システムを変えるーサラマンカ声明から出発して「選択」を考えるー|インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること #7

連載
インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること

ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授・インクルーシブ教育研究センター長

青山新吾
インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること #1 執筆/青新吾

「インクルーシブ教育」を通常学級で実現するためには、どうすればよいのでしょうか?インクルーシブ教育の研究に取り組む青山新吾先生が、現場の先生方の悩みや喜びに寄り添いながら、インクルーシブ教育を実現するために学級担任ができること、すべきことについて解説します。

本連載では、インクルーシブ教育とは、貧困状況にある子どもや性的マイノリティの子ども、外国にルーツのある子ども、不登校の子ども、障害や病気のある子どもなどのマイノリティ属性を含むすべての子どもが対象だとしています。そして、すべての子どもたちが包摂される教育を目指すプロセスがインクルーシブ教育であり、そのためには通常学級の教育をもっと豊かにしていくことが求められているという前提に立っています。

今回は、「選択」する場面の検討を通して、教育システムを変えることの意味について考えてみます。

執筆/ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授・インクルーシブ教育研究センター長・青山新吾

サラマンカ声明

サラマンカ声明とは、スペインのサラマンカにおいてUNESCO(国際連合教育科学文化機関)とスペイン政府によって開催された「特別ニーズ教育世界会議」において採択された宣言のことです。ここでは、インクルーシブ教育についての原則、「万人のための学校」の必要性が示され、世界的にインクルーシブ教育が注目されるきっかけになったと言えるでしょう。

この声明の中に以下の一節があります。

「学校というところは、子どもたちの身体的・知的・社会的・情緒的・言語的もしくは他の状態と関係なく、『すべての子どもたち』を対象とすべきであるということである。これは当然ながら、障害児や英才児、ストリート・チルドレンや労働している子どもたち、人里離れた地域の子どもたちや遊牧民の子どもたち、言語的・民族的・文化的マイノリティーの子どもたち、他の恵まれていないもしくは辺境で生活している子どもたちも含まれることになる。これらの状態は、学校システムに多様な挑戦をもたらすことになる。」(訳/国立特別支援教育総合研究所)

インクルーシブ教育を進めていく際に、学校システムに多様な挑戦とはどのようなことでしょうか。

どの子も選択できる工夫

プリント学習に取り組む子供

ある小学校でのことです。6年生の算数の授業でした。

クラスには、算数の得意な子ども、苦手な子ども、集中が続きにくい子ども、一人で取り組みたい子ども、友達と一緒に取り組みたい子ども等々、いろいろな子どもがいます。その中でも、特に算数が苦手な子どもも一緒に学べる授業を目指して、意欲的な取組がなされていました。

この場合、個別の支援を細かく想定するのかと思いきや、授業を拝見すると少し違った構想がなされていたのです。

この授業では、子どもたちが学習を進めるための「ヒントカード」が用意されていました。ヒントカードは2種類ありました。

・モノクロのカード
・要素ごとに色分けされたカラーのカード

※ヒントは2つとも同じ内容。

この授業では、苦手な子どもだけに支援をするのではなく、どの子どももヒントカードを自分で「選択」できるようにされていたのです。もちろん、ヒントカードを使わないことも考えられます。

ヒントカードは教室の前に置かれていて、子どもたちは自席から動いて、各自でカードを取ってくるスタイルになっていました。

また、授業の最後に応用問題に取り組む展開となっていました。その応用問題も、複数用意されていました。それぞれ難易度に違いがあり、子どもたちは各自で、自分が取り組もうと思う問題を「選択」できるようにされていたのです。

これらの授業スタイルは、同じ問題に同じペースで全員が取り組むのではなく、各自のペースで、各自のやり方で学べることに挑戦していこうとする明確な意図が感じられるものでした。

どの子も「選択」できるために

子供の視点で考える女性教師。

授業後、授業者の先生や参観された先生方と一緒に「対話」をしながら、上記の「選択」場面について考えました。

まず、冒頭で紹介した算数の特に苦手な子どもが、どのヒントカードを選択したのかということが話題になりました。要素ごとに色分けされているカラーのカードが、苦手な子どもたちが考えやすいことを想定して用意されていたものでした。しかし、その子どもが「選択」したのはモノクロカードだったのです。

授業者であった担任の先生は、「一番仲よしの子どもがモノクロのカードを選んでいたからかな……」という意見を話されました。 

だとすれば、ヒントカードの「選択」としてはベターではなかったのかもしれません。しかし、信頼できる友達がいることは、別の意味では大変重要なことです。今後、その友達が、必要なときにカードの選び方を一緒に考えてくれるように、さりげなく支援することが考えられるでしょう。

また、応用問題の「選択」については、複数の子どもたちにおもしろい様子が見られました。

応用問題のプリントを3枚並べて置いていたら、一度に3枚とも自席に持ち帰る子どもたちがどんどん現れ、一番難易度の高いプリントが足りなくなったのです。難易度の高いプリントは少なめに印刷していたからでした。この様子を振り返り、

3枚を並べて置いておくと、自然と3枚とも順番に取りたくなるよね。

といった言葉や、

3枚を並べておくと、それぞれの違いを見るよりも端から順番に取っている子どももいるね。

といった話も聞かれたのでした。

「選択」するといっても、プリントを並べる場所や位置、プリントの内容説明、難易度の違いがある中から選ぶ意図の共有など、子どもにとって重要な要素があることが見えてきました。それらを教師が想定して考えておくことは大切ですが、実際に取り組みながら「子どもからはどのように見えているのか?」という視点で、子どもから考えを聞いてみることとセットで実践していくことが大切になると思います。

今回は、サラマンカ声明から出発し、個別の支援だけではなくて、「学校システム」への挑戦について、「選択する」ことを例に考えてみました。

それぞれの現場で小さな挑戦がなされること、「子どもからどのように見えているか?」の視点で子どもの話を聞いて一緒に考えることが、インクルーシブ教育を進めていく際に重要なのです。

【参考サイト】
国立特別支援教育総合研究所HP「サラマンカ声明」


青山新吾先生

青山新吾(あおやま・しんご)ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授、同大学インクルーシブ教育研究センター長。岡山県公立小学校教諭、岡山県教育庁特別支援教育課指導主事を経て現職。臨床心理士。著書『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)、編著『特別支援教育すきまスキル』(明治図書出版)など、著書・編著多数。

【青山新吾先生 著書】
『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)
『インクルーシブ教育を通常学級で実践するってどういうこと?』(岩瀬直樹との共著/学事出版)

イラスト/イラストAC

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