学級経営に自信をなくしたら考えるべき4つのこと|沼田晶弘の「教えて、ぬまっち!」

既存の価値観に縛られない、子どもの自主性を伸ばす教育で注目を集め続けている、「ぬまっち」こと沼田晶弘先生。
「今年度の学級経営に失敗し、来年度同じ学年を持たなくてはならないのが憂鬱です。自信が持てません」という若手教師に、に、沼田先生はどう答えるのでしょうか…?

(放課後、川辺で相談をしている気持ちで、読んでみてください)
目次
理想を追いすぎない
なぜ学級経営がうまくいかなかったのか。そこにはいくつか理由があると思う。
一つは理想を追い過ぎたということはないかな?
「こんなクラスにしたい」と思う理想があったけれど、現実には自分の思い描いた学級経営ができずに自信を失くしてしまう。若手の先生ほど、こうした傾向が多いように思う。
先人たちの理想的な実践も、すべての学級や教師、子供に当てはまるわけではないと思う。
例えば、教育雑誌や書籍には、よく「一年目の教師がやっておきたい30のこと」などの特集や記事があるでしょ。
でも、初任の先生がそれら30項目をすべて完璧にできたら、もはや初任じゃないじゃん!(笑)。
もちろん、「何もかも失敗してしまった」ではよくないと思うけど、全部完璧にできなきゃ教師失格かというと、それも違う。
最初から全て完璧にできなくても、それでいい。
「やっておきたい30項目のうち、少なくとも5つはしっかりやってみよう」くらいに考えてみたらいいんじゃないかな。
その上で、失敗したことを「なぜだろう」「何が足りなかったのだろう」と客観的かつ冷静に振り返ることが大事だと思う。
失敗の理由は「相手の立場に立って」考える
もし、実力が足りなかったと思えるのなら、どうすればその課題を解決できるか考えてみよう。
去年と同じ方法で、気合いで乗り切ろうとしても、同じことの繰り返しになる可能性が高い。
学級経営においても、いわゆるPDCAを回すことが大切。
特に今の状況では、きちんとC(チェック)をすることが大事だと思う。
じゃあ、どうすればきちんとCができるのかというと…
相手の立場に立って、自分に矢印を向けて考えること。
これが、意識しないとなかなかできないんだ。
原因を相手や環境のせいにしても、結局同じようにDoを繰り返すだけの「Dルーパー」になってしまう。
でも、それは避けたいでしょ?
例えば、子供たちが話を聞いてくれないという場合は、自分の話し方は子供たちにとって本当に聞きたくなるような工夫をしていたのか徹底的にふり返る。
一生懸命話し方を工夫したという人もいるはず。それなら、自分なりに工夫したことが、子供たちにはどう伝わっていたのか考えてみよう。
自分がよかれと思ったことが、子供にとっては実際どうだったのか、子供の視点で考えることが重要なんだ。
ボクも授業をやっていてよくあるんだけど、自分としては「今日は会心の授業だったな」と思っていたのに、子供たちの心にはあまり響いていなかったり、「今日は全然ダメだったな」と思っていても、翌日子供たちの日記に「昨日の授業は超面白かった」と書いてあることもある。
いずれにせよ、上手くいかないということは、何かが違ったということ。
その理由を「子供が反抗的だから」「保護者が非協力的だから」「主任が自分の意見を聞いてくれないから」などと、相手のせいにするのではなく、自分に矢印を向けて考える。「自分の何かが違うんだろうな」と自分に矢印を向けてふり返ると、もっと対応できるところがあったはずだと気づけるはず。
三ツ星フレンチのレストランが提供する食事が、万人に受けるかというと、そうとは限らない。凝りすぎた料理は子供の口には合わないこともあるかも。だから、「こんなにいい授業をしているのに、子供たちが聞いてくれない」と思ってしまうのは、フレンチレストランのシェフが、大人向けの食事を子供に出して好まれない場合に、「味が分からないやつだ」と言うのと同じこと。
なにがよくなかったのか、何が足りなかったのか、相手の立場になって考え、その理由を自分に矢印を向けて分析してみよう。