【指導のパラダイムシフト#18】対応のパラダイムシフト④

連載
指導のパラダイムシフト~斜め上から本質を考える~

京都橘大学教授

池田 修

北海道公立小学校教諭

藤原友和

池田修先生×藤原友和先生のコラボ連載、第18回のテーマは「対応のしかた その4」です。第17回で池田先生が提示した、「学習者主体の学習」を促す対応スキル(評価言)の3大ポイントのうち、「認める」評価言を身に付け、磨いていく方法について提案します。1人1台端末時代、教育の変革期に奮闘する全ての先生方にとって必読の連載です。

執筆/京都橘大学発達教育学部児童教育学科教授・池田修、北海道函館市立万年橋小学校教諭・藤原友和

池田修

池田 修(いけだ・おさむ)1962年東京生まれ。国語科教育法、学級担任論などを担当。元中学校国語科教師。研究テーマは、「国語科を実技教科にしたい」「楽しく授業を経営したい」「作って学ぶ」「遊んで学ぶ」です。ハンモッカー。抹茶書道、ガラス書道家元。琵琶湖の話と料理が得意で、この夏は小鮎釣りにハマってます。

藤原友和

藤原友和(ふじわら・ともかず)1977年北海道函館市生まれ。4年間の中学校勤務を経て小学校に異動。「ファシリテーション・グラフィック」を取り入れた実践研究に取り組む。教職21年目の今年度は、教職大学院で勉強中。教師力BRUSH-UPセミナー、函館市国語教育研究会、同道徳研究会所属。

第18回のテーマは「認める」評価言

学習者主体の学習は大事。そしてそのために、学習者の主体的な学習を促すことも大事。そのために、指導者は評価言を使いながら指導をしていくことがポイントなのだということをこれまで述べてきました。

では、指導者は、どうやってその評価言を身に付けていけばよいのでしょうか。
今回は、この方法をいくつか考えていこうと思います。

評価言を身に付けるレッスン

前回、評価言には次の三つがあるだろうと指摘しました。

1.認める
2.正誤の判断をする
3.振り返りをする

それぞれについて考えていきましょう。

1.認める

見ることを阻む認知バイアス

これはとてもシンプルですが、大事な「認める」という評価言です。見る、うなずく、微笑む、手を振るなどノンバーバルのものもあります。認めるためには、学習者の活動を見る必要があります。簡単なようですが、学習者の活動を満遍なく見るとなると、そう簡単ではありません。

なぜでしょうか。人は、自分では見ているつもりでも見えていないことがあるからです。そこには脳の癖が関わっています。「認知バイアス」と言います。認知とは、人の外側にあるものを知覚し、それを判断したり、解釈したりすることです。その部分に脳は偏りがあるというのが、認知バイアスです。この中で有名なのが、選択的注意です。人は、見たいものしか見ないという脳の癖です。

これは、自動車の運転免許証を取るとき、学科の勉強で出てきたかもしれません。自動車の運転は、認知して、判断して、行動することを高速に繰り返しています。どんなに素晴らしい運転技術があったとしても、最初の認知が不十分では安全に運転をすることができません。だから、運転はまず認知が大事だということを習ったのではないでしょうか。

この選択的注意に関して、とても有名なハーバード大学の実験があります。

リンク先の動画を見てみましょう。1分ぐらいの動画です*1。実験の結果として、約40%の人が衝撃を受けるはずです。英語ですが、問題はありません。指示に従って見てみましょう。

1.白チームと、黒チームがバスケットボールをパスします。
2.白チームは、何回パスをするか数えます。
3.その後の解説を聞きます。
4.この動画を見た人類の40%が衝撃を受けます。

selective attention test

みなさんは、40%の人だったでしょうか(^^)。
そうだとしたら、かなり衝撃を受けたのではないかと思います。
しっかりと見ていたのに、見えないことがあるというのが分かったかと思います。

他にも、薬学者の池谷裕二さんは、右利きの人は、左側の方を優先的に見る癖があるということを述べています*2。そうだとすると、右利きの教師は、教室で授業をしていると、教室の廊下側の生徒を無意識のままに多く見ていることになります。これは人の脳が持っている癖なので、意識しなければそうなってしまいます。

この癖は、人間が生きていくために必要な情報を、脳が高速処理をするために作られてきたものではないかと言われています。ですから、無くすことは難しいわけです。無くすのではなく、認知バイアスがあることを理解し、対策を立てることが大事なわけです。

逆に、認知バイアスを使って見る

例えば、次の写真を見てください。

豪華な和食の料理写真

(美味しそうな和食だなあ)
と思われたでしょうか。はい、美味しかったです(^^)。

いえ、そういうことを言いたいのではありません。
皆さんは、この写真の何を見て美味しそうだと判断したのでしょうか。
授業なら
「ノートに、三つその理由を書け」
とやりますが、まあ、頭の中でやってみてください。

考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中 考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中考え中

3行ほど考えてもらいました。
例えば、

1.彩が綺麗
2.キチンと盛り付けられている
3.いろんな味がありそう

とまあ、こういう感じでしょうか。では、なぜ、「彩が綺麗」と感じたのでしょうか。分析的に説明することができるでしょうか。分析的に説明するためには、さっと見るだけでなく、観察が必要になります。観察は、そのものをよく見ることなのですが、何らかの思考のフレームを当てて見ることで、そこにあるものがよく見えるようになります。
代表的なものの一つに、カラーバスというものがあります。これは、バーダー・マインホフ現象(頻度錯誤)を加藤昌治さんが『考具』でカラーバスと説明したことから、有名になった言葉だと言われています*3。(私もずいぶん前にこの本を読みましたが、いい本です。それでカラーバスと覚えていました)。ここではカラーバスで説明します。

1) 写真の料理の黄色の部分を見てください
2) 何が見えますか?
3) 最初にこの写真を見た時、この黄色の部分とその食材は見えていましたか?
4) 最初にこの写真を見た時、この黄色い部分が、器の4象限の3箇所にあることは見えていましたか?

つまり、色という思考のフレームを持ってこの写真を見ると、今まで意識していなかったものが見えるようになります。(ああ、なるほど、色を3箇所に分けて配置しているんだな)と分かります。別の言い方をすれば、1箇所黄色を配置しないことで、しつこくない感じを出していると言えるかもしれません。因みに、緑色は4象限の全ての場所にありますね。これらから、彩が綺麗で美味しそうと感じさせているのだと分かります。

さらに、

1) 写真の料理の丸い部分を見てください
2) 何が見えますか?
3) 最初にこの写真を見た時、この丸い部分とその食材や食器は見えていましたか?
4) 最初にこの写真を見た時、この丸い部分とその食材や食器が4象限全てにあることは見えていましたか?
5) 最初にこの写真を見た時、右上の高野豆腐は、丸い器の上に乗っていて、その上にさらに丸い大根を乗せて盛り付けられているのが分かりましたか?

これは、色ではなく形という思考のフレームを持ってこの写真を見ています。この全ての象限に丸いものを持ってきているために、料理が柔らかく見えると私は理解しています。そして、味の濃くないそれでいてまろやかな味わいがあるんだろうなあ。美味しそうだなあということが想像できます。 さすが、京都ホテルオークラです(^^)。

このことから、教師は教室で子供を見るとき、「ある特定の色」を思考のフレームとして使って、その色を持っている子供を順番に見る。または、「ある特定の形」を思考のフレームとして使って、その形を持っている子供を順番に見る。このことによって、脳の癖から解き放たれた見方ができるようになります。普段見ない子供を見るようになります。

物理的に形を決めて見る

さらにもう一つの方法を紹介します。それは家本芳郎先生が紹介していた「Z視線」と言うものです。教室で子供たちを見るとき、教室をZの文字のように見ていくと言うのです。つまり、

1.最前列を右から左に見ていく。
2.左端から右奥まで対角線に見ていく。
3.右奥から左端まで見ていく。

これで、左を優先的に見てしまう脳の癖から解放されます。私は、これをNやWにしながら、5分に1回ぐらい意図的に教室の中の生徒を見ることをしていましたし、しています。これによって、教室の生徒の見逃しを少なくすることができます。

見逃しが少なくなれば、彼らを見て「認める」ことが増えていくことになるということです。

次回以降は、2.正誤の判断をする、3.振り返りをするためのレッスンについて考えましょう。

*1  Selective attention test  Daniel Simons 1999

*2 『自分では気づかない、ココロの盲点 完全版  本当の自分を知る練習問題80』 (池谷裕二著 講談社 2016/1)

*3 「カラーバス効果」とは、認知バイアスのひとつ「頻度錯誤」

現場教師によるキャッチボール解説 by 藤原友和

「対応」の前段階

今回の池田先生のご提言では、子供への「対応」の質を高めていくレッスンについて触れられています。教壇に立ったばかりの先生が上手な対応を初めからできたら、それは大きなアドバンテージです。しかし、いきなりはできないから皆さん苦労されるわけです。それゆえに、具体的なステップを示されたことは来春から初任者として先生になることが決まっている学生の皆さんや、現在初任段階教員として試行錯誤の日々を送っていらっしゃる若い先生、そして職場に初任者がいて、指導的な立場にあるという先生には非常に勇気付けられる提言であると思います。

さて、私も慣れない「若手へのアドバイス」に悩む日々ですが、一つ気付いたことがあります。子どもへの「対応」というと、どうしても現象面、つまり表に出た行為(言葉かけや表情、身振り・手振り)に目がいってしまいます。しかし、そうした現象面に至る前段階があるのだということです。

今回の「レッスン」で取り上げていただいた「何を見るか」という視点は、表面にでた行為の前段階の大切さを教えていただけるものだと思いました。つまり、「対応」には次のようなプロセスがあるということです。

0.子供が行為する
1.教師が子供の行為を知覚する
2.教師が知覚情報を解釈する
3.教師が取りうる対応を判断し、選択する
4.教師が選択した行為を実行する

このように、教師の対応を知覚情報の「入力−出力」システムとしてとらえてみます。そうすると、教師の行為を決定付けるのは、実は最初の「知覚」の段階にあることが分かります。ですから、まず「何を見るのか」から取り上げていただいた、ということだと思われます。

それにしても、「人は見たいものしか見ない」ですか。
こわいですね。認知バイアス。自分が見えている世界だけで「よかれと思って」「最善を尽くした」など、自分の“つもり”がいかに目的の達成を遠ざけているかを省みざるを得ません。それだけに、「視線の送り方」や「利き手がもたらすクセ」にまで考えを巡らせ、トレーニングする必要があるのですね。

自らの「前段階」を深掘りしてみる

それでは、前回の私の「対応」報告について、あのやりとりが行われる前段階に何が起こっていたのか、記憶を再生しつつ深堀りして見たいと思います。

前回の「対応」のやりとりはこのようなものでした。

【なかなか本が決まらないAさんへの対応】
C 先生、本が決まらないんです。こういうの苦手なんです。
T そっかー。苦手かー。本は嫌いなの? …「1.認める」
C 長いのが読めないんですよー。
T 10点目指すなら長いのがいいけど、9点なら関係ないよ? 最高点がいいの?
C そっか。先生、短くてもいいんですか?
T そうだよ(笑)一度、短いのでつくってみて、できそうだったらもう一つ長めのでつくってみたらどうかな。…「2.正誤の判断をする」
C 短くてもいいんだ。分かりました。短いのでやります。(Aさんが選んだのは、絵本『どろんこハリー』でした。)
T お。いいの選んだね。これ、「雪わたり」と一緒だよ。
C え。どうしてですか?
T だって、おうちから出かけて行って、またおうちに帰ってくるでしょ?
C そっかー。「行って帰ってくる話」だ。
T そうそう。ということは、何か仕掛けがあったはずだよね。…「3.振り返りをする」
C あぁー。それを「すいせん」の中身にしたらいいですね。

このやり取りが始まったとき、私は教室の教師用の机のところに座っていました。

そして、教室全体を眺めながら、「動き出している子」「動き出していない子」と大まかに注視するポイントを定めて見ています。もっと具体的に言うとこのときは、子供の視線の先に注目していました。教室のドアを見て歩き出している子は、一人で進めるだけの準備が整った子。放っておいても大丈夫です。仲の良い友達がどこにいるかを探している子もいます。きっと不安が強いのでしょう。仲良しの子と一緒に進めたいのかもしれません(そして大抵いつも同じメンバーです)。自分の言葉で「すいせん」ができるかどうか、ちょっと注意を払う必要があります(実際、3人で同じ本を選んできました。一つ目の作品はそれはそれとして認め、2冊目には自分なりに選んだ本にするようにそれとなく勧めています)。

Aさんは図書室に出かけていく級友たちを尻目に、ぼーっとした顔で座席に座っています。ここではおそらく、私に相談に来るタイミングをうかがっていたのでしょう。他の子がみんな図書室に向かうか、もともと持っている自分の本で「すいせん」のプレゼンテーションのスライドを作り始めたというタイミングになって私の机のところにやってきました。

そこから先程のやりとりになった、というわけです。

この時点で、私は予想を立てています。以下のようなものです 。

・普段の学習への取り組み姿勢を見ても「サボりたい」わけではない。
・学習活動への「見通し」はあるが、表現物を作成するための「内容」を持てていない。
・誰かに教えてもらうのではなく、自分一人で学習活動を遂行したい。
・自分へのハードルを高く設定しすぎている可能性がある。
・漠然としたイメージはあるが、最低限の「合格ライン」が掴めていないかもしれない。

こうした予想が当たっているかどうかは、子供とのやりとりの中で絶えず修正されながら「対応」は進んでいきます。学習者主体の授業ですから、答えは学習者の中にあります。教師は指示や命令ではなく、受容と示唆、そして振り返りの中で資質・能力を身につけていくことができるように伴走していくことが対応の本質だと思われます。

さて、ここまで「うまくいっているように見える話」として述べてきました。

しかし、実際にはそんなことはないわけで、「見ていない部分」「見えていない部分」「見なかったことにしている部分」は多様にあるわけです。

池田先生の「レッスン」の話はまだ続くようですから、次号以降で、「実はうまくいっていなかった部分」にもスポットライトを当てて振り返ってみようと思います。

池田先生、よろしくお願いします!

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第2回  忘れ物指導のパラダイムシフト その1
第3回  忘れ物指導のパラダイムシフト その2
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第15回 対応のパラダイムシフト その1
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