リレー連載「一枚画像道徳」のススメ #41 鏡餅に込められた思い|高橋優 先生(神奈川県公立小学校)
子供たちに1枚の画像を提示することから始まる15分程度の道徳授業をつくり、そのユニットを機能させて教科横断的な学びを促す……。そうした「一枚画像道徳」実践について、具体的な展開例を示しつつ提案する毎週公開のリレー連載。今週は高橋優先生のご執筆でお届けします。
執筆/神奈川県小田原市立報徳小学校教諭・高橋優
編集委員/北海道函館市立万年橋小学校教諭・藤原友和
目次
1 はじめに
お正月には、お節を食べたり、お年玉をもらったり、鏡餅を飾ったりします。でも、「なぜ?」と問われると、大人でも考えてしまいます。
実は、お正月の行事にはさまざまな「昔の人の思い」が隠されています。
例えば、お節料理。お節料理で海老を食べるのは「海老のように背骨が曲がるまで長生きしたい」という意味が込められています。黒豆を食べるのは「まめに生きられますように」という願いが込められています。
また、昔のお年玉は「お金ではなくお餅」でした。お餅に宿った年神様の力を食べて健康を祈願したのです。
そして、今回紹介する鏡餅。鏡餅にもさまざまな思いが込められています。
実際に5年生の子供たちに実践した授業記録より紹介します。
2 授業の実際
対象:小学5・6年
主題名:伝統文化を大切に
内容項目:C-17 伝統と文化の尊重,国や郷土を愛する態度
以下の写真を提示します。見慣れた写真なので、「鏡餅だー!」「あれ!?これ餅じゃなくて木じゃない?」「葉っぱが偽物!!」など子供たちからすぐに反応が返ってきます。
ある程度子供のつぶやきを聞いた後、次のように指示を出します。
「この写真を見て、分かったこと・気付いたこと・思ったことを発表してください。」
「思ったこと」は「疑問」でも良いことにし、1分ほどペアで相談する時間をとります。
自分の意見を全員持ったら、何人かの子にテンポよく発表してもらいます。私のクラスで実践したときは以下の発言がでました。
●餅が2段あるのはなぜ?
●なんで丸い穴があるの?
●なぜ、みかんが上に載っているの?
●餅が木でできているし、葉がプラスチックでできている。
●鏡餅ってどうして言うの?
●なぜ、葉も飾っているの?
●どうしてこんな形で飾っているの?
●なぜ、お正月に飾るの?
●赤白の紙には何の意味があるの?
●なぜ、台の上に載せるの?
子供たちの発表を一通り聞いた後、子供の疑問をいくつか取り上げ、予想を立ててもらいました。
発問1 なぜ、みかんがお餅の上に載っているのでしょうか?
●見栄えがいいから。
●初日の出を表していて、みかんは太陽の代わりになっているから。
●餅が雲で、みかんが太陽で、雲の上にある太陽を表しているから。
説明
「実は、餅の上に載っているのはみかんではありません。橙(だいだい)というみかんの仲間です。橙がのっているのは『代々、家が栄えますように』という意味が込められています。」
発問2 なぜ、葉を飾るのでしょうか?
●厄除けのため。
●魔除けのため。
説明
「この葉っぱは裏白(うらじろ)と呼ばれています。葉の裏が白くなっているので裏白です。『白髪になるまで長生きしますように』という意味が込められています。」
発問3 赤白の紙には何の意味があるのでしょうか?
●日本の国旗を表している。
●めでたいことを表している。
説明
「この紙は四方紅(しほうべに)と呼ばれています。『四方を災いから守る』という思いが込められています。」
発問4 なぜ、お正月にお餅を飾るのでしょうか?
●家が長持ちするようにという意味が込められているから。
●お餅を神様にあげるため。
説明
「お餅は神様へのお供えものです。お正月になると神様が各家庭にやってきます。年神様とよばれる神様です。年神様は各家庭にやってきて、鏡餅の中に宿ります。
そして、鏡餅のお餅を家族みんなで食べるのです。そうやって、神様の力がこもったお餅を食べることで、『今年一年健康で過ごせますように』と願うのです。」
ここまで鏡餅に込められた思いを、子供の発言を元に扱ってきました。
すると、さらに疑問が生まれてきます。「木でできた鏡餅や、プラスチックでできた裏白を飾って意味があるのか?」という疑問です。
ネットで売られている鏡餅、スーパーや100均ショップで売られている鏡餅などを見ても、「本物」の方が少ないようです。
多くの人は「偽物」の鏡餅を飾っているのです。
これは一体どういうことでしょうか? 最後に、この疑問を子供たちに投げかけました。
発問5 本物じゃない鏡餅を多くの人が飾るのはなぜでしょうか?
●何回使ってもなくならないから。
●環境にいいから。
●気持ちだけでも神様に分かってほしいから。
説明
「実は、写真で見せた木でできた鏡餅は、毎年先生の家で飾っているものです。では、どうして先生の家では木でできた鏡餅を飾るのでしょうか? あくまで先生の家のことになりますが、二つの理由があります。
一つ目は、毎年お餅を用意するのが大変だからです。
先生の家はお正月お餅つきをしませんので、鏡餅用のお餅がすぐに手に入りません。その点、木でできた鏡餅ならすぐに準備ができます。
二つ目は、昔の人が『大切にした思い』を、先生も『大切にしたい』からです。
もちろん、本物の餅の方が良いのですが、でも、たとえ偽物だとしても、その思いは年神様に届くんじゃないかなと思っています。」
3 おわりに
昔の人の思いを知ることは、今を生きる上でとても大切だと私は考えています。
五穀豊穣を願い、家族の健康を願い、そして、今ある幸せに感謝するのは、今も昔も変わりはありません。
ただ、最近では伝統行事が形式化してしまっているように思えてなりません。形だけ受け継ぐのではなく、伝統文化に込められた思いまでを大切に受け継ぎたいと思うのです。
そして、私たち教師が、授業を通して「なぜ昔の人はそれをしていたの?」と「昔の人の思い」に焦点をあてることもまた、大切なことだと考えています。
【参考文献】
岩井 宏實、1985、『正月はなぜめでたいか―暮らしの中の民俗学』(大月書店)
今後の連載予定
第42回 樋口万太郎(香里ヌヴェール学院小学校)
第43回 和泉慶子(埼玉県・さいたま市立春岡小学校)
第44回 篠原諒伍(北海道・網走市立南小学校)
第45回 山本晃佑(神奈川県・横浜市立駒林小学校)
第46回 若松俊介(京都教育大学附属桃山小学校)
第47回 葛原祥太(兵庫県・西宮市立夙川小学校)
第48回 松尾英明(千葉県・袖ケ浦市立蔵波小学校)
第49回 渡辺道治(瀬戸SOLAN小学校)
第50回 木原一彰(鳥取県・鳥取市立大正小学校)
<リレー連載>明日の授業に生きる! 「一枚画像道徳」のススメ ほかの回もチェック⇒
第1回 日本最古の観覧車
第2回 モノに宿る家族の「幸せ」
第3回 それっていいの?
第4回 このトイレ使ってみたい?
第5回 「命の重さ」は
第6回 「快」のコミュニケーションができる子供たちに
第7回 未来と今をつなぐ橋を架ける一枚画~『もの』『こと』『ひと』をみる目を深める~
第8回 「一枚画像道徳」を読み解く
第9回 地域の魅力、知ってる?
第10回 あえて「分かりにくい」写真で
第11回 なにが見える?
第12回 地域の課題の受けとめ方
第13回 函館港まつりに込められた想い
第14回 デザインの定義
第15回 「生きた文化財」~在来作物の声が聞こえる~
第16回 町名の由来
第17回 百年の桜
第18回 わんこそば
第19回 みんなの場所で
第20回 美しい建物の街~弘前
第21回 1枚で3通りの活用 ~西郷瀞のブランコ~
第22回 外国の靴屋さん
第23回 象には絶対に乗らない
第24回 誰かの便利は、誰かの不便
第25回 美しさの見つけ方
第26回 祇園の夜桜
第27回 私たちにできること
第28回 テニスボールに込められた思い
第29回 学びの「値段」
第30回 東日本大震災
第31回 「一枚画像」から道徳を問う
第32回 誰の姿が見えますか?
第33回 五輪で戦うためには…
第34回 なまはげ
第35回 「だれでもピアノ」開発に込められた思い
第36回 どうして育ててもらえないの?
第37回 あなたはどこで待ちますか?
第38回 住んでいる地域の魅力
第39回 どんな言葉をかけますか
第40回 二宮金次郎像