スクール憲法の条文をつくる【あたらしい学校を創造する #6】
先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。今回は、スクール憲法にあたる「ヒロック宣言」の中身と目指すものについてお話しします。
目次
どんなことを盛り込むか
前回は、ヒロック初等部でどうしてヒロック宣言をつくることにしたかについてご紹介しました。今回はその中身と、何を目指すのかについて話します。
スクール憲法をつくるにあたって、立ち上げメンバーである僕ら3人(蓑手、五木田、堺谷)はそれぞれ叩き台を持ち寄りました。名称については、「スクール憲法」というとちょっと堅苦しく、イメージが偏ってしまうかもしれないということで、「ヒロック宣言」と呼ぶことにしました。
さて、どんなことを盛り込むか。「やっぱり自由が一番大事だ」という意見もありました。「人への思いやりや、自分に自信を持つことも大切」という意見も出ました。どの概念が目的で、どの概念が手段となるのか。いろいろ話していくうちに、僕が今まで大事にしてきた「子供の幸福」についての話になりました。
今までもそうでしたけれど、僕が教育で一番大切にしてきたものは「子供たちの幸福」です。人は幸せになるために生まれてくるのだと思います。そうであれば、学びは幸せになるための方法でなければならないはずです。それは、学力が高いとか、国の未来を担うということ以上に、子供たち一人一人が自由にのびのびと生きられることこそが、子供たちの幸福ではないかと考えています。
「この道を通れば、将来幸福になるよ」みたいなものは、どこか嘘っぽくて、僕にはすごく違和感があります。本当にそれをして幸福になる保障はないし、別に老後に幸福になるために生きているわけじゃない。
昨日よりも今日の幸福が大きくなり、今日よりも明日の幸福が大きくなる。その延長線上に、幸福がどんどん広がっていく、そんなイメージです。言い換えれば、「生きたいように生きられること」。あるときは自由度の大きさだったり、あるときは選択肢の多さかもしれない。それが、僕が目指す「子供の幸福」です。
嬉しいことに、そんな僕の主張を、「なるほど、確かにそうだね」と2人が理解してくれたんですね。そしてヒロック宣言の第一条には、そのことを掲げることにしました。
さらに突っ込んで話をしていくと、どうやら僕が言っている幸福というのは、本人が自由に選択できる環境や立場にあることだから、それを法的な用語にすると「福利」に当たるらしい。英語にすると「ウェルビーイング」です。そこで、ヒロック宣言第一条には「福利」という言葉を採用し、「(場の定義)HILLOCKはコゥ・ラーナーそれぞれの福利を未来に向けて拡張し続けるための場である」となりました。
コゥ・ラーナーとは「Co-learner(ともに学ぶ者)」、すなわち子供たちを指します。ただし広い意味では、大人も含んだ全員がコゥ・ラーナーでありたいと話しています。
将来の自分の福利(ウェルビーイング)を拡張するスキルやマインドセットは存在すると思っています。しかし、それは、教え込みや我慢することでは身につきません。学ぶことが楽しい。昨日の自分より成長することがうれしい。できることが増えると世界の広さや美しさがわかり、大好きなもの、素敵な仲間が増えていく。そんな子供たちを育てていきたい。……第一条にはそんなメッセージを込めたつもりです。
スクール憲法は更新されていくべきもの
ヒロック宣言は全部で9か条あります。でも、現状の文言はあくまで草案(β版)にすぎません。みんなでそれを話し合いながら更新していくものだと考えています。開校後には、子供や保護者とともに修正や承認のプロセスを経て、スタッフや周囲の仲間と対話を重ねながら熟成させていきたいと思っています。
そして、このヒロック宣言を制定した日を記念して「ヒロック宣言記念日」を定めることにしました。これから毎年巡ってくることになる記念日には、宣言の意義を問い直す取り組みもしていきたいと話しています。子供たちが自分たちの学校の成り立ちを知り、考え、つくり出していく経験はとても重要だと考えます。それこそ、まさに文化の担い手を育てる実感を伴う学びとなるのではないでしょうか。
次回は、先ほど紹介したコゥ・ラーナーのような、ヒロック宣言を考える中で生まれてきた独特の用語について話します。〈続く〉
蓑手章吾●みのて・しょうご 2022年4月に世田谷に開校するオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクール・ディレクター(校長)。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京都小金井市立前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。著書に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる! 研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。
連載「あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員の挑戦」のほかの回もチェック⇒
第1回「あたらしい学校を創造する」
第2回「ちょうどいい3人の幸運な出会い」
第3回「なぜオルタナティブスクールなのか」
第4回「多数決に代わる『どうしても制度』とは」
第5回「自分たちのスクール憲法をつくる!」
取材・構成/高瀬康志 写真提供/HILLOCK