当たり前になる時代だからこそ、学習者が自分で言葉の意味を考えるためには、どのような学習過程が必要なのかという問題ではないでしょうか。
これまでの連載では、言葉の意味が子どもの経験と結びついて形成されることや、語彙を増やすことによって物事を見る視点そのものが豊かになることを考えてきました。
今回は、そこからもう一歩進めます。
生成AIと辞書とでは、子どもが言葉を学ぶときに果たしている役割が違うのではないか、という問題です。
AIに「希望とは何ですか」と聞いてみる
例えば、子どもが「希望」という言葉について知りたいとします。
生成AIに、「希望とは何ですか。小学生にも分かるように教えてください」と質問すれば、数秒で分かりやすい説明が返ってきます。
さらに、「例文を三つ作ってください」「もっと簡単に説明してください」「『夢』とはどう違うのですか」と尋ねれば、それにも答えてくれます。これはすばらしい機能です。
教師が一人一人の子どもに、その子の理解度に合わせて説明することには時間的な限界があります。しかし生成AIならば、何度質問しても答えてくれますし、説明の仕方を変えることもできます。
したがって私は、生成AIを語彙学習に使うこと自体に否定的なのではありません。
問題は、便利であることと、学習が深まることとは、必ずしも同じではないということです。
生成AIに「希望とは何ですか」と尋ねると、AIは質問の意図を判断し、「この場合には、こう説明するのが適切だろう」と考えて回答します。
つまり、多くの可能性の中から、質問者にとって適切と思われるものを選び、整理して提示してくれるわけです。これは、生成AIの大きな長所です。しかし、学習者から見ると、少し違った問題が生じます。
答えがあまりにも早く、分かりやすく提示されるために、「ほかの意味はないのかな」「なぜ、この説明になるのだろう」「自分が思っていた意味とは少し違うぞ」と考える前に、「分かった」と思ってしまう可能性があるのです。
