提言|川上康則 学校管理職に気づいて欲しいのは「学校が子どもに合わせる時代」になったこと 【発達障害8.8%をどう受け止めるか #1】
「通常学級の小中学生の8.8%に発達障害の可能性」という調査結果を専門家たちはどう受け止めているのかを知り、学校の未来を考える7回シリーズの第1回目です。特別支援学校の教員として障害のある子どもに関わりながら、特別支援教育のあり方を問い続けてきた川上康則さんに聞きました。
川上康則(かわかみ・やすのり)
1974年、東京都生まれ。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。障害のある子どもたちに対する教育実践を積むとともに、小中学校等からの相談にも応じている。主な著書に「教室マルトリートメント」(東洋館出版社、2022年)、共著に「一人一人違う子どもたちに『伝わる』学級づくりを本気で考える」(明治図書出版、2023年)などがある。
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●提言|川上康則 学校管理職に気づいて欲しいのは「学校が子どもに合わせる時代」になったこと(本記事)
目次
気になるのは残りの91.2%の子どもたち
通常学級の小中学生のうち、「8.8%に発達障害の可能性」という調査結果が出ましたが、この数値自体は妥当なのではないかと感じます。だからといって、8.8%の子どもたちに対して特別支援教育の個別対応をすれば、それだけで学級の運営がうまくいくわけではありません。私が気になるのは、「残りの91.2%の子どもたちには発達や成長についてのニーズがない」と勘違いされてはいないだろうか、ということです。彼らも教師からの温かなまなざしや、前向きな言葉を求めています。この子どもたちに対して、十分な対応ができていると言えるでしょうか。そうでなければ学校という枠からはみ出る子どもが、今後はもっと増えるだろうと思います。
子どもたちの姿は多様化・複雑化しています。今回の調査では、8.8%を構成している発達障害として、学習障害(限局性学習症)、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、ASD(自閉スペクトラム症)などを捉えていますが、今回の質問項目には場面緘黙、吃音症、不安障害、気分障害、愛着障害、発達性協調運動症(DCD)、起立性調節障害(OD)などの子どもが含まれていません。このほかにも、LGBTQ、外国にルーツがある、ヤングケアラー、不登校、ゲーム依存、ネット依存などの要素を持つ子どももいます。保護者がギャンブル依存やアルコール依存のケースもありますし、生活保護世帯の子どももいます。これらの多様な子どもに対して、現場の対応が追い付いていないと感じます。
おそらく、多くの先生たちの心の中に「最近は学校に合わせられない子どもが増えた」という意識があるのではないかと思うのですが、そうではなく、今の子どもたちの姿に、学校が合っていないという事実をもっと真剣に考えないといけないと思います。子どもたちが学校に合わせるのではなく、学校が子どもに合わせていかなければいけない時代になったのです。学校は対応力をもっと高めていく必要があります。
特別支援教育の個別対応だけをしても問題は解決しない
まずは学級担任が対応力を高めるためのポイントを4つご紹介します。一つ目は、集団的なアプローチの仕方を変えることです。
発達障害の子どもたちに問題が生じやすい状況として、主に4つの場面が考えられます。
①全体を一斉に動かそうとすると、時間やペースのずれが出やすい
②同じレベルのものを求めると、能力差が出やすい
③みんなが協力しなければならないときに、相手に合わせることの苦手さが出やすい
④挙手指名で一人の意見を求めるときに、待てない子ども、自分とは無関係と思ってしまう子どもが出やすい
このように集団的なアプローチを取るときほど問題が生じやすいのではないでしょうか。そうだとすれば、発達障害の子どもに対してだけ特別支援教育の個別対応をしても何も解決しないのです。見直す必要があるのは、集団的なアプローチの仕方です。
今まで先生たちは、集団的なアプローチを取るときには、学級の中間層に焦点を当てていたと思うのですが、そうすると、枠から外れる子ども、はみ出す子どもが必ず出てきます。例えば、授業中、理解が早くて「浮きこぼれ」てしまう子どもは退屈し、自分の能力の高さを利用して周りをコントロールしようとすることがあります。授業を潰したり、いじめをしたりするのです。その一方で、授業についていけない子どもたちは、分からないし、恥ずかしいという思いから、努力しない方向に向かいます。「どうせ頑張ったってうまくいかない」という気持ちが強くなり、努力が報われなければ努力そのものをしなくなっていきます。どちらのタイプの子どもも放置してはいけないのですが、彼らを枠にはめようとすればするほど、先生たちは苦しくなります。ここは発想を変えて、中間層ではなく、そこから外れている子どもたちに焦点を当てて、彼らをつなぐ授業をしてみてはどうでしょうか。
例えば、挙手指名というスタイルで、「この問題の答えが分かる人」と言ったときに、ほぼ全員の子どもの手が上がったとします。そのときは、「全員立ちましょう。隣の子と30秒話してみてください」と、一気にガス抜きをする方法があります。「分からない」と言っている子どもがいたら、「分からないと正直に言えるのは素晴らしいよ」という話から始めて、「皆でわからなさを解決していこう」というふうに授業をシフトしていくのもいいでしょう。
学級担任の対応力を高めるポイントの二つ目は、先述の通り、8.8%以外の91.2%の子どもが大事にされているのかを確認することです。例えば、先生に一声掛けて欲しい、先生ともっとコミュニケーションをとりたい、友だちと良好な関係をつくりたいなど、すべての子どもが持っている発達ニーズに学級担任は十分に応じているでしょうか。もっといえば、クラスの子どもたちが信頼関係で結ばれているかどうか、何かをやらせるのではなくて子どもがやりたくなるような授業になっているかどうか、一人一人がそのクラスで必要とされているかどうか、それらがベースとなります。その部分に十分な対応をしないで、8.8%の子どもだけに個別対応をしても、空回りするに決まっています。
ポイントの三つ目は、障害の有無には関係なく、すべての子どもとの瞬間の関わりを大事にすることです。マックス・ヴァン・マーネンという教育学者は、「教育的瞬間」という言葉を使っていますが、その瞬間ごとに、「今、この先生にこのような声をかけて欲しい」、「今、この先生にこのように関わってほしい」などの、子ども側のニーズがあります。一方で、先生側にも、「この頑張りを認め、声をかけてあげたい」、「失敗から立ち直ろうとしているときに応援してあげたい」などと感じる瞬間があると思うのです。そのような子どもとの瞬間の関わりを逃さないことが重要であり、瞬間のニーズを満たしていくことの延長線上に、特別支援教育があります。
四つ目として、学級担任に改善を求めたいことを付け加えておきます。それは、職員室での先生同士の会話の中でありがちなことなのですが、特定の子どもを「障害名+ちゃん付け」で呼ぶことは、すぐにやめてほしいのです。例えば、「自閉ちゃん」などと、揶揄するような言い方をする方がいます。親しみを込めているつもりなのかもしれませんが、大抵は適切な関わりができていないときに、それを隠すために使われています。うまくいかないことがあったときに、その子どものせいにするのは絶対にしてはいけないことです。職員室内での会話は、先生自身のマインドを作り上げますし、子どもたちの前に出たときの行動にも現れます。職員室では、子どもや保護者に対するリスペクトを忘れずに発言してもらいたいのです。
必要なのは、2つのテーマをクロスさせて考える研修
続けて、学校が対応力を高めるために行って欲しいことは、特別支援教育についての研修です。その内容は、実際の子どもの姿から乖離しないことが大事ですので、ケーススタディがおすすめです。その学校に実際に在籍している子どもについて、もっとよく知るための研修を行うようにします。特別支援教育の視点で個々の子どもを見ていくと、子どもをより深く理解できるようになります。研修で得た知識は、障害の有無には関係なく、すべての子どもを理解するのに役立つはずです。
研修を行う際には、校内の先生たちだけで行うのではなく、指南役として外部の専門家を招き、オブザーバーやスーパーバイザーとして助言してもらうといいと思います。それにより、論点がずれそうになったときに修正してもらえるからです。指南役の人選については、各地域で特別支援教育に前向きに取り組んでいる方に相談してみるなどして適任者を探しだし、満足度の高い研修プログラムを作ってみてください。
ただし、特別支援教育の研修は、「年1回だけやればそれで終わり」ではありません。そこから長い道のりが始まるのです。ケーススタディに加え、学級経営と特別支援教育、授業づくりと特別支援教育など、テーマをクロスさせて考える研修を行うといいと思います。頭ではわかっても、実際にどうやるのかが分からなければ、人は動けないからです。実際にやってみよう、自分ならやれそうだという「効力期待」、このやり方を続けていけばうまくいきそうだという「結果期待」、研修を効力期待と結果期待の両方を高める内容にする必要があります。ケーススタディで目の前にいる子どもについて深く掘り下げたうえで、授業や日々の関わりの中でどう振る舞えばいいのか、そこまでを具体的に学べる研修にすることが重要です。このような長い道のりの研修を成功させるコツは、仲間づくりです。先生たちが「あの時はこういうふうに学んだよね」「一生懸命頑張ろう」などと言葉を交わし、お互いに励まし合っていく関係を築くことがカギとなります。
しかし、研修だけ行えば、学校の対応力が高まるわけではありません。その前提となる環境を調整する必要があります。まず、学校はコロナ禍によって「失われてしまった3年間」からの脱却を図ることです。コロナ禍では「授業中はみんな黙って静かに聞いていなさい」という指導が、お墨付きを得てしまいました。その結果、子どもたちのコミュニケーション力の育成も、教師の授業力の向上も進みませんでした。2023年度に学校が意識しなくてはならないのは、コミュニケーションの活性化です。先生同士がコミュニケーションをとる機会を作ること、ファシリテーションがしっかり機能するような授業を進めることなどが求められます。子どもたちに対しても、「これからは黙って静かに聞いていなくていいんだよ」ときちんと伝え、コミュニケーションを大事にするという方針を、学校が積極的に打ち出していく必要があるでしょう。
それに加え、「やめること」を増やすのも重要です。学校には、「前例主義や形式主義にとらわれていて、これはもうやめたほうがよい」と先生たちが思っていることがたくさんあります。例えば、行事への全員参加の強制です。行事が子どもを伸ばすという側面は確かにありますが、「やる一択」の状況が当たり前になっていると、つらくなる子どもが出てきますし、先生も苦労します。参加するかどうかは本人が選択できるようにして自主性を尊重してはどうでしょうか。先生たちも、行事の計画から、準備、運営、後片付けまでを、全部やる必要はないと思います。外注できることは他の機関の活用も考え、子どもと向き合う時間を確保し、笑顔で働き続けることが大切だと思います。
先生の仕事の中で最も優先順位が高いことは、子どもと向き合う時間をしっかり確保することです。それ以外で、マイナスな影響が起きているものを全部書き出し、排除していったら、明るい学校になれるのか、というテーマで校内研究をしたらどうでしょうか。教育委員会からの指示を待つのではなく、自分たちで考えて、やめられるものはやめていくことをもっと積極的に考えていきたいものです。
管理職にお願いしたい2つのこと
学校の対応力を高めるために、管理職の先生方にお願いしたいことが2つあります。
一つ目は、学級担任が8.8%の子どもを「困らせている子ども」だと受け止めないように働きかけることです。「あの子は、あなたの仕事の幅を広げてくれる貴重な存在なんだよ。何かあったときは私も頭を下げるから、しっかり勉強して、失敗を恐れずにチャレンジをして、あの子への対応力を高めるきっかけにしてほしい」などと言っていただくことが、何よりも大事だと思います。その子どもがいることで自分の教師人生が豊かになったと、学級担任が思えるように背中を押してもらいたいのです。
二つ目は、管理職の先生方にも研修で一緒に勉強してもらいたいのです。時代は確実に変わっており、おそらく管理職の先生方が現場にいらっしゃった頃よりも、子どもたちの姿はかなり多様化・複雑化しています。特に、人権意識はここ数年で大きく変わりました。例えば、中学校や高校でジェンダーレス制服を導入したり、校内に男女共用のトイレを設置したりする動きもあります。校内研修ではぜひ最前列に座っていただき、学んでいる姿を背中で示す管理職になってもらいたいと思います。
学校で起きる問題は、実はつながっている
特別支援学級に在籍する児童生徒数の増加と8.8%という数値と不登校と人権意識の変容、これらは全部つながっています。結局、子どもを学校の基準に合わせようとするところから、あらゆる問題が起きています。
今の子どもたちに学校のシステムが合わなくなっていること、学校で起きるいろいろな問題が実はつながっていることが理解できなければ、いつまでも学校という枠に子どもを当てはめようとし続け、当てはまらない子どもに対して不適切な関わりや排除が行われます。これでは今後も枠からはみ出る子どもが増え続けるでしょう。
それを防ぐには、今の学校が、多様な背景や要素を持つ子どもたちに合わなくなっているという認識を持ち、校内で行う研修でも、特別支援教育だけを学ぶのではなく、他の問題とのつながりを意識して学ぶ必要があると思います。
昔から学校は画一的に物事を進めてきましたから、多様であることを受け入れるには不安が伴うと思うのです。それは世の中全体を見ても言えることです。現在の日本社会は多様であることに対しての寛容度が低いと感じます。例えば、ネットで自分と異なる意見を持つ人たちがいたら、不安になり、その状態を放置できずに怒りや憤りとなって、徹底的に相手を叩く風潮が強くなります。
教室でもこれと同じことが起きています。しかし、これからは変えていかなくてはなりません。隣の席に、自分と異なる意見を持つ子どもが座っていても、そのままでいいと、その状態を互いに認め合い、受け入れていくことから始める必要があります。それができるようになるまでの道のりは長く苦しいかもしれませんが、それでも学校は互いを認め合い、多様性を大事にする集団へと変わっていくことが大切です。
おそらく冒頭の8.8%の子どもたちの存在は、学校が変わっていくための第一歩だと思います。先生たちが一つのきっかけとして受け止め、考えや行動を変えていくことで、今後の先生たちの人生も、子どもたちの人生も、そして社会のあり方も変わっていくのではないでしょうか。
取材・文/林 孝美