公教育とオルタナティブ教育の間をつなぐ【あたらしい学校を創造する #24】
先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。今回のお話しは、教育の”交易”がキーワードです。
目次
「学びの研究所」を教育の交易港に
僕が公立校を辞めて、ヒロック立ち上げのために見聞を広めていく中で思い知ったのは、世の中には既にいい学校がたくさんあるということです。と同時に、いい学校が広く認知されないで、知る人ぞ知る存在になってしまっているという実態です。
最近、和歌山県にある「きのくに子供の村学園」を舞台とした映画を見ました。嫉妬するぐらいいい学校です。神戸にある「ラーンネット・グローバルスクール」には3日間お邪魔して、授業ももたせてもらいました。子供たちがのびのび育っているとてもいい学校なのに、ほとんどの公教育の先生は、おそらくその名前すら初めて耳にするのではないでしょうか。
僕らはオルタナティブスクール業界では、まったくの初心者マークです。でも、公教育とオルタナティブで行われている教育の両方に通じる共通言語を多く持っていると思っています。公教育の知見をオルタナティブ教育に生かし、また逆にオルタナティブ教育の知見を公教育に生かすことができるんじゃないか。それが僕らの強みとなるはずです。ヒロックのシェルパ(ヒマラヤ登山のガイドを意味する言葉からとった、ヒロックでの教師の呼び名)であるヨヘイ(五木田洋平)さんも僕も、公教育から来たいわば「渡来人」だからこそ、橋渡しや翻訳ができる。僕らは言うなれば長崎の出島の商人みたいなもので、二つの世界の橋渡しをするところに価値があると思っているんです。
日本でオルタナティブスクールに関係している人は、やはり何かしらで海外の教育に触れた経験のある人が多いです。日本国内にいて、オルタナティブスクールを選ぶことを考えられる人は、相当センスと運がいい。その意味で、ヒロックの「学びの研究所」が、日本におけるオルタナティブスクールの可能性を広げる一役を担えればいいと思っています。江戸時代に長崎でオランダ交易が行われたように、「学びの研究所」が教育の交易港になるといいですね。だからこそ、現役の公教育の先生にも参加してほしいし、教員ではないけれど教育に関心のある人々にも参加してほしいのです。
小学生のうちから世界の広さを感じられる学びを
交易に関していうと、すでに「バディ・クラブ」(ヒロックの支援コミュニティ)には、フィリピン在住の方やニュージーランド在住の方がいらっしゃいます。入学予定者の中には、現在ドイツに住んでいるご家庭もあります。そういった方々から海外の教育事情について教えてもらって、いいところを取り入れるということもあるだろうと思います。
また、中学からの留学を支援している海外の団体などとうまくつながることで、小学校を卒業したら海外で学ぶ進路もあるという視野を持てるような、世界の広さを知る教育というのも、僕らヒロックとしてやっていきたいことの一つです。
日本では留学というと早くて高校の話で、大学生になっても少なからず外国語が話せなければ無理というような、変な壁があります。でも本当は、中学から海外で学んでみたいというような憧れをもつ小学生が、もっと増えていいですよね。小学生のうちから海外のことを意識するだけでも、学びが断然違ってくると思います。
僕らの親の世代にも、いまの子供たちの保護者世代にも、中学留学という発想はあまりありません。でも例えば、留学している中学生から「こちらの学校はこんな感じで現地の社会はこうだよ」というような話を聞いたり、日本生まれでまったく英語ができなかった中学生が留学してペラペラ話せるようになったというような事実を知ったりすることは、子供たちの選択肢を広げるという意味で、すごい刺激になるはずです。
選択肢がある中で、やはり日本の中学校がいいと思えば、日本の中学校に進めばいい。けれども、今のように圧倒的に選択肢がない状態で、日本の教育制度のレールを上がっていくしかないというのは、どう考えてもリスキーです。学校に合わなかったら、合わない自分を責めるしかなくなる。でもその中身は、学校とその子とのマッチングの問題なのです。ほかに自分と合う学校があればいいだけです。それに気づくことができれば、そして、選択できる学校の幅が広くなれば、多くの子供たちの幸せは、かなり担保されると思います。
次回は、入学者選考を通して改めて強く感じた保護者のニーズについて話します。
〈続く〉
蓑手章吾●みのて・しょうご 2022年4月に世田谷に開校するオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクール・ディレクター(校長)。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京都小金井市立前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。著書に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる! 研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。
連載「あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員の挑戦」のほかの回もチェック
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第1回「あたらしい学校を創造する」
第2回「ちょうどいい3人の幸運な出会い」
第3回「なぜオルタナティブスクールなのか」
第4回「多数決に代わる『どうしても制度』とは」
第5回「自分たちのスクール憲法をつくる!」
第6回「スクール憲法の条文づくり」
第7回「教師と子供をどう呼ぶべきか」
第8回「模擬クラスで一日の流れを試す」
第9回「学年の区切りを取り払う」
第10回「学習のロードマップをつくる」
第11回「教科の壁を取り払う」
第12回「技能の免許制を導入する」
第13回「カリキュラムの全体像を設計する」
第14回「育むべき『学力』について考える」
第15回「自由進度学習をフル活用する」
第16回「保護者の意識と学校の理念を一致させる」
第17回「クラウドファンディングでお金と仲間を集める」
第18回「クラウドファンディングでモノと人を募る」
第19回「体育の授業目的と方法を再定義する」
第20回「道徳教育の目的と手法を再定義する」
第21回「入学希望者の選考を行う」
第22回「入学予定者の顔合わせを行う」
第23回「大人たちをつなぐ場所をつくる」
※蓑手章吾先生へのメッセージを募集しております。 学校づくりについて蓑手先生に聞いてみたいこと、テーマとして取り上げてほしいこと等ありましたら下記フォームよりお寄せください。
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取材・構成/高瀬康志 写真提供/HILLOCK