子供が授業中に泣き出した理由【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話⑧】
全国での取材校数900に及ぶ「教育技術」担当記者が、取材時の学校現場で見聞きした、先生方の役に立つ、ちょっとしたネタを披露します。
目次
先生の教材研究次第で、子供が楽しく授業を受けられる
先日、あるベテランの先生に算数の授業づくりについて取材をしていたときのことです。ある学年の内容について、課題になりやすい単元とその指導法についてお話を伺った後、若い先生方に対して、メッセージをお願いしたら、「とにかく楽しんで授業をしてほしい。それが子供たちが楽しんで授業を受けるための第一歩です。ただし、先生が楽しむためには、それなりの教材研究をしておくことが大切です」と話してくださいました。そのお話を聞いたとき、先生が教材研究をして、その本質を理解しておくかどうかで、子供が楽しく授業を受けられるかどうかが決まるという一つの事例を思い出したのです。
子供の発言に「プッ」と、小さく笑った先生
それは10年近く前、ある中堅の先生が担当する3年生の算数の授業を、ベテランの先生と共に拝見していたときのことです。その日の授業は、「重なりに目をつけて」という単元のものでした。ご存じの方も少なくないと思いますが、中心となる問題は次のようなものです。
「Aさんは教室のドアの高さを測ろうとしました。教室には1mのものさししかありません。1mのものさし2本をつなげて測ろうとすると、天井に当たってしまいます。そこで、1本はドアの下に合わせ、もう1本はドアの下に合わせてみると、20㎝重なっていました。ドアの高さはどれだけでしょうか?」(図参照)
20cmの重なりをどう扱うかで、答えを求める方法が複数出てくる問題です。
問題を全員で確認した後、クラスの全員の子供たちが、それなりの解決方法を見出せそうなら、すぐに自力解決に入ってもよい問題なのかもしれません。あるいは、全く解決方法をイメージできない子供が複数いそうなクラスならば、何がポイントになるか(20㎝の重なり)とか、どんな方法を使えば解決できそうか(図を描くと分かりやすい)といった、解決を図るための方法の見通しを子供たちに聞いていくのかもしれません。
しかし、この中堅の先生は「答えはだいたいどのくらいになりそうかな?」と、答えそのものの見通しを聞いたのです。
最初の子供が「1m60㎝から1m80㎝の間くらい」と答えます。するとその先生は、ウンウンとうなずきながら聞いています。続けて他の子に聞くと、「1m80㎝から2mの間」と答え、再び納得顔の先生。そのように、だいたい1m60㎝から2mの間の長さを答える子供が続いた後、5番目に発言した子供が「1m以上、2m未満」と答えたのです。すると、答えである1m80㎝前後の数字が出た後に、答えとはかけ離れた幅のある数値を答えたからでしょうか、「プッ」と小さく笑って、「はい、ありがとう」と言ったのです。
それを見ていて、「この先生、大丈夫かな?」と思ったのです。おそらくその子は、1mのものさし2本で長さを測るので、重なりが最大の1mならば1mと長さが最小になり、重なりがなければ最大で2mになる。つまり、1mのものさし2本で測れる長さの最小から最大までの間だと言ったのだと思います。それをただ答えに近いかどうかだけで判断して、他の子たちよりもずれていると判断したから、その先生は笑ったのだと想像できたからです。
子供たちの言動から、頭の中や心の中を想像することが必要
この授業では子供たちの見通しを聞いた後、自力解決に入っていきました。そのとき、子供全体の解決の様子を見ていた担任の先生は、二人の子供を指名し、解法を書かせました。
それは、100-20=80 100+80=180 答え1m80㎝というものと、100―20=80 80+80+20=180 答え1m80㎝という二つの解法でした。実はこの日、教室の子供たちが考えたのはこの二つの方法だったのです。
ところが、その担任の先生はさらに全体を見回しながら、追加でもう一人の子を指名しました。その子は、100-20=80 80+80=1m60㎝ 答え1m60㎝と板書します。重なりの部分を両方のものさしから引いたまま、その重なりを戻すのを忘れていたことが分かります。
ちなみに、この自治体では子供たちの間違った考え方も授業で扱い、どこをどう考えれば、正しい考え方にたどり着くのか、子供たちの対話を通して、どうすれば正しい答えにたどり着く方法になったのかを考えていくことは珍しくありません。そこで、おそらく当初は出てくるとは思っていなかった、その間違えた解法を取り上げ、3番目に急遽、この子を選んで書かせたようなのです。
その子が書き終えたところで、最初の子から順番に発表をさせていきます。すると1番目の子、2番目の子が発表するのを見ていて、おそらくその子は自分の間違いに気付いた様子で、顔が強張っていきました。ただし、どこが間違っていて、どう修正すればよいかを、その場で言い換えられるほど、算数が得意ではなかったのでしょう。
3番目の子の順番が来たとき、「~さんはどう考えたのかな?」と説明を求められたその子は、「私は…」と言いよどんで、黙った後、泣き出してしまったのです。そこで、困った担任の先生はその子を席に戻したのでした。
実はこの自治体では、間違った解決方法も取り上げて対話すると言いましたが、そのときには、正しい解法よりも前に扱うことが原則となっています。さらにベテランの先生であれば、「Bさんのあの考えが出たから、みんなも頭を働かせて、いろんな考え方ができて、教室のみんなが賢くなったね」と、フォローの言葉を入れたりします。それがないと、算数嫌いを一人増やすことになるかもしれないからです。
この担任の先生は事前に教材を吟味したうえで、学ぶ子供の頭や心の中を想像し、配慮することができていなかったのだと思います。だから、見通しを聞いたとき、ただ求める答えから遠いというだけで、問題文の状況を理解しているはずの「1m~2m」という発言に笑ってしまったわけです。さらに、間違えた方法が出るとは予想していなかったし、おそらく最初に全体を見たときにも気付かなかった。そのために、後から間違った解法を取り上げて、子供の心を傷付けることになってしまったわけです。
先生が楽しんで授業をすることが大事なのは、子供たちが算数の学びを楽しんでほしいからです。それは学ぶ子供たちの頭や心を大事にすることだと思いますし、そのためには子供たちの言動から、頭の中や心の中を想像することが必要でしょう。そして、その前提となる先生の教材理解が、とても重要になってくるのだと思います。
子供の誤答はどう扱えばよい?【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話⑨】はこちらです。
執筆/矢ノ浦勝之