ぬまっち流 恋人に転職を勧められたら?

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沼田晶弘の「教えて、ぬまっち!」
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国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭

沼田晶弘

子供のやる気を引き出すユニークな実践が話題のカリスマ教師、沼田晶弘先生。
今回は、「恋人に、教師の仕事は過酷だから辞めたほうがいいと転職を勧められて悩んでいる」という先生の質問に、アドバイスをいただきました。

撮影/下重修

過酷な状況を自分でつくっている場合もある

もしかすると、周囲の人が心配になるくらい、頑張りすぎてしまっているんじゃないかな。
例えば、子供のためと言って、何もかもやってあげてしまっていないかな

子供が帰った後に、教室を点検して、机をきれいに整理して、汚れている箇所を掃除しているという先生もいるよね。
すばらしいことだとは思うけれど、それを子供がやれるようになるともっといいなと思うんだよね。

「最終チェックは先生がやるよ」とだけ言い、教室の点検まで子供たちにやるようにすれば、もっと早く帰れるんじゃないかな。
それに、なんでも先生がフォローすることで、子供たちは自分たちがやらなくても、先生がやってくれると思ってしまい、頼りすぎてしまうこともある。机が整理できていなくても、翌朝にはいつのまにか整理されることに気付いてしまうと、自分で整理しようと思わなくなるよね。

先生がやってしまったほうが早いと思うけれど、あえて手を出さずに、自分たちのことは自分たちでやる、という意識をつけることのほうが大事だと思う。

だから、もう一度自分の働き方や、仕事の内容をふり返ってみよう。 どんなことに時間をかけているのか、それは絶対に自分しかできない仕事なのか、ふり返ってみると、実は周囲に心配されちゃうほど、過酷な状況を自分自身で作ってしまっている可能性もあるはずだ。

もっと子供の力を借りていい

子供のためにはいろいろやってあげたいと思う気持ちはわかる。
でも、もっと子供に任せたり、子供の力を借りてやったほうがいい仕事もあると思っている。

習字を教室に掲示するような作業も、子供が帰った後に一人で梯子を上り下りして貼ると時間がかかるけれど、子供がいる時間に、子供たちといっしょにやればずっと楽だし、早く終わるだろう。

そもそも掲示物は、梯子を登るなど危険な作業があればボクがやって、子供たちにはお手伝いをお願いするけれど、特に危険がない場合は子供に丸投げして、全部やってもらうようにしている

国語の授業で、登場人物の絵を画用紙に描いて切り、裏にマグネット貼って、セリフもつけて黒板に貼るといったことをする先生もいるけれど、ボクはこれまでそんなことはしたこともない。
もしどうしてもそういう教材を作らなければいけないことになったら、子供たちに作ってもらうだろう。

やらなくていい仕事がある、と言っているわけではないよ。
もっと子供の力を借りてやろうと言っているだけなんだ。

子供に任せることが、子供の成長につながると考える

真面目な人ほど、いろいろやってあげたいと思うし、全部自分でやらなければと思いがちだから、やらなくていい仕事を探そうと言っても、なかなか難しいだろう。
だったら、この作業を子供にやらせたら、子供の成長につながる、子供の成果が上がるって考えたらどうだろう
少し話はそれるけど、ボクのクラスでは、自学自習や日記用にあるノートを用意してもらっている。
ボクが子供たちに、「このノートに、意味があって呼びやすい名前を付けてくれ」と言ったところ、最近「マグロ」という名前がついた。理由はまずは黒いノートだから。もう一つの理由は、マグロは前にしか進まないから。日記も自学自習も、毎日やり続けるしかないからね。
せっかく「マグロ」というネーミングが付いたから、ノートにマグロのイラストを貼りたいなと思ったんだよね。

そこでマグロのイラストをネットで探し、A4の紙に10くらいそのイラストを貼って印刷をした。

でも、その紙の中からマグロのイラストを切り抜いて配るのは大変だから、「おーい! バイト募集」といって、子供たちに切り抜く作業をお願いしたんだ。「今回は器用な人限定。このマグロを切り抜いてください」と言って、お手伝いしてくれる人を募集した。器用か器用じゃないかは、あくまで自薦。自分で得意だと思っている子に切り抜いてもらい、大量に切り抜かれて納品されたマグロのイラストを子供に配ったんだ。
印刷した紙をそのまま配付して、「あとは好きに切りなさい」と言ってもいいけれど、必ず紙を失くしてしまう子が出てくるよね。
だから得意な子に大量に切り抜いてもらい、ボクのところにキープしておいて、失くしたらまた取りにくるというスタイルにするほうがいいと思ったんだ。

工作好きな子供たちは感謝されるから喜ぶし、他の子も配付物を失くして困る不安がなくなる。そしてボクも楽になるというわけ。

先生の思いやりが、子供の学ぶ機会を奪うこともある

話を戻すと、そもそも自主学習用ノートに「マグロのイラストは必要なのか?」と言えば、答えは「必要ない」だろう。
必要ないけれど、あるのとないのと何が違うかといえば、気分がちょっと上がることと、愛着がわくこと。この気分が上がる、愛着がでるという得体のしれないもののために時間をかけるわけだけど、子供の気分が上がるなら、やってあげたいと思うよね。
そう思ったら、自分で作るのではなく、マグロのイラストを子供たちが切ることによって、もっと愛着がわくし、気分が上がるかもしれないと考えてみる。そういう作業が子供たちの学びにつながる作業になるかもしれないと捉えてみるんだ。
例えばボクがハサミを上手に使える必要はないけど、子供がハサミを上手に使えるようになったら、学びだし成長だよね。
子供がやれば喜びや学びになることを先生がやってしまったら、それは子供の学ぶ機会を奪うことになるかもしれないんだ。

時間をかけるだけの価値のある仕事もある。だからこそ、子供たちの力を借りて、自分の負荷を下げつつ、効率的で持続可能な方法を工夫することにエネルギーを注ぐことが大事なんじゃないかな。

周囲の意見に流されず、自分で工夫できることを探そう

教師の仕事は過酷とよく言われるけれど、ボクは今のところそうは思わないんだよね。
子供たちが頑張っているのを見ると、すごくうれしいし、子供たちが楽しそうだと、それに乗っかって自分も楽しめちゃったりするし、やっぱり人の成長に関われる仕事はいいなと思うよ。
「教師の仕事は安すぎる」「頑張ってもお給料が上がらない」と言う人もいる。でも、不況に左右されることなく収入は安定しているし、社会的信用も割と高いからローンも借りやすい。

教師は長時間労働と言われる。ところが、教員と同じくらいの収入を得ている他の業種の人を見ると、みんな同じくらい働いていていたりする。ボクは講演会やコンサルタントの仕事で企業の人と関わることが多いんだけど、子供と一緒に夕食を食べられるような時間に帰宅できる人はまだまだ少ないと感じるよ。
確かに残業代はでない。しかし、働き方の裁量権は比較的に自分に委ねられている仕事だとも思うし、そこには工夫の余地もある

もちろん教員に向いていないと思ったら、心身共につらくなるほど頑張って続ける必要はないと思う。周囲の人の意見だけで「教員=過酷」と決めつけてやしまうのはもったいない。悪い面にだけ目を向けるよりも、よい面にも目を向けてみる。そして、働き方も改善点を探してみると、他の人が言うほど悪くないかもって思えるんじゃないかな

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沼田晶弘先生
沼田晶弘先生

沼田晶弘(ぬまたあきひろ)●1975年東京都生まれ。国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。東京学芸大学教育学部卒業後、アメリカ・インディアナ州立ボールステイト大学大学院にて修士課程を修了。2006年から現職。著書に『「変」なクラスが世界を変える』(中央公論新社)他。
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取材・構成・文/出浦文絵

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