子供の考えや思いを引き出して教材にすることが大切 【授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」第24回】

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授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」

前回、前田正秀先生が富山大学教育学部附属小学校に異動し、「厳しい仲良し」の仲間たちの中で、算数の本質に関わる「楽しい授業」を追究していったことなどを紹介しました。今回は、そこから考え、整理していった算数の教材づくり、授業づくりのポイントや今、若い先生方に伝えていきたいことなどを紹介していきます。

前田正秀教諭

教材づくりにおける4つの視点

前回、「なるほど」から逆算しながら、「あれっ?」「どうして?」の生まれる教材づくりを大事にするようになったことを紹介しました。そのように、「算数の本質」に向かう「楽しい授業」をつくるためにいろいろ考えていく過程で、それまで学んだ多様な理論や先輩方の教えが、授業の具体とつながっていったわけです。その頃に試行錯誤して考え、整理した教材づくりの視点は、先の「あれっ?」「どうして?」を含めて4点あります。

まず「あれっ?」「どうして?」が生まれる教材が一番大事だと思いますし、その考え方は前回お話しした通りですが、2つ目は、切実感が生まれる教材ということです。身近な素材やゲーム性のあるものを教材に取り入れると効果的だということで、例えば、4年生の「折れ線グラフ」の学習をするときにも実際に体育の1000m走で100mごとのラップタイムを使ってグラフにしていけば、それを見て「一定のスピードで走るようにするには…」などと、グラフに表わすことの効果や意味、必要性もより実感できるはずです。もちろんゲーム性のあるものであれば、子供たちは率先して楽しみながら行い、負けないようにしようとすることで、思考を働かせることでしょう。

3つ目は、適度な負荷がある教材であるということで、子供たちにとってあまりむずかしすぎて、教室内の誰も解決方法を思い付かないような教材だと子供は意欲をなくしてしまいます。逆に、教室内の誰もが簡単に解決方法を思い付くような内容だと多くの子は燃えませんし、意欲をもてません。だから、適度な負荷がある教材であることが必要なのです。

4つ目は、多様な考えが生まれる教材であることです。説明するまでもないと思いますが、多様な考えが生まれるからこそ、その後、考え方の違いを対話していくことで、より理解も深まるものだと思います。

若手や算数が専門ではない先生方向けの勉強会で、教材づくりの考え方はもちろん、具体的に授業ですぐに使える教材について説明する前田先生。

準備不十分の授業のほうが「楽しい授業」?

このように教材を工夫して、子供が主体的に思考し、理解を深めようと考えてきたわけですが、30代後半くらいから、「子供の考え自体を教材にできればいいな」と思うようになっていきました。そのきっかけになったのが、4年生を担任していたときの授業参観日の授業です。隣のクラスの先生と交換授業をして、隣の先生がご自身のクラスと私のクラスで専門の国語の授業をされる代わりに、私は両方のクラスで専門の算数の授業をすることにしました。隣のクラスで「面積」の授業をしようと思っていた私は、教材も工夫し、多様な手立てを考え、発問も練りに練って準備万端整えたのですが、それが前日の夜中だったのです。そのため、自分のクラスでやろうと思っていた「計算のきまり」の授業は、考えている最中に寝込んでしまいました。ところが、蓋を開けてみると準備が間に合わなかった授業のほうが、楽しい授業になったのです。

後から、なぜそうなったのかを考えてみたのですが、準備不十分の授業のほうは途中の手立てがない状態でしたから、私は子供たちから出てくる意見だけが頼りでした。もし多様な考え、本質に関わる考えが出てこなかったら、授業が終わってしまうわけで、そのため、私は子供たちの意見に徹底して耳を傾けます。そこから「算数の本質」に関わりそうで、なおかつ気になる考え方を見付けて取り上げていったことが、結果的には「楽しい授業」であり、なおかつ多くの子供が思考し、「算数の本質」に触れていくような授業になっていきました。

ちなみに、この授業の問題は「丸の数を数えましょう」(図1参照)というものだったのですが、子供たちがどんな解法を考えているのか、机間を回って見とる私は目を皿のようにして見ていきました。すると、ある子供が「1×2+3×2+5×2+7」という式を書いていたのです。1×2を2とせず、わざわざ1×2と書いたことに、その子の思いが込められていると思い、その子を最初に指名して発表させました。

その子の式に対して、「2と書かないで、どうして1×2と書くんですか?」という問いが、一人の子供から出され、それが教室全体の問いになったのです。その問いに対し、ある子は「数えたり、たしたりしたんじゃなくて、かけ算で求めたってことを表わしたかったのでは?」と言い、別の子は「丸の並び方が左右対称で、右と左が同じ数のペアになっているってことを表わしたかったんじゃないか」と話し、また別の子は「例えば、2+6+10+7だと、どうやって数えたのか分からない。1、3、5、7と数がきれいに並んでいることを表わしたかったのでは?」と推測する子が出てきて、さらに「1×2、3×2…って書いたほうが、どこをどうして2になったのか、何が2個あるのかが分かりやすい」と評価する意見も出てきました。

そうやって数学的に考えながら、とても楽しい授業になったのです。この授業を経験してから、小手先の手立てよりも、子供の考えはもちろん、考えに至った背景や思いを引き出して教材にすることが大切だと考えるようになったのです。

子供の考えを教材化するためには「聴く姿勢」と「教材観」が大事

ぜひ若い先生方にもそういうことを意識して授業をしてほしいと思うのですが、子供の考えを教材にしていくためには大事なことがあります。それは、一つは先生の聴く姿勢で、もう一つは先生の教材観です。

教育に関わる人は誰しも子供の考えをしっかり聴いていると思っているはずです。教育実習生でも、「子供の意見にしっかり耳を傾けたい」と話します。もちろん、言葉としてていねいに聴き取ることはできるでしょう。ただし、言葉や数式などで表わされた子供の考えの中から、「算数の本質」に迫る可能性に気付いて、取り上げたり、考えを問い返したりしながら、対話を促して深めていくことは簡単にはできません。

算数を教えるだけなら、大学生でもできるでしょう。しかし、例えば計算ができていても、本質的に理解できていない場合があったり、間違っていても本質に迫る考えをもっていたりすることをきちんと見とって、対話の俎上に上げて深められるかどうかは、しっかりした教材観があるかどうかにかかっているのです。それは、医者が医学の知識なしに患者の中に隠れた病気を見取ることができないのと同じでしょう。教師は深い教材理解(教材研究)に基づいた教材観なしに、子供の発言に隠れた数学的深さや可能性を見とることはできません。だから、子供の考えを教材にするためには、聴く姿勢と教材観の両方が必要なのです。

若手の頃に、教材研究が大事だと言われ、教材研究に没頭した日々がありましたが、その頃に、「教材研究は子供理解のためにするものですよ」ということもよく耳にしました。しかし、それが本当にこういう意味だったのかと実感したのは、こうした経験を通してのことです。最近、いろんな優秀な先輩方と話をしていても、最後は子供の意見、考えを「聴く」ことにたどり着くのだなと実感しました。ですから、ぜひ、若い先生方にも子供の考えを「聴く」ことのできる先生、子供の考えを教材にできる先生になってほしいと思います。

先に説明した通り、教材研究を重ねてしっかりした教材観を築いていかなければ、本当の意味で「聴く」ことはできませんから、一朝一夕にはできるようにはなりません。しかし、まずは子供の話を傾聴しようとする姿勢が大事です。そして、間違いや予想外のことを言う子供の意見を、「あっ、おもしろい」と思えるかどうかが大事だと思います。ただし、繰り返しになりますが、聴く姿勢だけがあってもダメで、しっかりと「算数の本質」を捉えられないとダメなわけですから、教材に関する広い知識や深い理解が必要です。その重要な教材観を築き磨くためにも、子供の意見に耳を傾けつつ、どんどん教材研究を積み重ねていってほしいと思います。そうやって子供の考えを教材にできるようになると、子供たちにとっても先生自身にとっても、算数の授業が今よりもいっそう「楽しい」ものになるはずです。

【授業づくり&学級づくり「若いころに学んだこと・得たこと」】次回は、9月7日公開予定です。

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之

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