学習指導要領の様式は、何を表したいかに応じて作られるべき【中教審レポートと関係者インタビューで綴る 次期学習指導要領「改訂への道」#05】

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中教審レポートと関係者インタビューで綴る 次期学習指導要領「改訂への道」
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中教審レポートと関係者インタビューで綴る 次期学習指導要領「改訂への道」/那須教授
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2025年1月末から中央教育審議会で本格的に学習指導要領改訂の議論が開始されました。前回も紹介した通り、各教科等の具体的な議論の前に、教育課程企画特別部会において、全体の方向性について議論が行われ始めたところです。
そこで、この企画では教育課程企画特別部会の親部会であり、同部会の委員の人選にも携わった教育課程部会の奈須正裕部会長(上智大学教授)に、改訂の方向性などについて聞いていきます。2回目となる今回は、学習指導要領の歴史的経緯や先生方の捉え、さらに多様性などについて紹介していきます。
なお、学習指導要領改訂の諮問については、下記URLよりご覧ください。

https://www.mext.go.jp/content/20241225-mxt_soseisk01-000039447-01.pdf

中核的な概念をよりどころとした統合的な概念的意味理解が大切

(1月30日の)教育課程企画特別部会の会議でも少しお話ししたのですが、学習指導要領の表現形式や項目(目標、各学年の目標、内容、内容の取扱い等)は、昭和33年の学習指導要領の内容中心の様式を踏襲したものです。それに対し、昭和22年、26年の学習指導要領は試案ではありますが、その学力論は昭和33年以降のものとは大きく異なり、現行の学習指導要領の「資質・能力」に近いもので、書きぶりも大いに異なっていました(資料参照)。

昭和33年の学習指導要領では、国が法的拘束力をもって基準を示すという政策転換をしましたが、たまたまそのタイミングで内容中心(コンテンツベース)の学力論に舵を切ったわけです。その結果、今日まで続く学習指導要領の様式は、内容中心の学力論に、より合致するものになったわけです。それ以降、例えば昭和43年の学習指導要領では、今回の諮問で提起された「中核的な概念」にも通じる、ジェローム・ブルーナー(米国の認知心理学者)の「構造」の考え方が入るなど、変遷はありますが、基本的に昭和33年の様式を踏襲する形で学習指導要領が示されてきました。

しかし様式というのは、目標や学力論、つまり何を表したいかに応じて工夫されるべきものですから、表したいことが変われば様式が変わってもいいのではないかと思います。ですから、今回「資質・能力」に適した指導事項の選択と配列が議論されるとすれば、様式の変更があるかもしれません。では、具体的にどのように構造化していくのかということは、諮問事項の第一に示された「表形式」も含め、今後の議論によるわけで、現時点では何とも言えません。

学校現場や研究者からは、内容を減らしてはどうかという声も聞こえてきますが、めざすべきはコンピテンシーを実現するために最適な内容の編成であり、構造化です。結果として指導事項の数で見ると減るかもしれませんし、逆に増えるかもしれませんが、個々の指導事項のあるなし以上に大切なのは相互の関係性であり、全体としての構造なのです。

個別の事物・現象・知識についての理解が進むことはもちろん大事なことですが、それを通して中核的な概念をよりどころとした統合的な概念的意味理解がなされることが大切です。もっとも、統合的な概念的意味理解のためには、具体的な事柄についてこれまで以上に深く思考したり、豊かに表現したりする必要があります。つまり、コンテンツを通してコンピテンシーを育成するのであり、両者はあれかこれかの対立関係にはありません。

【資料】昭和26年、学習指導要領(試案)序論の2.学習指導要領の使い方の一部

2.学習指導要領の使い方
学習指導要領は、学校が指導計画をたて、これを展開する際に参考にすべき重要な事項を示唆しようとするものである。したがって、指導計画の全部を示すものではないし、またそのとおりのことを詳細に実行することを求めているものでもない。教師は常に創意とくふうとをもって、地域の社会の事情や、児童生徒の興味・能力・必要に応じて,これを創造的に用いねばならない。
次に、学習指導要領を手びき書として、それぞれの学校の事情に応じて使って行く上において、注意すべき重要な点をいくつかあげてみよう。
 ⑴ 学習指導要領に示された教育の目標をじゅうぶん念頭におくとともに、その地域社会の殊特な事情、児童や生徒の特殊な必要を加味して、自分の学校の教育目標をつくること。
 ⑵ 文部省で編修された学習指導要領に示された学習内容は、全国の学校が、その地域の差に応じて選択することを予想して書かれてあるから、都市・農村・山村・漁村の学校、あるいは、工業地帯・商業地帯・住宅街などにある学校は、それぞれの地域の事情に応ずるように学習内容の選択がなされることが望ましい。
 ⑶ 学習内容の範囲とその各学年への配列についてじゅうぶんな考慮を払うこと。学習活動の選択は教師に任されているが、学習内容の範囲とその各学年への配当をかってに変えると、学習の発展を乱す恐れがある。教師は常に学習指導要領を参考にして、学習の順序を誤らないようにしなければならない。
 ⑷ 学習指導要領に示された学習内容の各学年への配当をよく考える必要があるが、しかし、そのために児童や生徒の能力を無視した指導をすることは望ましくない。教師は児童や生徒の経験的背景や興味や能力を考え、さらに個人差に応じた活動をさせるようにくふうしなければならない。個人差を無視してどの児童生徒にも一律の活動を要求することは望ましくない。
 ⑸ 児童や生徒の知的な能力のみならず、鑑賞・態度・習慣などの望ましい教育目標も忘れないで、これらの目標に到達することのできる活動を適切に選択すること。
……

「個別最適な学び」や「カリキュラム・マネジメント」など、現代に通じる内容が当時の言葉で示されている。また、教育の目標には「資質・能力」に通じる内容も記されている。

(昭和26年の学習指導要領(試案)にご興味のある方は、以下、国立教育政策研究所のページでご覧ください)
https://erid.nier.go.jp/files/COFS/s26ej/index.htm

概念的意味理解が大切だからこそ、改めて単元を大事に

ここまで、現行学習指導要領における学力論の重心移動と、今後の議論の方向性について話をしてきましたが、現場には「現行学習指導要領がむずかしい」と考える先生も少なからずいらっしゃるようです。しかし、多くはむずかしいのではなく、直感や既存の常識に反するだけでしょう。あまり自覚的ではないかもしれませんが、学力というのは要素的な知識の量だと思っている場合も少なくないのではないでしょうか。そのような既存の観念を維持したまま読むと、分からないと思います。

そのようなイメージだと、1時間に1つの指導事項を教えるというふうになってしまいかねません。そうではなく、概念的意味理解が大事だからこそ、最近、文科省は学習指導要領の総則にもある通り、改めて単元を大事にしましょうということを打ち出しています。それは1単位時間ではなく、せめて単元で考えましょうということで、今回「新たな学びにふさわしい教科書の内容や分量」と諮問文に教科書の話を出しているのも、それに関わると解釈できます。

「すべての子供は幸せになる権利をもって生まれてくる」

また、諮問事項の第二には、「多様な個性や特性、背景を有する子供たちを包摂する柔軟な教育課程の在り方」が示されていますが、これは人権問題に関わる大切なポイントです。

私は「すべての子供は幸せになる権利をもって生まれてくる」とよく言っています。その幸せになる権利には多様なものがあるのですが、その中に、その子らしく学び育つ権利、つまり学習権や発達権の全面保障ということも当然含まれます。これは、特に北欧などではそこを非常に強調している多様性の公正な包摂(DE&I)であり、今後における学校教育の基本的な考え方になります。これについては、日本も遅ればせながらがんばって取り組んできましたが、まだ不十分なところもあるため、さらにきちんとやっていこうということです。

社会全体に目を向けると、ここのところ多様性の量的・質的な拡大が顕著ですし、多様性に公正に対応してほしいと要求する世論も高まってきました。さらに、「こども家庭庁」が設置され、子供の人権や幸せの保障という面が強調されてもいるわけで、この機会に多様性の公正な包摂(DE&I)について議論をすることは、とてもよいことだと思っています。

2回目の今回は、学習指導要領の歴史的経緯と改訂の方向性や、その中における多様性の公正な包摂(DE&I)などについて聞いていきました。次回は、改めて諮問文の構造や意味、さらにデジタル関連の問題などについて話を伺います。

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之

【中教審レポートと関係者インタビューで綴る 次期学習指導要領「改訂への道」】
次回は3月6日公開予定です。

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