教員の感情労働問題。 その対処法と解決策を考えていこう‼️
教員の仕事は感情労働の最たるものではないでしょうか。
「せんせい、〇〇くんが順番をぬかしました!」「せんせい、うちの子はもっとできるはずだ!」
児童や保護者との関係の中で、相手の様々な思いや感情と向き合っています。時には、リバースハラスメントだと思われるような、深刻な事態も…。しかし、いかなる場合も自分の感情を押し殺し、平常心を保ちながら、平等かつ適正に対応することが求められます。
これは教員にとって、大変大きな負担です。管理職として、どう対処すればいいでしょうか。
【連載】がんばれ教頭クラブ
目次
1 増加するリバースハラスメント
最近、教員が抱える児童の行動に変化が見られます。児童と教員の間での「子どもらしさ」と「大人らしさ」がうまく保たれず、役割分担が崩れてきていると感じます。
ある教員は、
「毎日、子どもたちの笑顔が見たいのに、最近では疲れて笑顔が作れない」
と打ち明けてくれました。
コロナ禍において、児童も保護者も不安な日々を耐え続けた結果、それぞれの孤立感が強まったのかもしれません。
それによって、相手への共感や心情を想像する気持ちを学ぶ機会が失われたせいでしょうか。
最近では「死ね」や「キモい」といった暴言を吐いたり、容姿を侮辱したりする児童の言動がよく見られるようになってきたと実感しています。
中には、教員の指導に対して逆ギレする児童もいて、教員の心に深い傷を残す事態が増えています。
いわゆる「リバースハラスメント」です。
さらに、
「どうなっているんですか?」「どんな対応をしたのですか?」
など、教員の対応を問いただすような、保護者からの厳しい問いかけも増加しています。
担任は退勤時間を超えて電話をかけることもあります。
さらに、担任だけでは難しい事案が生じたら、教頭が代わって説明するということも多く、学校としての気苦労が絶えません。
2 「感情労働」とは?
教職は単なる知識の伝達者ではなく、児童生徒の心理的、社会的、そして身体的な発達を支援する重要な役割を果たしています。しかし、近年の社会変化や教育環境の変化により、教職を取り巻く状況は一層厳しさを増しています。
「感情労働」としての教職
感情労働の概念は、1983年にアメリカの社会学者アーリー・ラッセル・ホックシールドによって提唱されました。
「感情労働」とは、仕事の一環として自分の感情を意識的に管理し、職業上適切とされる感情表現を行うことが求められる労働のことを指します。具体的には、自然な感情の抑制を余儀なくされたり、場に応じて職業上適切な感情の表出をしなければならなかったりします。こうした感情の制御が、労働負荷に大きく影響しています。
当初は客室乗務員(CA)など、サービス業が焦点化されていましたが、現在では看護師などの医療職、介護職、企業の顧客対応者なども対象となっており、教員も感情労働の典型例とされています。
教員の仕事で特徴的なのは、
多様な対人関係(児童、保護者、同僚、上司、地域住民)での感情管理
が必要なことでしょう。自分の感情を出さず、相手にフレンドリーに対応し、しかもすべてを受け入れるのではない、微妙な姿勢を取らざるを得ない場合が多く、これが疲労感を生み出しているようです。
3 過度な感情管理による影響
みなさんも思い当たるところが多いのではないかと思います。精神的な疲労につながる感情管理には、以下のようなものがあります。
⑴ 児童の問題行動や暴言、望ましくない態度に対して冷静に対応する
⑵ 保護者からの厳しい要求や問いに対して専門的かつ丁寧に応える
⑶ 個人的な問題を抱えていても、授業中、仕事中は明るく振る舞う
これらは非常に高度な感情のコントロールが必要であるため、精神的な疲労が蓄積しやすく、この疲労が過度に大きくなると、教員の心身に様々な影響を及ぼす可能性があります。例えば、次のようなものです。
●バーンアウト(燃え尽き症候群)
長期的なストレスにより、仕事への意欲や使命感が失われる状態に陥ることがあります。
●感情の麻痺
感情を抑制し続けることで、本来の感情を感じにくくなる場合があります。
●身体的症状
ストレスによる頭痛、胃腸の不調、不眠、うつなどの症状が現れることがあります。
●休職や離職
一定期間休職したり、極端な場合、教職を離れざるを得なくなったりします。
これらの問題は個人の問題にとどまらず、以下のような広範囲の影響を及ぼします。
■教育の質の低下
■慢性的な教員不足
■学校経営への悪影響
■教育制度全体の問題
教職員が「感情労働」で負担感を抱いている場合は、早急な対応が必要です。
4 教頭の職員への支援方法
教職における「感情労働」の問題に対処するためには、個人レベルと組織レベルの両方からのアプローチを必要とします。管理職の対応は非常に重要です。
まず、すぐにできる支援から手を付けていきましょう。以下に、支援策の案と、当事者への声掛けをセットにしてご紹介します。
⑴ 個人レベルでの対策支援
① セルフケアの実践をアドバイスする
「今夜は早めに休むことを考えてみてください。自分の心と体を大切にする時間が必要です!」
「あなたの普段の食生活や運動について話し合う機会をつくりませんか? あなたの状態について教えてほしいです」
「毎日、お疲れ様! まずは、ご自身の心身を大切にしてほしい。睡眠や食事、運動など、基本的な生活リズムを整えることが大切です。何か楽しいことを見つけて、ぜひ何も考えずにリフレッシュする時間を作ってください」
② 感情管理スキルを向上させる
「最近、ストレスを感じることはありますか? 瞑想などを取り入れると、心が楽になることがありますよ」
「境界線を引くことは大切だよ。無理な要求には『ノー』と言うことも必要。よかったら、一緒に言い方を考えてみませんか?」
③ 同僚とのサポート体制構築を促す
「一人で抱え込まずに、誰かに相談してみませんか? わたしでよければ、いつでも相談してください。同僚やカウンセラーなど、信頼できる人に話すことで、心が軽くなることもあるから…。とにかく吐き出して‼️」
「メンターを見つけてほしい。あなたにとってどんな人が相談しやすいですか? 養護教諭の○○さん? ○○せんせいがいいかな?」
⑵ 組織レベルでの対策
① 職場環境を改善する
「あなたの業務負担を軽減するために、どのような改善が必要か、一緒に考えましょう」
「休憩できるスペースをもっと活用して! お茶とお菓子でリフレッシュの時間を大切にしてください」
② 研修・サポートプログラムを充実させる
「いつも児童のことばかり話しているけどね。これからは、せんせい方自身の苦労話や感情労働に関してもたくさん話していきたいよね。多くのせんせい方のアドバイスを聞いて。実践的なスキルを身につけていくのもいいと思っています」
「定期的にメンタルヘルスについて話し合う時間を作ります。ぜひ参加してください」
「保護者との協力関係を強化するために、どんなことができるか考えていきたいです。意見があれば教えてくださいね」
③ 相談体制の整備
「スクールカウンセラーと連携して、サポート体制を築いていくから! 気軽に利用してください」
「せんせい方の心の相談をするホットラインがあるよ。学校で言いにくいことなど、気になることがあれば、これをぜひ活用してください」
④ 感情労働を活かした教育の質の向上を図る
「わたしたちが培った感情管理スキルを、ぜひ児童にも伝えていきましょう。共に成長できる機会です」
「児童の個性や背景を理解し、適切なアプローチをするために、共感的理解を深めていきましょう。せんせいへの暴言などは必ず何か要因があるはず。かっとなったり、落ち込んだりしないで、探っていきましょう」
⑤ 支援体制を強くする
「気になる児童に対応するには、担任の他に支援者が必要です。サポート体制を構築するため、学校内外の人的リソースを活用していきます」
「児童が暴言を吐いたり、不適切な行動をするとき、どうしても集団でいるときが多いよね。できるだけバラバラにして目が届きやすい少人数体制にして指導することも考えていきましょう」
⑶ 教頭による支援のポイント
以上のように具体的な言葉で、教職員を支援し、安心して働ける環境を整えることが大切です。ポイントは次のとおりです。
① 共感と理解をし肯定的な言葉を言う
教職員の今の気持ちを理解し、共感していきます。また、職員の努力を認め、励ますような言葉を選びます。
② 具体的な提案をする
具体的な行動や取り組みを提示することで、教職員の不安を解消します。
③ 一人称、二人称を適宜使用する
時と場合に応じて、「わたし」「あなた」「みなさん」など、一人称、二人称を使うことで、より親近感が湧きます。
④ 相談しやすい雰囲気づくりをする
職員室では、いつでも教頭あるいはメンターに相談できるような、オープンな雰囲気を作ります。
⑤ 発想の転換をする
児童の暴言は、児童の特性によるもの、家庭環境によるものなどが多いです。言葉を言い換えることの必要性を指導し、児童の背景にあるものを理解することを心がけることをアドバイスします。
教育現場における感情労働の課題に取り組むことは、教員の働き方改革だけでなく、よりよい教育環境の実現につながります。教育行政や社会全体が協力して、この課題に取り組んでいく必要がありますが、まずは教頭として教職員を支援することが第一歩となります。
「感情労働」は確かに大きな負担となり得るものですが、適切に管理され活用されれば、教育の質を高め、児童の成長のモデルとなります。さらに、教職の「感情労働」に対する理解を深め、その価値を認識しつつ、決して怒らず、落ち込まず持続可能な形で実践していくことが、これからの教育にとってとても必要なことです。
◇
以前、ある若いせんせいが、児童からの暴言や保護者からの過度な要求に悩んでいました。
そのせんせいは、電話対応中に何度も涙をこぼし、仕事にやりがいを感じられなくなっていた様子でした。わたしは、そのせんせいのそばに寄り添い、「いつでも頼って! 電話を替わるよ」と声をかけ、実際に電話対応を引き継いだこともあります。
周囲のサポートも手厚くなり、やがてせんせいは元気を取り戻していきました。
「一人じゃないと思うこと」(思ってもらうこと)「周囲からの理解と支援があると実感できること」が、感情労働問題に立ち向かうための、最低限必要なエッセンスです。
イラスト/坂齊諒一
参考文献 あなたの仕事、感情労働ですよね?/関谷大輝/花伝社
山田隆弘(ようだたかひろ)
1960年生まれ。姓は、珍しい読み方で「ようだ」と読みます。この呼び名は人名辞典などにもきちんと載っています。名前だけで目立ってしまいます。
公立小学校で37年間教職につき、管理職なども務め退職した後、再任用教職員として、教科指導、教育相談、初任者指導などにあたっています。
現職教員時代は、民間教育サークルでたくさんの人と出会い、様々な分野を学びました。
また、現職研修で大学院で教育経営学を学び、学級経営論や校内研究論などをまとめたり、教育月刊誌などで授業実践を発表したりしてきました。
『楽しく教員を続けていく』ということをライフワークにしています。
ここ数年ボランティアで、教員採用試験や管理職選考試験に挑む人たちを支援しています。興味のあるものが多岐にわたり、様々な資格にも挑戦しているところです。