「ギフテッド」支援に役立つ「学校外リソース」のデータベースを、文部科学省が公開!
文部科学省の「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」は、令和5年度から始動しています。支援事業の柱の一つとして「ギフテッド」関連のデータ収集と整理があり、令和5年度分の報告書が公開されました。それらのデータ収集と整理を担当された(株)ユーミックスの藤田由美子さんと監修者の松村暢隆先生(関西大学名誉教授)に、活用の仕方についてお話を伺いました。
目次
報告書には、何が記載されている?
報告書は、「ギフテッド」が在籍する学級の担任にとっても、「ギフテッド」の保護者にとっても、困った時に必要な情報を入手する入り口となるデータベースだと言えます。報告書をお読みになりたい方は、下記のリンクからアクセス可能です。
ただし、膨大な量の文書ですので、まずはこの記事を最後まで通読していただき、ご興味をお持ちになった情報を選んでアクセスしていただくことをお勧めします。
令和5年度「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」
(特異な才能のある児童・生徒の特性を把握するツールや特異な才能のある児童・生徒の支援に資するプログラム等のデータ収集・整理) 最終報告書は、コチラ
※ 本記事は令和5年度「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」最終報告書をもとに書いています。実際に情報を利用する際は、アップデートした情報を各自でお調べ下さい。
報告書は全4章
まずは、報告書のマッピングをチェックしてみましょう。
- 第1章 令和5年度に実施された教育実践事例
- 第2章 第1章でとりあげなかった教育実践事例
- 第3章 ギフテッドの特性を把握するアセスメントツールの例
- 第4章 活用場面ごとの参照カ所
実践事例は、「才能基準で選抜」・「先着順・抽選で選抜」で分類
圧倒されるのは、教育実践事例の量です。俯瞰で全体像を把握するのに、何か良い方法はあるのでしょうか? 監修者の松村暢隆名誉教授(関西大学)は、こんなふうに言います。
「才能基準で選抜された事例」・「先着順・抽選で選抜された事例」という視点で分類すると、全体像を把握しやすいかもしれません(下の分類図参照)。
第1章・2章 「プログラムやイベント、コンテスト」(実践事例)の掲載条件
報告書の「はじめに」では、調査・掲載の条件が明記されています。曰く……。
- 学校外で実施される現行のプログラムに限定(学校内の実践プログラムは除く)
- 全国どこでも関心のある児童生徒や保護者が、誰でも自由に、高額の費用負担なしに、参加できるプログラムである
- 子どもの才能伸長やギフテッドの困難への支援を趣旨とするプログラムで、発達障害や不登校への支援を主な目的とするプログラムは除く(ギフテッド支援の理念で実施されるものは含めることがある)
- 子どもが現地やオンラインで単発的に参加できるイベントや、継続的に参加できるプログラムを対象とする(学習塾など教育ビジネスは除く)
1章、2章で紹介されている実践事例を、一部紹介しましょう。
ジュニアドクター養成塾 P19
正式名称は長いので、検索用キーワードとして「学校(地域)名+プロジェクト名」を一覧にしました。
- 旭川工業高等専門学校 北海道ジュニアドクター育成塾(HJDC)
- 山形大学 ヤマガタステム(STEM)アカデミー
- 筑波大学 つくばSKIPアカデミー
- 新潟大学 自然と人の共生を科学する新潟ジュニアドクター育成塾
- 山梨大学 やまなしジュニアドクター育成自然塾
- 信州大学 信州大学ジュニアドクター育成塾
- 舞鶴工業高等専門学校 舞鶴高専ジュニアドクター育成塾
- 神戸大学 神戸みらい博士育成道場
- 和歌山工業高等専門学校 きのくにジュニアドクター育成塾
- 米子工業高等専門学校 KOSEN教育の強みを最大限に活かした科学に熱狂的な情熱を持つジュニアドクターの育成
- 島根大学 しまだいジュニアドクター育成塾
- 広島大学 広島ものづくり革新的イノベーション未来科学者リーダー育成プログラム
- 愛媛大学 愛媛大学ジュニアドクター育成塾
- 一般社団法人九州オープンユニバーシティ 九州ジュニアドクタープログラム・マスターコース
- 長崎大学 新しい価値と幸福な未来を創造できる人材育成プログラム
- 特定非営利活動法人喜界島サンゴ礁科学研究所 集まれ!未来の研究者 サンゴ塾
- 琉球大学 美ら夢を描く次世代イノベーター育成プログラム「琉大ハカセ塾」
学校(地域)名を見るだけでも、「近所にそんな制度があるんだ…」と気付くことができます。
対象年齢の記載がないジュニアドクター養成塾に関しては、小学校5年生からの募集です。
第3章 ギフテッドの特性を把握するアセスメントツールの例
第3章では、ギフテッド支援のために学校と関連して普及してきた「心理アセスメント」のうち、知能検査やASDやADHDの診断に利用されてきた「心理検査」の一部が紹介されています。
さらに、才能面のアセスメントツールの情報も加わっています。こちらも、松村名誉教授のマッピング(下図)があると、全体像を俯瞰するのに便利です。
自分の強みを知ることができる「つよみチェッカー」
図の最後にある「つよみチェッカー」は、ユーミックスの藤田由美子さんも開発に関わり、同社のHPで公開されています。
全45問の質問に回答すると、自分の「つよみ」がわかる
つよみチェッカーへのリンクは、コチラ。(無料)
これまでいくつもの行政からの委託事業を受け、子供たちの調査を担当してきた藤田さんは、こう言います。
藤田 「学びに困り感を抱えている子供たち」は、ギフテッド、不登校、発達障害、外国人児童……などなど、便宜上分類された上で語られていますが、当然ながら子供たちは全員が一人一人異なっています。20人の子供がいれば、20通りの対応が必要なわけで、今、改めてそのことを大切にするマインドセットが必要なのではないか? と感じます。
ー 困っている子供たちへの対応のポイントはどこだとお考えですか?
藤田 その子の「強み」に着目することです。一般の子供を対象にした実証事業を行ったとき、「強みを知ることで、自分に自信が持てた」「今までやったことがないことにトライする時、自分の強みを知っていたので参考になった」という声が多く聞かれました。
日本の教育には「苦手なことを強化して平均レベルにする」という傾向が強いと思いますが、そうではなくあえて強みにフォーカスして伸ばすことで、その子が本来持っているポテンシャルを全体的に引き上げていくイメージです。
自分を知るヒント
藤田 「強み」というのは、誰にでも生まれながらに備わっているものです。私は、これを「特性」という文字ではなく「徳性」と表現しています。自分の徳性を知り、日常生活の中で強みを生かした行動をとることでウェルビーイングが高まることが実証されています。
ウェルビーイング
つよみチェッカー つよみをいかそう「ポジティブ教育とは」より抜粋
世界保健機関(WHO)は、「単に病気ではない、虚弱ではないということではなく、身体的(physical)、精神的(mental)、そして社会的(social)にもすべてが良好で満たされた状態(ウェルビーイング)」と定義しています。
藤田 たとえば、学習の進め方をとっても、「チームでやるのが向いている」「自分の力で切り開いていくのが向いている」等々、子供によってそれぞれ異なりますから、自らの傾向を知っておくことで、本人も周囲も楽になります。
さらに、強みを生かしながら自分の好きなこと、得意なことに熱心に取り組むことにより、個々の才能を伸ばすことができます。
また、学校教育においては、個々人のウェルビーイングを高めるのと平行して、学級集団のウェルビーイングを高めることが重要です。学級の中で、個々の才能や個性を尊重し合い、多様性を認め合うことで、安全安心な学習環境が生まれます。そうすれば、不登校も、特異な才能ゆえに人間関係を築けない悩みも、いじめもなくなっていくはずです。
私は、教育により子供たちが抱える根源的な問題を少しでも解決していきたいと考えています。
日本型の才能教育
第3章の「特異な才能のある児童生徒の特性を把握するアセスメントツール」の利用については、もう一つ大切なポイントがあります。それは‥‥‥。
アセスメントツールは、「誰が特異な才能のある児童生徒か」をあらかじめ一律に定義したり、基準を設けたりして特定する目的では用いない、というのが日本の教育のスタンスです。
これはどういう意味なのでしょうか? 大切な部分なので、少し丁寧に考えてみます。
狭義の才能教育・広義の才能教育
一言に「才能教育」といっても、狭義と広義の意味があるのは、ご存じですか? 松村名誉教授は言います。
日本の才能教育を考える際、次のような観点からの区別が概念整理の枠組みとして有用です
- 狭義の才能教育 : 多様な才能を公式の方法で識別して、一部の子供を対象に特別プログラムを実施する。
- 広義の才能教育 : 才能を公式に識別せずに、全ての子どもを対象に、個人の得意・興味を伸ばして活かす指導・学習を行う。
松村名誉教授の概念整理の枠組みを使って考えると、すでに実施されている狭義の才能教育にも有意義な面はありますが、日本の才能教育は、どの学校でも教室で実施される広義の才能教育がベースになります。
筆者は、「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」が文部科学省に提言書を提出した際の記事で下記の如くに書きました。
「特定分野に特異な才能のある」という冠ばかりに注目が集まることに、危機感を感じます。なぜなら、今回の提言書は、特定な分野に秀でた特定の子を取り出して、何か特別なプログラムを行うといった話ではないからです。
「ギフテッド」、文部科学省に提言でキックオフ
有識者会議の提言書が文部科学省に提出されてから2年……。マスコミが「ギフテッド」関連情報を取り上げる機会も増え、ギフテッドに関する情報の周知は進んでいる印象です。
けれども、「日本型の才能教育のベースは、広義の才能教育である」という部分が、伝わりづらい(伝わっていない)のではないか? と感じます。
ギフテッド関連の発信、「第2シーズン」で伝えたいこと
ギフテッドの発信は、第2シーズンに入ろうとしています。第1シーズンでは、「ギフテッドが、いる」ということを知ってもらう発信に力を入れました。
構成を担当した『ギフテッドの個性を知り、伸ばす方法』(片桐正敏編著/小学館刊)を発売した頃(第1シーズン)は、幾度となく、この質問を受けました。
ギフテッドというのは、発達障害なのでは?
そもそも「ギフテッド」という概念が日本で知られていないから、「ギフテッド」と「発達障害」が混同されている
そう考えて、「ギフテッド」という概念を日本に広めるために、「海外では、ギフテッドが〇%がいると見積もられている国もある」「海外では、ギフテッドのスクリーニングが始まった国がある」といった発信の仕方をしてきました。
けれども、令和5年度から文部科学省「ギフテッド」支援事業が始まり、ギフテッド教育の国際会議~アジア太平洋ギフテッド教育研究大会2024~が、今年、日本で初開催されました。
日本初開催! ギフテッド教育の国際会議に密着!
~アジア太平洋ギフテッド教育研究大会2024ルポ・前編~
ギフテッド教育、これが世界のガイドラインだ!
~アジア太平洋ギフテッド教育研究大会2024ルポ・後編~
上記を鑑み、「ギフテッド」という概念を広める「第1シーズン」から、「第2シーズン」に発信を変化させていく時期だと筆者は感じています。
では、第2シーズンの発信では、何に力を入れるのか? それが、「日本型の才能教育のベースは、広義の才能教育である」というメッセージの発信です。
広義の才能教育実践事例
そうは言っても、「広義の才能教育って、何をすることなの?」と思いますよね……。松村名誉教授は、広義の才能教育をこう表現します。
通常学級をベースにして全ての子供の才能伸長を図ること。つまり、教室でギフテッドを区別しないで、インクルーシブに個別最適・協働的な学びが推進されるのが望ましいです
日本における広義の才能教育実践の一つに、おうちSEM(個別化・個性教育のカリキュラムモデル)があります。
ギフテッド教育の権威、アメリカ・コネチカット大学のレンズーリ教授らが開発したSEM(The Schoolwide Enrichment Model・全校拡充モデル)を学校外の場所でも実践できるようにしたのが、「おうちSEM」です。
日本初開催! ギフテッド教育の国際会議に密着! ~アジア太平洋ギフテッド教育研究大会2024ルポ・前編~
また、下記の教育委員会が運営している不登校傾向の児童生徒対象プログラムも、広義の才能教育と言えるでしょう。
- かまくらULTLAプログラム(鎌倉市教育委員会) 2021年度から開発実施
- なごやULTLAプログラム(名古屋市教育委員会) 2023年度から実施
ULTLAプログラムは、不登校、あるいは休みがちなど学校に通うのがつらいと感じている小学校4年生から中学校3年生までの子供が対象です。ULTLAは、「Uniqueness Liberation Through Learning optimization and Assessment」の略で、日本語訳としては、以下のようになります。
ULTLAとは、学びの最適化と評価による個性の解放
広義の才能教育について、今回はざっくりとした説明になりましたが、別の機会を設けて深掘りしていく予定です。お楽しみに!
「こんな時、どこに頼ればいいの?」活用場面からのリンク集
報告書の最後である第4章では、付録として「活用場面の参照箇所」が挙げられています。藤田さんは言います。
報告書は200ページ超の”ビッグデータ”ですので、活用場面ごとに区切り、報告書の参照ページを明記してクリックでリンクできるようにしました。先生方は、学校外のプログラムを児童生徒の皆さんに紹介していただき、個々の才能を伸ばしていただければと思います。
活用場面ごとに区切ったリンク集は、報告書の219ページにあります。
報告書の活用場面の例は、こんな感じです。
- 特異な才能のある児童生徒に個別最適な学びを得るため、学校外のプログラムを紹介したいとき
- 特異な才能のある児童生徒に個人またはグループで参加できるコンテストを勧めたいとき
- 他の児童生徒に比べて、理解度が極めて高く、個別の指導を受ければさらに才能が伸びるのではないかと考えたとき
- 子どもの特性、コンピテンシー、非認知能力、強みなどを知りたいと思ったとき
- 才能に伴う、例えば学校不適応や完璧主義などの特性のために、本人や教員が困っていると思われるとき
このリンク集の使い方について、松村名誉教授からアドバイスを頂きました。
多くのプログラムは、これらの困った場面のあれこれに多かれ少なかれ活用できます。大まかな対応を念頭におきながら、個々のプログラムが他にもどう役立ちそうかを考えていただければ幸いです。
せっかく文部科学省「得意な才能のある児童生徒」支援事業の柱として作成された報告書です。
同僚の先生方はもちろん、学級の保護者の方々にも広くご紹介いただけると、多くの大人がこのデータの存在を知る手助けになります。どうぞよろしくお願いします!
なお、令和5年度の報告書で記載できなかったプログラムについては、引き続き調査して令和6年度の報告書に記載するそうです。来年、どんな報告書ができあがるのか、今から楽しみです。
松村暢隆(まつむら・のぶたか) 関西大学名誉教授・文学博士(京都大学)
専門は発達・教育心理学、才能教育、2E教育。近年とくに2Eなど「困っている才能のある子ども」の指導・支援に探求の重点をおいている。主な著書に、『才能教育・2E教育概論』(東信堂、2021)などがある。文部科学省「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」の委員を務めた(2021-22年)。有識者会議および現行の文科省「特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」に関する情報をウェブサイト「2E教育フォーラム」(https://2e-education.org/)で発信している。
株式会社ユーミックス 代表取締役 藤田由美子
1993年12月 株式会社ユーミックスを創業。当初、企業向けパソコンやインターネット研修、子供向け情報リテラシー教育に従事。携帯電話やインターネットの安全教室の立ち上げ支援、教室運営、デジタルコンテンツ、教材の開発に携わる。平行して、情報モラル教育、依存症にならないための啓発活動に従事。その後、ポジティブ心理学に基づいたポジティブ教育、ウェルビーイング教育、レジリエンス教育を進め、デジタルコンテンツや強み診断ツール「つよみチェッカー」を開発。現在、子供たちが抱える課題を解決するための体系的な教育プログラムやコンテンツを開発している。
取材・文/楢戸ひかる