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コスパ・タイパにサヨナラを…仕事の成果が最大化する、一見無駄なこと。「雑談」は教育現場を、組織を変える!

連載
シン・コミュニケーション~教師というプロコミュニケーターになるために~
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岡田芳樹

皆さんの職場の雰囲気はどうですか? 安心して相談できてますか? そして特に、雑談は多いですか? 雑談なんて無駄だ、コスパやタイパがよくない…。もしそんなふうにお考えの方がいらっしゃるなら、ぜひとも少し立ち止まって、一緒にコミュニケーションについて考えてみましょう。感情をもつ生き物である人間だからこそ、一見無駄だと思われることが、生産性の向上につながっている、という研究結果が続々と発表されているのです。

執筆/株式会社電通総研 研究員・慶應義塾大学SDM研究所 研究員・元横浜市公立小学校教諭
岡田芳樹

シン・コミュニケーション#3

職場におけるコミュニケーションの実態

現代社会において、コミュニケーションの重要性はどの組織も痛いほど理解しています。しかし、理解と実態には大きな乖離現象が生じているのが現状です。パーソル総合研究所の調査では、職場において本音で話している人の割合は上司との面談では51.2%、チーム内会議では52.1%と衝撃の結果が出ています。つまり、過半数の従業員が面談・会議において本音では話していないということです。さらに「職場内に本音で話せる人が1人もいない」の割合は50.8%とこちらも驚きの結果が示されています。

本音で話さない面談や会議、そして本音で話せる人が一人もいない職場は果たして健全といえるでしょうか。コミュニケーションに課題を抱える組織が多いのもうなずける結果であり、深刻なコミュニケーション不全状態に陥っている社会であることを感ぜざるを得ません。

さて、本題に入る前に、ここで「社会で働く目的」について、皆さんと一緒に考えたいと思います。今回のテーマはコミュニケーションの中でも、「雑談」に関わることであり、これは一見して無駄なことだとも捉えられかねないからです。
皆さんは、働く目的は何だとお考えですか? そこには100人いれば100通りの回答があることでしょう。社会に貢献するためという答えもあれば、お金を稼ぐためといった率直な答えもあるはずです。この二つの目的だけでも大きな乖離が見受けられますが、仕事にどのような目的を置くかは、どんな人生を生きるかに直結する問題でもあるので、折に触れて幾度も自問自答すべき問いだと個人的に思っています。
2024年8月に内閣府が実施した「国民生活に関する世論調査」の結果では、「働く目的は何か」という設問に対して最も多かった回答が「お金を得るために働く」で全体の62.9%を占めました。続いて「どのような仕事が理想的だと思うか」という設問に対しても、最多回答が「収入が安定している仕事」で60.8%であり、多くの人にとって仕事が経済的な目的であることはもはや否めません。
もちろん、筆者はその目的を否定する気は全くありません。生活する上で経済は重要なファクターであり、物価高の昨今ではなおさら重要な目的となるでしょう。しかし一方で、社会人は仕事をすることで人生の大半の時間を割くことになるのも事実です。
その時間を有意義に、活力に満ちて仕事をしてほしい、そして自己開発・自己成長の場として感じてほしい、これは筆者の願いでもあり、多くの人が共感できる願いなのではないでしょうか。同じ内閣府の調査において、日々の生活の中で充実している時間に関する設問に対して、仕事の時間と回答した人は27.0%でした。つまり、約7割の人は人生の多くの時間を割くであろう仕事の時間に充実感を感じていないことになります。ここで私たちの職場のあり方を見直し、アップデートしていかなければ、日本の社会は早晩立ち行かなくなるのではないかと思います。未来を担う子どもたちを育成する学校現場だからこそです。その一助になるのが職場におけるコミュニケーションだと筆者は考えます。コミュニケーション活性化には、職場風土を変える力があります。さらには、人の社会で働く目的すら変える力があると筆者は思っています。ありきたりなようで難しい、それがコミュニケーションの活性化ですが、是非とも組織・人ともにその課題から目をそらさず、向き合い続けてほしいと切に思います。

コミュニケーションにおいて貴重な存在である「雑談」

即効性のある施策提案はなかなか難しいですが、本音の会話のために重要な役割を果たしている存在があります。それが「雑談」です。雑談とは英語表記で「small talk」を指し、その文字通り、天気、趣味、家族の話など他愛もないささやかなトークが雑談です。雑談の目的は感情の共有、話し相手との心理的距離を縮めることであり、コミュニケーション学だけでなく社会言語学や心理学においても研究対象となっています。仕事上の話でなく、他愛もない話に特化した雑談こそ本音コミュニケーションを創出する可能性を秘めています。

各国の研究結果から

雑談に関する研究ももちろん国内外で活発にされています。
ここで海外のユニークな研究を一例紹介します。リーダーシップに関する調査・研究を行っている「Leadership IQ」の調査研究によれば、週に1時間以下しかリーダーと交流(雑談含む)をしていない従業員と、週に6時間以上リーダーと交流している従業員を比較検証した実験が行われました。結果として、上司と交流時間が長い従業員は短い従業員より職場において意欲が高く、革新性があり、エンゲージメントも約30%高かったという驚異の結果が判明しました。
その他にも、雑談とポジティブ感情(親近感、自尊心、感謝の念)、そして集中力に関する研究を行った事例もあります。結果として、雑談で気分が上向くこともあれば、気が散ることもあったそうです。しかし、通常より雑談が多い日は、他の日に比べポジティブな感情が高い傾向にあり、バーンアウト(燃え尽き症候群)に陥る度合いも低いという結果が出ました。また、多少無理をしても同僚を助けたいという気持ちも強くなったそうです。
かの有名なGoogleでもとても示唆に富む研究があります。Googleは2012年、チームパフォーマンスに関する研究チーム発足を発表しました。名前は「プロジェクト・アリストテレス」。この研究チームは様々な発見を見出し、その一つがチームパフォーマンスにおいては、「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」が重要であるということでした。さらに研究チームは、チームパフォーマンスにおいて重要な因子5つを抽出することに成功しました。重要な順で示すと、「心理的安全性」「相互信頼」「構造と明確さ」「仕事の意味」「インパクト」です。特に最初に示した「心理的安全性」とは、チーム内には「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる行動をしても、このチームなら大丈夫だ」という絶対的な安心感が保たれた風土を指しており、日本企業でも注目が集まるキーワードになっています。
「チームの心理的安全性」という概念を最初に提唱したハーバード大学のエイミー・エドモンソン教授は、TED×Talksの中でチームの心理的安全性を高めるために個人でできる取り組みを三つ挙げています。それは「仕事を実行の機会ではなく学習の機会と捉えること」、「自分が間違うということを認めること」、そして「好奇心を形にし、積極的に質問すること」です。教授の研究から考えられることは、個人として積極的にコミュニケーションを取ること、それが心理的安全性向上に少なからず貢献していることがわかります。エイミー・エドモンソン教授の主要な著書は日本語訳されており、大変示唆に富んでおりますので、ご一読いただくことをお勧めいたします。
上記の研究は一部にすぎませんが、コミュニケーション、そして雑談がいかに組織に影響を及ぼすのかが良く理解できたのではないでしょうか。ここで付け加えておきたいことは、雑談にはある程度の時間が必要ということです。Z世代を中心とした「コスパ主義・タイパ主義」といった言葉もありますが、研究の観点から考えるとこれらの主義は効率的とは真逆にあると考えてよいでしょう。効率的に仕事に取り組み、プライベートの時間を確保したい気持ちはよくわかります。しかし、肝心なコミュニケーションを省くことで、むしろ生産性は下がっているのです。そう考えると、職場で上司や同僚と円滑な関係性を築く時間は結果として生産性向上、そして私的時間の確保につながる一番の近道といえるでしょう。今一度、コスパ・タイパ主義を見直す時期に差し掛かっている、筆者はそう感じます。

雑談している教員たち

教育現場における雑談シチュエーション

それでは、教育現場の雑談はどのような役割を果たしているのでしょうか。教員歴7年とわずかな歳月ではありますが、それでも私はこの雑談の貴重さ、雑談のパワーを強調して伝えたいほど、雑談は教育現場に欠かせない役割を果たしていると考えます。

教育現場には、大きく分けて3つの雑談シチュエーションがあります。
教室、職員室、そして校外の3つです。

Situation 1 教室

まず教室ですが、これは言わずもがな子どもとの雑談です。これが教師の雑談における大半を占めるのではないでしょうか。そして、子どもとの関係性、学級経営にも大きく影響する雑談でもありますので、前回の記事に記したように、ここは戦略的に雑談に取り組む必要があるかと考えます。

Situation 2 職員室

次に職員室ですが、これは周囲の教師、事務員や管理職との雑談となります。同じ学年チームの教員との連携は重要ですし、自分が担任するクラスの授業を担当する教師との連携も必要不可欠です。多くの人が経験しているように、ちょっとした言葉のすれ違いが、人間関係に溝を生みます。教育現場ではその溝が大きくなると、結果的に学級に悪影響を与えることとなり、子どもたちにとってデメリットでしかありません。教室同様、職員室が自分にとって心理的安全性が保たれる場所になるよう、自分にできることは最大限すべきであり、その一つが低コストで済む雑談になるのではないでしょうか。

Situation 3 校外

最後の校外、これは保護者や地域の方々との雑談を示します。今のご時世、教育現場は保護者や地域との連携がマストになりつつあります。残念ながら、私はコミュニケーション不全のため、学校や学級に不信感をもつ保護者を多く見てきました。ひと言先に連絡する、ひと言些細な連絡を入れる、それが保護者との関係性における大きな分岐点になることは多々あります。そのひと手間を惜しんで、ひたすら保護者のクレーム対応に追われ続けた教師も知っています。

雑談においても、そのひと手間を惜しんではいけないのです。

何より雑談は、教師としての自分ではなく、素の自分が垣間見える瞬間です。それが他者から信頼を勝ち取ることもあります。ぜひ、教育現場に携わる人には、保護者や地域の方々との積極的かつ戦略的な雑談を推奨したいです。

雑談の効果と注意点

ここで学術的に雑談や日常会話がどのような影響を及ぼすのか、とくに情緒に焦点をおいたメカニズムを紹介したいと思います。注意点も含め一部の先行研究を抜粋しましたので、ぜひご覧ください。

1.社会的つながりを生み出し、孤独感を軽減する

雑談や気軽な会話などで人は孤独を感じにくくなり、他者との関係を再確認できます。それらは、ストレスや不安を和らげる作用をもたらします。海外の研究結果によれば、1日30分未満の会話しかしていない人は、それ以上の会話時間を設けている人に比べてメンタルヘルスが悪いという結果が出ています。

また、SNS使用時には負の感情が高くなる一方、人と直接話し交流することは正の感情が高くなる傾向があることを示す研究結果もあり、直接的な雑談や日常会話はメンタルに好影響のようです。

2.支持・共感の獲得

話す相手が共感、もしくは理解を示すことで、話し手は「自分だけではない」「誰かが分かってくれる」という思いに至り、負の感情が緩和されることが研究結果から分かっています。

この際、重要なのは共感です。

子どもであれ教師であれ、時に具体的なアドバイスを求めているわけではなく、仲間意識を求めていることが多いです。そのような雑談であると判断できた場合は聞き役に徹し、共感することが効果的であることを研究結果は示しています。

3.認知の再構成

雑談することで、自分を客観的に見たり、自分の考えを言語化できたりして、思考が柔軟になるといったメリットがあります。これを認知の再構成と呼び、同じ事象に対してあらためて認識を改めることを示し、雑談は多様な観点を与えてくれる優れたコミュニケーションといえます。

4.コンテンツの質が重要

雑談における注意点が複数ありますが、中でも雑談のコンテンツに関しては注意する必要があります。ストレートに言えば、ただ退屈な雑談、ぎこちない雑談、気を遣い合う雑談では上記の3点のような効果を得ることは難しく、むしろ、お互いにストレスを与えることになります。

有効な雑談か否かは、相手との関係性、共感の有無、聞き手の反応など多くの要因に左右されますが、コンテンツは非常に大きな要因ですので、雑談の中身が充実したものになるよう、様々な知識を蓄えておく必要があります。


以上、雑談が情緒に及ぼす影響について一部を紹介しました。最後に注意点を挙げましたが、コンテンツ以外にも、社会不安が高い人、そもそも対話が苦手な人、そして抑うつ傾向にある人にとって雑談はストレスが強まることもあります。やはりただ雑談をすればよいわけではなく、そういった知識を蓄えた上で戦略的に行うことが必要といえます。

子どもは雑談好き!

最後に、子どもの多くは雑談が好きであり、教室で子ども同士の話が止まらないのはその象徴です。そして、子どもは教師との雑談も好きです。授業も休み時間においても、取り繕った教師ではなく、素の教師と話したいと考える子どもは少なくありません。

教室のリーダーとして子どもが尊敬する教師である必要は確かにあります。それこそ知識が豊富、人格的、授業が上手、指導力が高いなど何でもよいです。

ただ一方で、教師が素の自分を見せることも、子どもとの関係性構築においては必要なのです。

その際、使えるのが雑談です。ぜひ、その効果を体験すべく、早速教室で、そして職員室で雑談を実践してみてはいかがでしょうか。

イラスト/イラストAC

【参考資料】
・内閣府(2025)「国民に関する世論調査(令和6年8月調査」
・Leadership IQ (2014) “Optimal Hours with the Boss,”
・ピョートル・フェリクス・グジバチ (2018)『世界最高のチーム グーグル流「最少の人数」で「最大の成果」を生み出す方法』朝日新聞出版
・エイミー・C・エドモンドソン (2021)『恐れのない組織-「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英知出版
・パーソル総合研究所『職場での対話に関する定量調査』(2024)
・Shuhei Izawa et al. “Conversation time and mental health during the COVID-19 pandemic: A web-based cross-sectional survey of Japanese employees” (2022)
・David S. Bick et al. “Chatting or Snapchatting? Depressed Adolescents’ Affect during Technology-enabled and In-person Social Interactions” (2019)
・Antonia Savostyanova Farmer, Todd. B. Kashdan “Social anxiety and emotion regulation in daily life: spillover effects on positive and negative social events” (2012)

教育現場のコミュニケーションをアップデート! 元小学校教諭のプロ・コミュニケーター岡田芳樹先生の連載『シン・コミュニケーション』はこちらからご覧ください(以下、公開順)。
【シン・コミュニケーション #1】教師にとっていちばん大切な力は何だと思いますか? シン・コミュニケーション~教師というプロコミュニケーターになるために~
【シン・コミュニケーション #2】戦略とは戦わずして勝つこと。そして教師の最大の武器とは「戦略的コミュニケーション」。


執筆者:岡田芳樹(おかだ・よしき)
1986年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。新卒で政策シンクタンク勤務を経て、横浜市の小学校教諭として7年間勤務。現在株式会社電通総研にて研究員を務める。同時に慶應義塾大学SDM研究所の研究員、大学院のゲスト講師、『週刊教育資料』のコラムニストを担う(「バーンアウト防止に必要なデータによる感情管理」「安易なウェルビーイング教育は感情の資本化を促進する」など)。研究テーマは感情社会学、教育社会学、戦略(コミュニケーションやインテリジェンス)研究など。


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