「よい職員室」を偶然の産物にしていませんか?【赤坂真二「チーム学校」への挑戦 #70】


執筆/上越教育大学教職大学院教授・赤坂真二
教員のメンタルヘルス問題が深刻化する中、学校経営における「職員室づくり」の重要性が高まっています。今回の赤坂真二先生の連載では、職場の人間関係が学校経営上のリスクであるという認識のもと、「よい職員室」を意図的に形成していくための視点と方法について考察します。
目次
学校経営上のリスク
管理職の皆さんにとって頭が痛むことは多々あろうかと思いますが、スタッフの欠員、つまり職員の突然の休職、辞職は、学校経営に大きなダメージを与える大きな要因になっていることでしょう。管理職の皆さんと話していると、子どもの問題や難しい保護者の要望などが話題になることはありますが、近年増えてきたのが、職員のメンタルヘルスの問題です。昨日まではそうした兆候がなかったのに、突然、休職を願い出たり、場合によっては連絡が取れなくなったりする職員がいて、対応に苦慮したといった話は、どこの学校に行っても耳にします。
過剰積載状態のカリキュラムは、教員と子どもが触れ合う時間や、子どもの声に耳を傾ける時間を奪っているように思います。子どものストレス要因は学校生活だけではありません。家庭でストレスをため込んで、それを学校で発散する子どももいます。校内研修である学校にお邪魔した折、校長とお話をしている際に、たまたま学校の多忙化が話題となり、「生徒指導をしている時間がないんですよね」とつぶやくように言っていたのが印象に残りました。
校長は、担任の負担を減らすために、教室で暴れたり、きつい言葉を周囲に突きつけてしまったりする子どもをよく校長室で預かることがあるそうです。担任は担任で、授業を進めなくてはなりません。当該の子どもを指導、支援しようにも時間がなく、また校長が担任と情報共有しようにも「働き方改革」でそんな時間を取るのもなかなか難しい状態で、担任はため息が出るばかり、子どもも学校に居場所を見出せず、今日も校長室で暴言を口走っている日々だというわけです。
こんなクラスが学校内にいくつかあると、そうしたクラスの数だけ途方に暮れている担任がいて、職員室全体に疲弊した雰囲気が漂うことになるでしょう。ご本人も大変ですが、傷んでいる同僚がすぐそばに居ながらも、自分もいっぱいいっぱいで、傷んでいる同僚に支援の手を差し伸べることができない状況もまたストレスなのではないでしょうか。
文部科学省は2024年12月20日、2023年度(令和5年度)公立学校教職員の人事行政状況調査の結果を公表しましたが、それによると、精神疾患で休職する教員は7119人にのぼり、3年連続で過去最多を更新しました。病気休職の要因は「児童・生徒に対する指導そのものに関すること」26.5%がもっとも多く、次に、「職場の対人関係」23.6%、そして「校務分掌や調査対応等、事務的な業務に関すること」13.2%でした。
私の知っている事例で言うと、子どもや保護者など教育や指導に関する問題で休職するというよりも、それはきっかけであって、指導に関する問題を抱えたときに、管理職や同僚などから有効なソーシャルサポートを得られなかったときに休むという判断をする方が多いのではないでしょうか。従って「児童・生徒に対する指導そのものに関すること」と「職場の対人関係」は重なっている部分が多いと思われます。また、一方で、「学年会で口をきいてもらえない、無視をされている」とか、「先輩教員の口調がキツくて職員室に居づらい」などの話も結構聞きますので、純粋に職員室の人間関係の問題もあることでしょう。職場の人間関係は学校経営上のリスクであり、それをつくるために具体的な対策やアクションが必要な領域と認識した方がいいのではないでしょうか。
学級づくり視点の職員室づくり
ある新任教頭と話す機会がありました。「学校の調子はどうですか?」と社交辞令的に尋ねると、「うちの職場、今、すごくいい感じです」と言います。今どき、そんなことを言い切るなんて、と思い俄然興味が湧いてきたので、さらに「何かしたのですか?」と尋ねました。すると「おそらく」と言いながら、次のような話をしてくれました。
その学校では、4月1日、つまり新年度初日に、校長の学校経営理念をもとに「安心して(心地よく)仕事をするために必要なことは何か?」と全職員で話し合ったそうです。おそらくホワイトボードを囲み、わいわいがやがやと意見を出し合ったと思われますが、出された意見の中から合意されたものを、「職員室のルール」として共有したそうです。具体的な内容については、こちらの学校の大切な共有財産なので詳細は控えさせていただきますが、チームを形成するための要素が包含された優れた内容だと受け止めました。
「群れ」状態の集団がチームになるために必要なものとして、次の4要素が様々な研究や実践で報告されています。
1.ミッションの共有
2.目的の共有
3.目標達成のためのプロセスの共有と役割分担
4.協力的な人間関係
こちらの学校で合意された「ルール」には、校長の学校経営方針をミッションにして、共通の目標に向かうことや校務分掌や自分の責任を果たすこと、および、良好な関係性を築くことが無駄のない言葉で漏れなく記載されていました。
ルールはつくられて終わってしまうことがありますが、ルールは内在化して文化にならないと機能しません。ルールという外枠が、個人の内側に入り込むためには日常化が必要ですが、その最も有効な手段の一つがフィードバックだと言われます。教頭は、職員とコミュニケーションを取るときに、このルールを指標にして、職員のできているところに注目し、感謝を伝え続けたと言います。教頭本人は、謙虚に「私は、感謝を伝えるだけでしたから楽でした」と言っていましたが、そこには職員一人一人へのリスペクトを感じます。リスペクトをベースにしたフィードバックは、おそらく職員のモチベーションを高め、ルールを文化レベルに昇華させることに一役買っていたことでしょう。
企業や団体のチームづくりトレーナーとして著名なゴードン*(稲垣訳、2018)は、ポジティブなチームは、ポジティブなカルチャーをもっているとして、なおかつ「ポジティブなチームは、偶然の産物ではない」と言います。良質なチームは偶然には形成されず、何らかの意図的な取組が必要だと言われます。
今、学校は多様なニーズの渦中にいて、授業づくりや教育活動の充実だけでは、学校としての役割を果たし得ない状況にあります。毎年異動がくり返される職員室だからこそ、「よい職員室」を偶然の産物にせず、意図的な取組によって「育てる・つくる」発想が必要なのではないでしょうか。では、具体的に何をすればいいか、それは、かつて学級担任だった管理職の皆さんなら既にその方法はお分かりのことでしょう。
今回で8シーズン目が終了となります。お読みくださった皆様、ありがとうございました。
参考文献 *ジョン・ゴードン著、稲垣みどり訳『最強のポジティブチーム』(日経BP社、2018)

赤坂真二(あかさか・しんじ)
上越教育大学教職大学院教授
新潟県生まれ。19年間の小学校での学級担任を経て2008年4月より現所属。現職教員や大学院生の指導を行う一方で、学校や自治体の教育改善のアドバイザーとして活動中。2018年3月より日本学級経営学会共同代表理事。『最高の学級づくり パーフェクトガイド』(明治図書出版)など著書多数。
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