中央教育審議会の動きー「多様性の包摂」ー|インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること #19

「インクルーシブ教育」を通常学級で実現するためには、どうすればよいのでしょうか? インクルーシブ教育の研究に取り組む青山新吾先生が、現場の先生方の悩みや喜びに寄り添いながら、インクルーシブ教育を実現するために学級担任ができること、すべきことについて解説します。
執筆/ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授・インクルーシブ教育研究センター長・青山新吾
目次
インクルーシブ教育とは何か

野口晃菜(2022年)は、「インクルーシブ教育」の対象は虐待をされている子ども、外国にルーツのある子ども、貧困状況にある子ども、性的マイノリティの子ども、障害や病気のある子ども、不登校の子どもなどのマイノリティ属性の子どもを含むすべての子どもたちであるとしています。そして、すべての子どもたちを包摂する教育を目指すプロセスがインクルーシブ教育であり、そのためには、これまでの教育システムを変えていくことが必要だとしています。本連載では、インクルーシブ教育を実現するためには、通常学級の教育が変わっていくことが求められているという前提に立っています。
今回は、次期学習指導要領の改訂に向けた中央教育審議会の議論を踏まえて、インクルーシブ教育を進めていく際に必要な「最初の一歩」について考えます。
「令和の大改革」
現在、次期学習指導要領の改訂に向けた議論が本格化しています。
2025年9月25日に中央教育審議会教育課程部会は、今後の次期学習指導要領の改訂に向けた検討の基盤となる基本的な考え方について「論点整理」を公表しました。その中に、
〇「主体的・対話的で深い学び」の実装
〇 多様性の包摂
〇 実現可能性の確保
の3つの柱が示されました。
この中で、本連載に関連して注目したいのは「多様性の包摂」という考え方が、3つの柱・方向性の中に位置付いていることです(図1参照)。
【図1】文部科学省 中央教育審議会 教育課程企画特別部会「論点整理」より
これは、画期的なことです。私は、この「論点整理」と図1を、
「特別支援教育の世界からの発信ではなく、我が国の今後の教育全体の方向性として『多様性の包摂』が位置付けられた。今回の学習指導要領の改訂は、我が国の教育の大転換点として歴史に残るだろう……」
という驚きと喜びをもって見つめています。
この3つの方向性は、この原稿の冒頭に書いたように、これまでの教育に「特別な指導・支援」を重ねる(追加する)のではなく、通常の教育を「子どもたちの多様性を包摂する」、つまりインクルーシブ教育の方向に変化させていくことを示しています。
これが、「教育の大転換点」であるゆえんであり、まさに今回の学習指導要領改訂は「令和の大改革」であると言えるのです。そして、これから、各教科、領域に関して行われる様々な議論の中で、「多様性の包摂」という考え方が踏まえられていくように、大きな期待をもって見つめていく必要があります。
特別支援教育と「重層的な指導・支援」の関係
現在、上記の「論点整理」を踏まえて、17のワーキンググループがつくられ、活発な議論が展開されています。私は【特別支援教育ワーキンググループ】の委員を拝命し、この議論に参加しているところです。2025年11月25日に行われた第3回ワーキンググループにおいて、事務局(文部科学省特別支援教育課)から重要な提案がなされました。それが以下の図2に示す「重層的な指導・支援」という考え方です。
【図2】小・中学校に在籍する障害のある子供たちの学習活動の充実に向けた方策(中教審特別支援教育ワーキンググループ第3回資料)より
図2は、場と教育課程を変えて、特別支援学級や通級による指導で行われる「特別支援教育」の指導の基盤として(基礎的環境整備として)、まず第1層部分に「通常の学級における指導方法の工夫が必要」であることを示しています。
具体的には、
〇 学習者主体の授業づくり
〇 学級・集団づくり
〇 教室環境の整備 など
が考えられるとされています。
ここまでお読みくださって、何か違和感をもたれた読者の方々はおられませんでしょうか。
その違和感とは、「このような当たり前のことを、どうして今さら中教審の場で議論しているの?」ではありませんか。
そうなのです。
この考え方は、本連載の中で読者のみなさんと一緒に考えてきた……
・連載第7回 「選択」を考える
・連載第8回 特別支援教育の視点を取り入れた教育活動
・連載第9回 個と集団へのアプローチバランス
・連載第10回 授業中の積み木
・連載第11回 グループと机の配置
・連載第12回 はっぱトラック
・連載第15回 宿題とインクルーシブ教育
などのトピックと重なるものだからです。
つまり、本連載では、「重層的な指導・支援」の第1層、最も基盤となる通常の学級における取組について、たくさん取り扱ってきたのでした。
ですから、本連載の読者のみなさん方には「なぜ、今さら……?」という違和感が生じているかもしれません。
しかし、我が国全体で考えると、特別支援教育と「重層的な指導・支援」の関係性を踏まえて、通常学級における第1層部分での取組を行うことが、実は特別支援教育の重要な取組であることが共有されているでしょうか。みなさんの職場ではいかがでしょうか。
今回は、次期学習指導要領に向けた事務局からの提案と現在の審議状況についてご紹介し、これまでの本連載とのつながりを示しました。
みなさんの職場で、あるいは身近なお仲間との間で、中教審の話題が対話をされるきっかけになれば嬉しく思います。
【参考文献】
・青山新吾・岩瀬直樹『通常学級でインクルーシブ教育を実践するってどういうこと』(学事出版)
・中央教育審議会(2025)教育課程企画特別部会「論点整理」
・中央教育審議会特別課程部会特別支援教育ワーキンググループ(2025)【資料6】第3回特別支援教育ワーキンググループの検討事項

青山新吾(あおやま・しんご)ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授、同大学インクルーシブ教育研究センター長。次期学習指導要領の改訂に向けて、中教審教育課程部会の特別支援教育ワーキンググループ委員を務めている。岡山県内公立小学校教諭、岡山県教育庁特別支援教育課指導主事を経て現職。臨床心理士。臨床発達心理士。著書『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)、編著『特別支援教育すきまスキル』(明治図書出版)など、著書・編著多数。
【青山新吾先生 著書】
『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)
『インクルーシブ教育を通常学級で実践するってどういうこと?』(岩瀬直樹との共著/学事出版)
イラスト/イラストAC


