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教師のこだわりとは?【伸びる教師 伸びない教師 第65回】

連載
伸びる教師 伸びない教師
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栃木県公立小学校校長

平塚昭仁
第65回 伸びる教師 伸びない教師
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豊富な経験によって培った視点で捉えた、伸びる教師と伸びない教師の違いを具体的な場面を通してお届けする人気連載。今回のテーマは、「教師のこだわりとは?」です。教師には教育への信念があり、いろいろなこだわりをもっています。しかし、そのこだわりが独りよがりのものになっていないかという話をお届けします。

執筆
平塚昭仁(ひらつか・あきひと)

栃木県公立小学校校長。
2008年に体育科教科担任として宇都宮大学教育学部附属小学校に赴任。体育方法研究会会長。運動が苦手な子も体育が好きになる授業づくりに取り組む。2018年度から2年間、同校副校長を務める。2020年度から現職。主著『新任教師のしごと 体育科授業の基礎基本』(小学館)。

伸びる教師は「子供にとってどうか」にこだわり、伸びない教師は自分の思いにこだわる。

自分のこだわりを子供にぶつける

教師になりたての頃、同じ学校の先輩教師の授業を見て「いつか自分もあんな授業をしてみたい」と憧れの気持ちを抱いたものでした。その気持ちが次第に膨らんでいき、毎月何冊も教育書を買ったり著名な教師の公開授業を見に全国へ足を運んだりしました。
けれども、すぐに授業がうまくなるわけではありませんでした。本に載っている著名な教師の授業を自分の学級でもまねしてみるのですが、結果は散々なものでした。教師としての力量の違いを突きつけられたようで心が折れそうになることが何度もありました。
教師という職業は、技術職であり優れた授業の裏には職人技と呼ばれるような技術が隠されています。当時の私には、その技術と経験が圧倒的に少なかったのだと思います。
30代になり経験を積んでくると、自分の中に教師としてのプライドが芽生え始めました。教師を職人に重ね合わせ、何かにこだわることがまるで格好いいように思っていた時期でした。
その当時は、家に帰っても手術の技術にこだわる医者のドラマや職人に密着するドキュメント番組を好んで見ていました。学校の飲み会では酔った勢いで自分の教育論を相手にぶつけ、激しい口論になることもしばしばありました。
子供たちにも自分のこだわりをストレートにぶつけていました。
「悪いことをしたときには厳しく指導することが子供のためである」
当時、そんな思いを強くもっていて、学級の中の数人が掃除をサボっただけで学級全体の子供たちを大きな声で叱責する自分がいました。まじめに掃除をしていた子供たちは自分がやったことでもないのに毎日のように叱責されるので、日に日に学級の雰囲気は悪くなっていきました。また、それと同時に問題行動も増えていきました。
けれども、この悪い雰囲気をつくり出している原因が自分にあるとは、まったく気付いていませんでした。自分がこだわっていることには自分なりの理由がありましたし、間違っているとは思っていませんでした。そんな自分は子供たちに真っすぐ向き合っていると思い込んでもいました。

独りよがりの成功体験

何か問題が起きたときには
「これだけ言っているのにどうしてこの学級は変わらないのだ」
と、涙ながらに学級全体へ訴えかけたこともありました
こちらが真剣に話すと、子供たちは静かに聞いてくれ、それからしばらくは問題行動を起こしませんでした。これが自分の中で「子供たちに厳しく指導」することへの成功体験につながり、「自分がしていることは間違っていない」という思いをさらに強くしていきました。
しかし、実際にはほとぼりが冷めた頃にまた問題が起こるという繰り返しで、私にとって間違った成功体験になっていました。
今になって考えると、これが体罰や不適切な指導につながらなくて本当によかったと思っています。 当時の私は、独りよがりの成功体験から自分の考えは正しいと思い込み、自分が厳しくしていることを正当化していました。これがエスカレートしてくると、「子供のために」という正義が自分の中で膨らみ、不適切な指導や体罰にまで発展してしまう危険性が大いにあったと思っています。

イメージ

中学時代の担任と重なる

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