リレー連載「一枚画像道徳」のススメ #42 悪と判断できるが……|樋口万太郎 先生(香里ヌヴェール学院小学校)

連載
リレー連載 明日の授業に生きる!「一枚画像道徳」のススメ
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北海道公立小学校教諭

藤原友和

香里ヌヴェール学院小学校 教諭兼研究員

樋口万太郎

子供たちに1枚の画像を提示することから始まる15分程度の道徳授業をつくり、そのユニットをカリキュラム・マネジメントのハブとして機能させ、教科横断的な学びを促す……。そうした「一枚画像道徳」実践について、具体的な展開例を示しつつ提案する毎週公開のリレー連載。今週は樋口万太郎先生のご執筆でお届けします。

執筆/香里ヌヴェール学院小学校教諭・樋口万太郎
編集委員/北海道函館市立万年橋小学校教諭・藤原友和

ごあいさつ

みなさん、こんにちは。
香里ヌヴェール学院小学校教諭兼研究員の樋口万太郎と申します。
よろしくお願いします。

本校には、道徳の時間がありません。
本校はカトリックの人間観・世界観で「愛・奉仕・正義」の精神のもと、子供たちの豊かな心を育む教育を行っています。そのため、「宗教」の時間があります。ですから、最初に本連載のご依頼をいただいた際には、断ろうかなと思いました。
しかし、道徳の内容項目と関連付くところはあると考え直し、今回執筆しました。

今回の題材は、私自身が花火大会に行っているときに遭遇した場面です。
行動が悪いということは判断できるけれど、自分の欲望や誘惑に負けたりするといったことは多々あります。
そのような場面について子供たちがそれぞれの思いを語っていくなかで、みんながどのようなことを考えているのかを知る場面をつくりたいと思いました。
お互いのことを知ることが、正しいと自分で判断したことには勇気を持って取り組み、悪いと判断したときには思いとどまる勇気をもてることにつながるのではないかと考えました。けっして、説教みたいな授業にはしたくないという思いもありました。

良くない行動をしている人たちに対して、何も働きかけることなく写真を撮っていただけの私が、そもそもこのような授業をしていいのかということについては、執筆にあたって最後の最後まで悩みました。
それでは、どうぞよろしくお願いします。

1 授業の実際

対象:小学3年
主題名:悪と判断できるが……
内容項目:善悪の判断

以下の写真を提示し、「これはどんな場面の写真でしょうか」と子供たちに聞きました。

(筆者撮影)

浴衣を着ている人がいるから花火大会ではないか
公園で遊んでいる人を見ているのではないか
芸能人のライブではないか
みんなで何かを見ている場面
捕まっているところから脱走しているのではないか

などの声が出てきました。それ以外にも、
「飛び越えようとしている人がいる」「人がたくさんいる」など、写真からの気付きを口にする子供たちもいました。

ここで、次のように説明します。

大阪で行われた淀川花火大会(大阪最大級の花火大会)の河川敷の様子
毎年約60万人が訪れる
3年ぶりの開催
コロナ感染対策のため、自由に河川敷に降りることができなくなっており、これまでの花火大会にはなかった、「河川敷を囲む塀」「河川敷に降りるための入口」が作られていた。
花火が開始される1時間前には、河川敷に降りることができなくなっていた
河川敷に降りることができなくても、花火は見ることができた。河川敷には夜店はあった

これは、河川敷に降りることができなかった人たちが塀によじ登って中に入ったり、塀の上から花火を見ようとしたりしている写真です。

警備員さんも注意を促していましたが、このような状況になりました。

この説明を聞いた子供たちは、「えっ……」とつぶやいたり、驚きの表情を見せたりしました。

発問1 こういった行動は、良いことなのか、悪いことなのか?

「良くない」
「ルールを破っている!」
「飛び越えた先に人がいると怪我をさせてしまう恐れもある」
「正直、行動はだめとわかるけど……、気持ちはわかるかも」
「気持ちはわかるけど、我慢している人もいる」
「それだったら、自分のしたいことをなんでもしていいことになるよ」

など、子供たちは飛び越えたり、塀に登って見たりすることは悪いとわかっています。

しかし、悪いとわかっていても周りに流されたり、自分の欲望や誘惑に負けたりする発達段階でもあります。

そこで、正直に自分の思いを交流する場を設けました。子供たちは本当に正直な気持ちをぶつけあっていました。
ここで教師が、「その考えはダメでしょ」などと言うと、子供たちは正直には言わなくなることでしょう。

正直な思いをぶつけ合う場を設けることで、「正しいと自分で判断したことには勇気を持って取り組み、悪いと判断したときには思いとどまる勇気」に少しでも気付いてほしいと考えています。

発問2 登っている人、飛び越えている人は悪いと思っているのか?

子供たちの様子をみて、この発問を追加しました。
そして、

①悪い ②悪くないと思っている ③両方の気持ちがある

という選択肢で意思表示を確認しようとしたところ、

「なにも考えていないということもあるよ」という声が聞こえてきました。
そこで、

 ①悪い ②悪くないと思っている ③両方の気持ちがある ④なにも考えていない

という4択で聞いたところ、どれも同じような人数に分かれました。
それを受けて、話合いは下記のようにさらに活発になっていきました。

「何も考えていなくて、登ったりするのがいちばんダメじゃない?」
「みんながしているから、正しいか悪いか考えていないよ」
「周りも注意したらよかったのでは」
「知らない人に注意するのは難しいよ」
「悪いと思って、実際にしない人たちは我慢して見ているのかな〜」
「自分の欲望に負けているよ」
「誘惑に勝つ方法ってないのかな…」

2 どこにどのようにつなげるか

私は、この授業を「問いづくり」につなげ、その問いについて考える学習を、総合的な学習の時間で行おうと考えていました。

そこで、「自分たちで話し合いたいこと、考えてみたいことなどを問いとして、問いづくりをしてみよう」と子供たちに伝えました。
子供たちは以下のような問いを作っていました。

(Aさんの問い)なぜみんな花火だけを求めて塀に登る誘惑に負けたのか

(Bさんの問い)みんながルールを守らないなら、 どうやったらみんながルールを守ってくれるかを考えたい

(Cさんの問い)誰が入場制限を決めたのか 、何人まで入れるのか

Cさんによる解決のためのアイデア①→花火を見る場所をもっと広くすればいい

Cさんによる解決のためのアイデア②→花火を見るためだけにわざわざ電車に乗って来たんだから、入場制限なんかしないで、多くの人に近くで花火を見せてあげたほうがいいと思う

(Dさんの問い)ルールを守るために、どんなことが自分にできるのか

(Eさんの問い)私はもうちょっと塀を低くして、登らなくても見えやすい高さ (小さな子でも見やすい)に作ったほうがよいと思います。

問いだけでなく、解決のためのアイデアを一緒に書いている子もいました。

本校には、前述の通り道徳の授業はありません。
そのかわりに宗教の時間があります。12月は待降節であり、「ぼくたち、私たちがサンタになろう!」という目標のもと、日々の取組をしています。 サンタになろうということで、

ほほえみのプレゼント
感謝のプレゼント
信頼のプレゼント
聞くことのプレゼント
ほめることのプレゼント
祈ることのプレゼント
許すことのプレゼント

を他者に渡していこうという意識をもって日々生活をし、帰るときには振り返りをしています。一枚画像道徳の授業をこの振り返りの時間につなげ、

「花火を河川敷で見ることができないということは、思い通りにならないこと。だから、『許すことのプレゼント』が必要なんだろうな〜」
「『聞くことのプレゼント』が必要だよ」

などと発言している子もいました。

おわりに

本実践は2学期末に行いました。
そのため、前述の問いづくりを行った際、グループで一つ問いを決め、少し考え始めたところで、時間がなくなってしまいました。

3学期には、もう少し話合いの時間を取りたいと考えています。
子供たちの問いは一見バラバラのようにみえます。そこで、それぞれの問いについてみんなが発表をした後に、「いろいろなアイデアが出てきたけれど、結局、大切なことは何か」と子供たちに問いかけようと考えています。

解決のためのアイデアが出てくることは良いことです。でも、どのアイデアに対しても、完全に納得できることはないはずです。
なぜなら、「正しいと自分で判断したことには勇気を持って取り組み、悪いと判断したときには思いとどまる勇気を持てるようになる」ということが、目指す本質的なところだからです。

このようにそれぞれが問いを考え、発表しあうことは遠回りのように思えるかもしれません。
でも、私は遠回りをするからこそ、より豊かな話合いができるのではないかと考えています。
どのような話合いになるのか楽しみです。来週の更新もお楽しみに。

今後の連載予定
第43回 和泉慶子(埼玉県・さいたま市立春岡小学校)
第44回 篠原諒伍(北海道・網走市立南小学校)
第45回 山本晃佑(神奈川県・横浜市立駒林小学校)
第46回 若松俊介(京都教育大学附属桃山小学校)
第47回 葛原祥太(兵庫県・西宮市立夙川小学校)
第48回 松尾英明(千葉県・袖ケ浦市立蔵波小学校)
第49回 渡辺道治(瀬戸SOLAN小学校)
第50回 木原一彰(鳥取県・鳥取市立大正小学校)

<リレー連載>明日の授業に生きる! 「一枚画像道徳」のススメ ほかの回もチェック⇒
第1回 日本最古の観覧車
第2回 モノに宿る家族の「幸せ」
第3回 それっていいの?
第4回 このトイレ使ってみたい?
第5回 「命の重さ」は
第6回 「快」のコミュニケーションができる子供たちに
第7回 未来と今をつなぐ橋を架ける一枚画~『もの』『こと』『ひと』をみる目を深める~
第8回 「一枚画像道徳」を読み解く
第9回 地域の魅力、知ってる?
第10回 あえて「分かりにくい」写真で
第11回 なにが見える?
第12回 地域の課題の受けとめ方
第13回 函館港まつりに込められた想い
第14回 デザインの定義
第15回 「生きた文化財」~在来作物の声が聞こえる~
第16回 町名の由来
第17回 百年の桜
第18回 わんこそば
第19回 みんなの場所で
第20回 美しい建物の街~弘前
第21回 1枚で3通りの活用 ~西郷瀞のブランコ~
第22回 外国の靴屋さん
第23回 象には絶対に乗らない
第24回 誰かの便利は、誰かの不便
第25回 美しさの見つけ方
第26回 祇園の夜桜
第27回 私たちにできること
第28回 テニスボールに込められた思い
第29回 学びの「値段」
第30回 東日本大震災
第31回 「一枚画像」から道徳を問う
第32回 誰の姿が見えますか?
第33回 五輪で戦うためには…
第34回 なまはげ
第35回 「だれでもピアノ」開発に込められた思い
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第38回 住んでいる地域の魅力
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第40回 二宮金次郎像
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