就学時健康診断で、支援が必要となった児童の保護者との向き合い方~管理職としての対応と今後の展望~
新入生を迎える学校現場において、就学時健康診断で何らかの支援が必要となった児童の保護者への対応は、学校現場において深刻な問題となっています。そして、これは現代社会が抱える複雑な問題を凝縮したようなものです。教頭(副校長)として、この問題にどのように向き合い、どう解決へと導いていくべきでしょうか。入学後の指導も含めて、現状の問題点、保護者の反応とその背景、そして教頭(副校長)が取るべき対応について考えていきたいです。
【連載】がんばれ教頭クラブ
目次
1 現状の問題点 ~今、学校で起きていること~
⑴ 就学時健康診断の目的
就学時健康診断は、学齢期に達する児童の心身の発達や健康状態を確認し、適切な就学環境を提供することを目的としています。現在は教育委員会から学校への業務委任が進んでおり、学校が主導して健診を実施するケースが増加しています。
⑵ 教職員の負担と保護者の反発
① 教職員の精神的負担
学校主導のケースが増えているということは、保護者への最初のコンタクトを学校側がおこなうこととなるため、健康診断の結果によっては学校側が保護者からの反発を直接受けることが多く、教職員は精神的な負担を抱えることが増えています。
② 個別面談の重要性
特に保護者との個別面談は、児童の健康状態を把握し、保護者との連携を深めるために重要ですが、保護者の反応によって教員がストレスを感じることがあります。このストレスの多くは、保護者の誤解から生じています。
⑶ 誤解と不信感
① 用語に対する誤解
「障害」という用語に対する過度な反応や、個別面談が差別的な扱いであるとの認識が広まっています。また、就学時健康診断の目的や個別面談の意義が保護者に十分に理解されていないため、不信感が生じています。
② 保護者の不安
「特別な支援を必要とするかもしれない」ということに対する、漠然とした不安を感じる保護者が多いです。社会的偏見も影響し、学校への不信感を増大させています。同時に、学校側は個別面談に十分な時間を割けず、保護者の不安を解消できていない可能性があります。
⑷ 保護者の孤立感と攻撃的態度
保護者は他の親と自分の子どもを比較し、自身の育児に関する情報不足から孤立感を抱くことがあります。その結果、学校に対して懐疑的で攻撃的な態度を取ることも少なくありません。
「なぜ特別に面談するのですか?」や「差別的な扱いをされていると感じます」といった言葉が保護者の側から頻出します。
⑸ 解決策へのアプローチ
この問題は教育現場だけでなく、社会全体で解決策を模索する必要があります。学校と家庭だけでなく、多様な組織間での連携や情報共有が重要です。特に就学時健康診断について、その目的や意義を明確に伝えることで、不信感や誤解を減らし、より良い環境を整えることができると考えます。
2 保護者の心情と反発の原因
保護者からの激しい反発がある時、根本的に以下のような心理的背景があると考えられます。
⑴「行政サービスとしての学校」という誤解
保護者は学校を「サービス提供者」として見ることが多くなっており、そのため受益者として「サービスを受けるのは当然」「意見を主張するのは当然」という認識を持っている場合があります。
⑵「専門的知識への不信感」がある
特に知能検査や発達評価の話が出ると、素人である教職員に「障害」や「特性」について評価されることへの不快感が出てくる場合があります。医師など専門職でないことへの不信感が反発に繋がることがあります。
⑶「差別や人権侵害への警戒」がある
保護者にとって、わが子が何らかの診断を受けることや相談されること自体が「特別扱い」されることだと捉えられ、人権や差別問題として反発されるケースもあります。
⑷「幼稚園・保育園との一貫性の欠如」がある
幼稚園や保育園で指摘されなかった内容が学校から初めて指摘されると、「なぜ今さら」と感じ、学校に対する疑念や不安が増します。
学校として、これらの保護者の心理的背景を確実にとらえておく必要があります。
3 保護者の反応の多様化
保護者の、わが子の発達に関して示す反応は多様です。それぞれの反応には深い心理的背景が存在します。
⑴「うちの子は普通だ!」という反応
この反応は、保護者がわが子の能力を信じたいという願望から生じます。しかし、この信念は時に客観的な評価を拒否する傾向を引き起こし、必要な支援を受ける機会を逃すことがあります。
⑵「障害があるというのか!」という反応
障害という言葉に対する誤解や、わが子の将来に対する不安がこの反応の根底にあります。特に、診断を受けた際には、親自身がその現実を受け入れられずに葛藤することが多いです。
⑶「差別だ!」という反応
個別面談や評価が差別的な扱いと感じることがあります。また、自身の育児に対する自信喪失も影響し、周囲との関係性が悪化することもあります。このような誤解は、適切な支援を受ける妨げとなります。
⑷「幼稚園・保育園では何も言われなかった!」という反応
発達の遅れが徐々に顕在化してくると、これまでの評価とのギャップを感じる保護者が多いです。このギャップは、保護者にとって大きな心理的負担となり得ます。
⑸「私たちには関係ない!」と感じる反応
一部の保護者は、就学時健康診断や発達評価が自分たちには関係ないと感じることがあります。この反応は、他の子たちと比較して自分の子が特に問題がないと考えることから生じます。このような認識は、保護者がわが子に対する期待や願望を優先し、現実を直視しない姿勢につながることがあります。その結果、必要な支援を受ける機会を逃す可能性があります。
⑹「もっと早く知りたかった!」という反応
一方で、発達の遅れや障害が診断された後に、「もっと早くこの情報を知っていれば、適切な支援を受けられたかもしれない」といった後悔の念を抱く保護者もいます。この反応は、情報不足や周囲からのサポートが不十分だったことに対する不満から生じることが多いです。特に、幼稚園や保育園で何も指摘されなかった場合、このギャップは大きな心理的負担となり得ます。
⑺「支援が必要だと認めたくない」という抵抗感
一部の保護者は、わが子に支援が必要だという事実を受け入れることに抵抗感を示すことがあります。これは、親自身が「障害」という言葉に対する偏見をもっている場合や、自分たちの育児方法や価値観が否定されることを恐れるためです。このような反応は、支援を受けるチャンスを逃すだけでなく、児童自身にも悪影響を及ぼす可能性があります。
⑻「他の保護者と比べてしまう!」という比較意識
他の保護者の方と話す中で、『うちの子は大丈夫かな?』と、つい比べてしまう気持ちになることがあります。周りの方からの期待や、自分自身の不安が、そんな気持ちに拍車を掛けるのかもしれません。ほかの子との比較は、親の自信をなくしてしまう原因にもつながりかねません。
⑼「専門家に相談したい!」という前向きな姿勢
逆に、一部の保護者は、わが子に何らかの問題があると感じた際に、「専門家に相談してみたい」と前向きな姿勢を示すこともあります。このような反応は、児童の発達について真剣に考え、適切な支援を求める意欲から来ています。専門家との連携を通じて得られる知識やサポートは、保護者自身にも安心感を与え、児童の成長に寄与することになります。
これらの反応は、多様な背景や価値観から生じており、それぞれが独自の課題や希望を抱えています。今後はこれら多様な反応に対して理解を深め、それぞれのニーズに合った支援策を講じることが重要です。
4 保護者がわが子の実態や検査結果・診断結果を受容するまで
保護者がわが子の実態や検査結果・診断結果を受容する過程は複雑です。シンプルにまとめると以下のステップで進行します。
⑴ 4つのステップ
ステップ1)疑念・混乱
多くの保護者は、幼児期から「何か気になる」と感じることがよくあります。通常の発達と少しずれを感じることがある一方で、周囲からの責めや否認感から混乱することもあります。心配があるにもかかわらず、原因が不明なために混乱に陥ることがあります。
ステップ2)ショック・否認・安堵
検査結果が知らされ診断名が付くことで、大きなショックを受け、否認する保護者もいます。しかし同時に、「育て方の問題ではなかった」と安心する場合もあります。この葛藤を経て、診断を受けた際にはほっとした気持ちになることも少なくありません。
ステップ3)悲しみを超えての努力・挑戦
発達の遅れを取り戻そうとする努力が始まります。親子共に目の前にある課題や行動に対して、一生懸命取り組む姿勢が求められます。この時期には、保護者と子どもが協力して課題に向き合うことが重要です。
ステップ4)診断結果の受容
最終的には診断結果を受容し、現実的な対処へと向かいます。
このプロセスは一方通行ではなく、保護者は時折前の段階に戻ることもあります。担当者は「受容」を前提とせず、保護者の揺れ動く気持ちを理解し、時間をかけて向き合う必要があります。
また、ADHDなどの発達障害を持つ児童を育てる保護者は、高いストレスにさらされることがあります。危険な行動や睡眠不足による疲労感など、心身ともに負担が大きいです。このため、教職員からの報告や指摘によって自信を失うことも少なくありません。報告や指摘の言葉も吟味していかなければならないです。
保護者がこの4つのステップのどの段階にいるのかを、わたしたち教員が確実に把握し、大きなすれ違いに発展しないようにしていきたいです。就学時の面談では、急ぐことなく慎重に進めるようにしたいです。
⑵ 支援の重要性
教職員や支援者は、日常的に保護者の苦労や大変さを理解し、寄り添った支援を行うことが重要です。具体的には以下のようなポイントでの支援が求められます。
① 共感する声がけをする
「ほんとうに大変ですよね」「よくやっていらっしゃいますね」と共感する姿勢で接します。
② 成功体験の共有をする
「このことができたのですね」と保護者からわが子との関わりで得た成功体験を聞き、自信を取り戻す手助けをします。
③ ポジティブなフィードバックをする
「この絵は上手ですね。描きたいという気持ちが伝わってきます」と児童が学校で描いた絵を褒め、その成果を家で飾るなどして児童の成長を実感させるサポートを行います。
このようにして、保護者が抱えるストレスや不安を軽減し、より適切な支援環境を提供することが求められます。就学指導の面談にも、できるだけこのポイントを生かしていきたいです。
5 教頭(副校長)としての姿勢と取るべき行動
教頭(副校長)としての姿勢と取るべき行動について広い視点から考えていきたいです。保護者とのコミュニケーションを円滑にし、信頼関係を築くための具体的なアプローチは例えば次のようなものです。
⑴ 共感的な姿勢を持つ
保護者の不安や疑問に寄り添い、理解しようとする姿勢が重要です。「お子様の成長を一緒に見守りたい」と伝えることで、保護者に安心感を与えます。
⑵ 言葉選びを工夫する
「障害」や「問題」といったネガティブな表現は避け、具体的な行動や学びに焦点を当てたポジティブな言葉を使います。例えば、「集中が続かない様子が見られるため、どのように学校生活をサポートできるか相談させてください」といった表現が効果的です。
⑶ 情報不足を解消する
就学時健康診断や個別面談の目的について、十分な情報を保護者に提供することが重要です。特に初期段階での情報提供が不十分だと、保護者は不安を抱きやすくなります。事前にガイダンスを準備し、手続きや柔軟な就学の可能性について明確に説明する必要があります。
⑷ 教員を支援する
個別面談を担当する教員には心理的なサポートや研修が求められます。教員自身がストレスを感じる状況では、保護者とのコミュニケーションも難しくなるため、定期的な研修やメンタルヘルス支援プログラムの導入が効果的です。また、事前に園児や保護者の情報を収集することも重要です。
⑸ 保護者とのコミュニケーションを強化する
信頼関係を築くためには、個別の状況に応じた丁寧な説明が不可欠です。保護者の疑問や不安に耳を傾ける姿勢が大切です。また、就学時健診前後に情報交換会や専門講師による講話・ワークショップを開催し、保護者同士の交流を促進することも有効です。
⑹ 多職種連携を進める
医師や心理士、特別支援教育コーディネーターなど、多様な専門家と連携して保護者を支援します。専門家の知識や経験を共有し、一貫した支援体制を構築することで、より適切なアドバイスやサポートが可能になります。
⑺ 学校全体の意識改革をする
学校全体でインクルーシブ教育の理念を共有し、すべての児童が安心して学校生活を送れる環境作りを目指します。教職員全員がこの理念を理解し、具体的な計画を策定して実践することが求められます。
⑻ 地域社会との連携を強化する
地域の医療機関や福祉施設と連携し、保護者が安心して相談できる体制を構築します。地域資源を活用し、多様な支援が可能になるよう努めます。また、地域住民への啓発活動も重要です。
◇
教頭(副校長)は就学指導において重要な役割を果たします。特に就学時健康診断に際しては、保護者への適切な情報提供や相談体制の構築が不可欠です。保護者が健康診断の意義や必要性を理解し、協力することで、児童の健康状態を正確に把握し、必要なサポートを提供することが可能になります。また、地域社会との連携も重要です。地域の医療機関や専門家と協力し、健康診断の実施やその後のフォローアップを行うことで、児童一人ひとりに適切な支援を提供できます。就学時だけでなく、児童が入学してからも児童の実態に応じて就学指導は継続していきます。適時保護者の気持ちに寄り添いながら個別面談を進めていき、行き違いや対立のないようにしていきたいです。児童にとって適切な就学となるように進めたいです。
イラスト/坂齊諒一
【参考図書】
・就学時健診を乗り越える最強の方法――就学&自立を決める6歳までの育て方 発達障害は家庭で改善できる! /鈴木昭平/コスモトゥーワン
・軽度発達障害の理解と対応: 家族との連携のために/中田洋二郎/大月書店
・子どもの障害をどう受容するか: 家族支援と援助者の役割/中田洋二郎/大月書店
【参考webサイト】
・中田洋二郎 国立精神・神経センター精神保健研究所/親の障害の認識と受容に関する考察-受容の段階説と慢性的悲哀」
山田隆弘(ようだたかひろ)
1960年生まれ。姓は、珍しい読み方で「ようだ」と読みます。この呼び名は人名辞典などにもきちんと載っています。名前だけで目立ってしまいます。
公立小学校で37年間教職につき、管理職なども務め退職した後、再任用教職員として、教科指導、教育相談、初任者指導などにあたっています。
現職教員時代は、民間教育サークルでたくさんの人と出会い、様々な分野を学びました。
また、現職研修で大学院で教育経営学を学び、学級経営論や校内研究論などをまとめたり、教育月刊誌などで授業実践を発表したりしてきました。
『楽しく教員を続けていく』ということをライフワークにしています。
ここ数年ボランティアで、教員採用試験や管理職選考試験に挑む人たちを支援しています。興味のあるものが多岐にわたり、様々な資格にも挑戦しているところです。