教師の思いが子供に伝わるとは?【伸びる教師 伸びない教師 第40回】
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豊富な経験によって培った視点で捉えた、伸びる教師と伸びない教師の違いを具体的な場面を通してお届けする人気連載。今回のテーマは、「教師の思いが子供に伝わるとは?」です。担任の頃にはずっと反発していた子が、20年後、その子が子供といっしょに学校を訪れたという感動のお話です。
執筆
平塚昭仁(ひらつか・あきひと)
栃木県公立小学校校長。
2008年に体育科教科担任として宇都宮大学教育学部附属小学校に赴任。体育方法研究会会長。運動が苦手な子も体育が好きになる授業づくりに取り組む。2018年度から2年間、同校副校長を務める。2020年度から現職。主著『新任教師のしごと 体育科授業の基礎基本』(小学館)。
目次
迎えにいくと反発される
「どうせ心配なんかしてねーんだろ。もう帰れよ」
以前、担任した女の子から言われた言葉です。
その子が5年生のとき、私が担任となりました。
低学年の頃から友達、教師、学校に対しての不満を理由に学校を休みがちでした。
それは、私が担任してからも変わらず、友達がにらんできた、教師が自分を無視したなどを理由にたびたび学校を休んでいました。ときには、髪の毛を染めて学校に来ることもありました。
その度に私が家に行き、「友達も先生もみんな心配しているよ。学校においで」となだめるのですが、先ほどのような言葉を大声で浴びせられ、家から追い返される日々が続きました。
しかし、その子は何日かすると、ふらっと何事もなかったかのように授業を受けに来ました。しかし、数日するとまた何かを理由に学校を休む、私がその子の家に行く、この繰り返しでした。
30代前半だった私は「自分が熱意をもって接すればなんとかなる」、そう思い込んでいました。しかし、私にそんな力はありませんでした。
厳しくすれば離れていき、優しくすれば罵声を浴びせられる。正直、もうどうしたらよいかわからないまま、ときが過ぎていき、結局、卒業までその子が変わることはありませんでした。
「私の言葉はこの子に届いているのだろうか」
当時の私がずっと思っていたことです。
20年経って娘を連れて学校へ
それから20年近く経ったある日、学校へ1本の電話が来ました。
「校長先生、教え子だという方からお電話が入っていますが……」
と事務長に言われ、誰だろうと電話に出ました。
「先生、分かりますか。〇〇です。うちのこと、覚えていますか?」
電話の向こうから聞き覚えのある懐かしい声が聞こえました。
私が2年間、家に通い続けたあの女の子の声でした。自分のことを「うち」と言うところは相変わらず小学生のときのままでした。
私の異動を新聞で知り、電話をかけてきたとのことでした。
私としてはとてもうれしく懐かしくもあったのですが、当時のことを考えるとどうして私に電話してきたのだろうと不思議でもありました。
数日後、その子は小学生の娘を連れて学校に来ました。
「先生―、久しぶりです。うち、娘ができたんだよ」
やんちゃな雰囲気はそのままでしたが、しっかりお母さんの顔になっていました。
それから30分ほど、中学校を卒業してからのことや子供を産むまでのこと、仕事のことなど、彼女なりに苦労してきた人生を娘の前であっけらかんと話す彼女に、私は戸惑いながらも母としての強さを感じていました。
小学校時代の話になったとき、彼女が突然こんなことを言いました。
「学校って大事だと思うんだよね。だからこの子には学校休んじゃダメっていつも言ってるんだ」
私は黙って彼女の話を聞いていました。
「それに先生さー、よくうちのこと迎えにきてくれたよね。文句言ってたんだけど、実はあれ、うれしかったんだよ」
思いはきっと届いている!
私の言葉は届いていた……。
当時の記憶が一気に私の中に蘇ってきました。
込み上げてくる感情を抑えるのに「そっか」と小さく呟くのが精一杯でした。
我々教師の仕事は、すべてを数値で表せるものではありません。成果が目に見える形となって現れないこともあります。ましてや成果がすぐに出ないこともあります。
だから自分のやっていることが本当に正しいのか不安になることがあります。しんどくなることもあります。
けれども、
「自分の思いはきっと子供に届いている」
そう信じてまた明日からがんばろうと思っています。
構成/浅原孝子 イラスト/いさやまようこ
※第16回以前は、『教育技術小五小六』に掲載されていました。