遠藤洋路熊本市教育長に聞く、コロナ休校中のオンライン授業の実践とコロナ後の教育

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コロナ休校が続く中 、市内の全小中学校でオンライン授業を実施している熊本市。不測の事態にもすぐに対応できた背景には、市が進めてきた教育ICTプロジェクトの存在があります。熊本市教育委員会教育長の遠藤洋路さんに、熊本市の教育、コロナ後も見据えた教育ICTの活用についてお聞きしました。

遠藤洋路●熊本市教育委員会教育長

遠藤洋路●熊本市教育委員会教育長。東京大学卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了(公共政策学修士)。文部省(現・文部科学省)、文化庁、熊本県教育委員会(社会教育課課長)、内閣官房知的財産戦略推進事務局(総括補佐)を経て2010年に退官。同年「世界に誇れ、世界で戦える日本」のための人材・政策・組織を創るために『青山社中株式会社』を起業し共同代表となる。2014年法政大学キャリアデザイン学部兼任講師(現代教育思想)。2017年4月より現職。

2020年2月27日にコロナウイルス感染対策として政府が出した全国の学校への休業要請。木曜日の要請で週明けから実施という慌ただしさの中、熊本市の小中学校の迅速な対応が注目を集めました。熊本市では、休校期間に入ってすぐ4校でオンライン授業をスタートし、4月からは、市内の全小中学校で実施しています。熊本市は、なぜ突然の事態にも次々と施策を打ち出して実行できているのか。背景には、同市が2018年度から推進している教育ICTプロジェクトがあります。強いリーダーシップでこのプロジェクトを進めてきた遠藤洋路教育長に、コロナ休校が続く中での熊本市の教育、そしてコロナ後も見据えた教育ICTの活用について聞きました。

迅速な対応を可能にしたのは、2年かけて整えてきたICT環境

—突然休業要請が出た時はどのような思いを抱きましたか。すぐに対応ができたのはなぜですか。

実は休業要請の1週間くらい前から、北海道の動きなどもあり、一斉休校はありうると思って準備していました。その間、遠隔授業の実験も行っていたのです。

熊本市では、2018年に教育ICTプロジェクトをスタートさせて以来、子どもたちや先生が、場所を選ばず、家でも修学旅行中でもどこでも使えるということを重視して、タブレットや通信環境を整備してきています。だから休校中にオンラインで授業ができる環境が整っていました。コロナ以前からいろいろやってきたことが、今回の状況にぴったりあったというのが、すぐに対応できた理由です。

— 4月からは市内全小中学校134校でオンライン授業が始まっているということですが、具体的にはどのように実施したのでしょう。

3月末にオンライン授業に関するアンケート調査を行い、ネット環境とPCなどの端末が使える家庭が全体の3分の2くらいあることがわかりました。現在熊本市の小学校には3人に1台のLTE対応のiPadがあるので、環境がない家にそれを貸し出せば全員がオンライン授業に参加できるという目処が立ちました。4月に入ってもう一度アンケートを行い、必要な家庭を調べてiPadを配りましたが、実際にはちょっと足りない、という感じです。

それで、学校によっては、学年を限ってオンライン授業をやったり、やることを何段階かのステップに分けて、家庭の環境整備に合わせて導入したりするなど工夫しています。

映像でもメッセージでも、双方向のやり取りが基本です。最初から全部の学校で完璧なオンライン授業ができているわけではありませんが、状況に応じてやっているということです。

また、2019年度の学び残し解消のため、テレビ番組「くまもっと まなびたいム」を制作して4月に放映するなど、学習支援はオンライン授業以外にもいろいろ行っています。

リスクを取って実践し、問題が起きたら個別に対応

— 4月の新年度スタートからいきなりオンライン授業となったわけですが、子どもたちや保護者たちはどう受け止めていますか。

4月の初めから学校で授業ができないというのは、子どもたちにとっては非常に大きな問題でした。特に1年生は先生やクラスメートの顔も知りません。休校は長期間続くこともあると考え、多少無理をして、最初の3日間だけ登校日とし、先生と子どもたちが会う機会を設けました。

オンライン授業は始まったばかりなので、保護者や子どもの反応はまだわかりません。ただ、朝から午後までずっと授業がある学校とは違い、子どもたちは朝から先生とやり取りして、出された課題を自分でやり、午後それを提出してまた先生と話すということをやっています。

その中で、自分で考えたり調べたりする時間をできるだけ多くとってほしいと思っています。そして、やはり各家庭の環境が子どもたちの学習に大きく影響するので、一人一人の学習状況をきめ細かく把握して、対応を考えていきたいと考えています。

授業支援アプリのロイロノートスクールを使用し、その日に学習する計画と自己評価、振り返りを記述して提出するようにしている。
授業支援アプリのロイロノートスクールを使用し、その日に学習する計画と自己評価、振り返りを記述して提出するようにしている。写真提供=熊本市教育センター

— Zoom(ビデオ会議システム)を使っているということですが、セキュリティに対する不安はありませんか。

セキュリティに関しては、熊本市は、ある程度リスクを取って問題が起きたらその都度対応する、というスタンスです。Zoomも正しいやり方で使えばリスクを下げられるし、改良も行われていると思うのであまり心配していません。

熊本市立城南小学校でのZoomを使った遠隔授業の様子
熊本市立城南小学校でのZoomを使った遠隔授業の様子。写真提供=熊本市教育センター

そもそも、熊本市のICT導入に当たってのポリシーは、iPadなどの機器を使うときの制限を極力なくすということでした。先にガチガチのルールをつくると何もできなくなってしまう。だからデバイス利用の制限は、先生には一切しておらず、子どもたちについても最低限です。中には一日中YouTube動画を見ている子どももいたりしますが、LTEの通信量などで利用状況は把握できるので、それは個別に対応すればいい。実際には、問題はほとんど起こらないので、それを先回りして心配して全員にやらせないというのはおかしいと思っています。

すべての家庭で平等にできなくても、「できることからやる」が基本

— 自治体の中には「すべての児童生徒に平等にできない」という理由でオンライン授業を実施していないところもあると聞きます。

熊本市では「できることからやる」という考え方が基本です。「すべての家庭で平等にできないとやらない」ということはありません。学校と家庭のやりとりも、メールでできるならばメールでやるし、できなければ電話します。4月からテレビを利用した授業も始まりましたが、テレビがない家もあります。オンラインの授業でZoomは使いたくないという家庭もありますが、そういう家庭は別のやり方でやってもいいのです。

私が子どもの頃は学校からの連絡は電話連絡網を使い、電話のない家庭には近所の子が歩いて伝えに行っていました。でも、電話のない家もあるから全員が歩いて伝えようという話にはならなかった。それと同じで、そもそも全ての家庭に同じ環境が揃っているわけではないというのが前提だと思っています。

ICT機器は、先生ではなく子どもたちが使うもの

— 今回の対応を可能にした教育ICT環境整備のプロジェクトは、2018年度に始動してちょうど3年目に入ったところです。先生たちの意識改革や研修も必要だったと思いますが、今までどのように推進してきたのでしょうか。

2020年度の新指導要領が示す「主体的・対話的で深い学び」を実現するには、ICT環境の整備が絶対に必要だと、教育長着任以来ずっと訴え続け、このプロジェクトを進めてきました。

ICT導入に当たって、先生たちには、タブレットは子どもが使うものですよ、ということを最初からずっと言い続けてきました。子どもたちが主体的にいろいろ調べたり、友達と議論して何かを発表したりするために使うもので、先生自身がプレゼンテーションするための道具ではない。だから、先生が使えなくてもいいから、子どもに使わせてください、と。これについては、先生たちはしっかり認識していると思います。

ICT環境整備は、熊本市教育センターが中心になって進めており、もちろん研修も、教員全員、管理職、各学校の情報化リーダーなどに向けて、段階にわけてしっかりやっています。教育センターは、それぞれの学校でのアプリの利用状況などを常に把握していて、利用が進んでいない学校には、使い方を指導しに行ったりもします。

コロナ休校で見えてくるICT活用のさまざまな形

— コロナ休校はICT導入のチャンスという見方もあります。それについてはどう思いますか。

その通りだと思います。このようなことが起きて、学校と子どもたちがオンラインで双方向のやりとりができることの大切さがよくわかりました。今まで、教室だけでタブレットを使おうとしていたり、1人1台はいらないと言っていたりした学校や自治体は考え直さなくてはならないでしょう。

オンライン授業を導入してみたら、休校に限らず使える場面があることにも気づくはずです。例えば、不登校の子どもたちも、タブレットがあれば授業に参加できるかもしれない。今回のことで学校や自治体の考え方が変わって、学校が再開したときには、今までと違うやり方になることも多いと思います。

— 「アフターコロナ」の熊本市の教育改革は、どのように進めていきますか。

熊本市では、1日も早くタブレットの1人1台体制を実現させたい。熊本市には約60,000人の子どもたちがいて、今タブレットは20,000台。あと40,000台調達できれば、どの学校でも、子どもたちと先生、あるいは子どもたち同士で、動画を使った双方向のコミュニケーションができるようになり、やれることが一気に増えます。今はまだそれができているところとそうでないところがあるので、まずこの問題を解決しなければなりません。

政府の緊急経済対策で、GIGAスクール構想の補助金を前倒しで今年中に全部使えることになりました。後はタブレットの在庫が揃いさえすれば、1人1台はすぐにも達成できる状況になっています。少しでも早く全員にタブレットを届けたいと思います。

取材・文/石田早苗

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