#14 梅雨明け宣言【連続小説 ロベルト先生!】

連載
ある六年生学級の1年を描く連続小説「ロベルト先生 すべてはつながっています!」

前文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官/十文字学園女子大学教育人文学部児童教育学科 教授

浅見哲也

今回は、不登校気味だった転校生の大山くんがとうとう初登校します。長縄跳びの練習に参加して苦戦するも、ロベルト先生の声がけで子どもたち全員の気持ちが一つになります。子どもの力を感じる瞬間です。

第14話 転校生4

サッカーをする大山君

週末の金曜日の朝を迎えた。

大山くんが転校してきてから1週間。今日こそは学校へ…そんな思いもあったが、決して焦らず、様子を見てからにしようと心に決めていた。

7時15分に到着。

「おはようございます。朝見です。大山さんはいらっしゃいますか?」

私はドアをノックした。こう毎日大山宅に来てはドアをノックする私は、周りの人から見れば借金取りのように映っているのかもしれない。

今度は2分も経たないうちにドアが開いた。私は目を疑った。

そこには、ランドセルを持つ大山くんがいた。私は嬉しさにあふれる涙を堪えて平静さを装い、

「おはよう、大山くん。今日もいい天気だぞ!」

と告げた。お母さんは相変わらず眠そうだったが、出発を見送ってくれた。

「お母さん、行って来ます!」

今日は門の所までという約束もせずに出発した。

「行ってらっしゃい!」

そう声をかけてくれたのは、朝ゴミ出しをするあのおばあちゃんだった。この数日ですっかり親しくなってしまった。

「行ってきま~す!」

私は自転車を転がし、大山くんと一緒に学校へ向かった。手押し信号のボタンは大山くんが押した。

「気をつけて渡ろうね」

そう言うと、大山くんはニヤリとした表情をした。

「今日は何時に起きたの?」

「6時半」

「それは完璧だね」

「昨日の夜は何時頃寝たの?」

「12時頃」

「それはちょっと遅いなあ」

「お姉ちゃんもその頃まで起きていたの?」

「ぼくの方が先に寝た」

「そうか、えらかったね。今度はお姉ちゃんも誘って寝てね」

「うん」

いつの間にかこれだけの会話ができるようになっていた。

そして西門の所に到着した。

「さあ、どうする?」

私と大山くんは立ち止まったが、何と大山くんが敷地内への一歩を踏み出した。

しまった。こんなことならちゃんと三組の子どもたちに大山くんを迎えるに当たっての心構えを言っておけばよかった、と思った。

大山くんの家には余裕をもって早めに迎えに行っていたので、学校に到着した時には、まだ子どもたちは誰も来ていなかった。それが功を奏して、そのまますんなりと教室に入ることができた。

久しぶりの学校で、大山くんは目を丸くして辺りをきょろきょろと見渡していた。家にいたときの表情とはずいぶん違う。やはり学校には不思議な力がある。

ちょうどそこへ、亮太が1番に登校してきた。

「おはようございます!」

本当に明るさを倍増させる元気のよい挨拶だ。

「亮太、おはよう。残念ながら今日は2番でした。1番は大山くんです」

「何? 負けた~」

「大山くん、初めてだから、時間を間違えてこんなに早く来ちゃったんだ。ねっ、大山くん」

「…。」

「亮太、大山くんにいろいろなことを教えてあげてね。でも、悪いことは教えちゃだめだぞ」

「はい、はい」

「返事は1回でいい!」

「は~い」

「返事は短く!」

「はっ!」(敬礼のポーズ)

「大山くん、外でサッカーしようよ」

「えっ、大山くんは来たばかりだし…、それに…」

「大山くん、外に行こう。先生も早く来いよ!」

「はい!」

どっちが先生だかわからなくなった。こうしてとりあえず、大山くんは初登校を果たした。

始業前までのサッカーを終えた頃には、びっしょりと汗をかいている大山くんがいた。子どもってこんなにすぐに変われるものなのかと驚いた。

梅雨に入り、日曜日からの雨は止まず、月曜日は朝から生憎の天気だった。

しかし、ここで大山くんが休んでしまったら、また一からのスタートになってしまう気がして迎えに行った。その後も毎日迎えに行くと、大山くんも少しは遅れることもあったが、なんとか朝起きて登校し続けた。

大山くんが転校して来てから3週間が経ち、初めて登校した日から15日連続で登校することができた。学校にいる限りでは、本当にこれまで学校に行っていなかった子なのかと疑ってしまうくらい普通に生活している。

三組の子どもたちは、必要以上に大山くんを特別扱いするわけでもなく、普通に接している。このまま生活のリズムができるといい。

しかし、ここで問題が浮上した。長縄跳びだ。転校して来たばかりの大山くんにとって、スピードの上がってきた縄を跳ぶことは至難の業だ。うまく跳べないことが原因となって、また学校に来なくなってしまったらどうしよう…。

大山くんにとって初めての練習参加の日、案の定、毎回大山くんのところで縄が止まる。リズムに乗れず、他の子も引っかかり出す。その結果、回数も一気に減った。

私はみんなを集めた。

「はっはっはっは…」

「先生、何がそんなにおかしいんですか?」

「いやあ、懐かしくなっちゃってさ」

「何が?」

「大山くんを見ていたら、みんなも数か月前はこんな感じだったなあと思ってさ。それにしてもみんなは、本当に上手になったよね」

みんなは急に何を言い出すのかと不思議そうな顔をしている。

「でも、大山くんは大変だよな。だってみんなが同じくらいのレベルなら引っかかっても目立たないけど、周りのみんながこんなに上手くなってきちゃったから、引っかかると目立ってつらいよね。大山くんどうだい?」

「いや…大丈夫です」

「本当? 大山くんはすごいな。見直したよ。じゃあ、先生も応援するから、諦めずにがんばろうな」

大山くんは頷いた。このやりとりを聞いていた子どもたちも、なんとか大山くんを跳ばせようと大山くんを励ました。

大山くんの次に跳ぶ子が大山くんの背中を押して縄に入るタイミングを体で覚えさせる。それを何回か繰り返しているうちに、大山くんは、みんなのペースに合わせて、ついに跳べるようになった。その時には自然に拍手が沸き起こった。

子どもたち全員の応援や励ましが一つに向けられたとき、教師には到底叶わないすごい力が発揮され、不可能を可能にする。まさにその瞬間だった。これで大山くんも正真正銘三組の一員になれた。

そして、もう一つの奇跡が起きた。

私がいつものように、朝、大山くんを迎えに行くと、お母さんが出て来た。

「先生、もう朝は来ないでください」

私は意味がわからなかった。

「でも、せっかく大山くんも学校に来られるようになったし、長縄跳びだって…」

「先生、そうじゃないんです」

「は?」

「先生が毎朝大きな声で迎えに来るのが、その…、近所の人に…、恥ずかしいというか…」

私はお母さんの言うことがようやく理解できた。

「あっ、すみませんでした。気がつかなくて本当にすみません」

「いえいえ、悪いのはこっちですから。明日からは私が学校へ送り出しますから、もう来なくても大丈夫です」

「ありがとうございます。では、今度はお姉ちゃんでも迎えに来ましょうか?」

「先生、本当に大丈夫です。本当にありがとうございました」

「わかりました。では、明日からは学校で待っています。でも、行けないようなことがあったら連絡してくださいね。今度はそーっと来ますから…」

大山くんのお迎えは毎日の日課となりつつあったので、少し寂しさも感じたが、お母さんから本当に嬉しい言葉をいただくことができた。

「では、行ってきます!」

そう言って私と大山くんは家を出発した。その時初めてお姉ちゃんの制服姿も見ることができた。

じめじめした梅雨の季節が続いていたが、私の心は早くも梅雨明け宣言という晴れやかな気持ちになった。

私は学校への道のりを大山くんと歩きながら、あのおばあちゃんのアシストにも感謝した。

次回へ続く


執筆/浅見哲也(文科省教科調査官)、画/小野理奈


浅見哲也先生

浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。

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