【連載】令和型不登校の子どもたちに寄り添う トライアングル・アプローチ♯4 具体的にどうアプローチするのか
不登校児童生徒数が増加を続ける背景には「令和の子どもたちと、昭和型の学校システムとのミスマッチ」がある――と、不登校・いじめ対応の第一人者・千葉先生は言います。この連載では、そんな令和型不登校への対応を「トライアングル・アプローチ」と名付け、三角形を組み合わせた模式図を用いて解説、提案します。いよいよ今回からは実践編。千葉先生の温かい言葉かけモデルを、ぜひ参考にしてみてください。
執筆/千葉孝司(元・北海道公立中学校教諭)
目次
事例(架空事例)をもとに考える
トライアングル・アプローチは、実際どのように行えば良いのでしょう。日本全国で起きていそうなケースを元に考えていきましょう。
以下は、担任の先生からの相談事例(架空事例)です。
小学5年生の担任です。クラスのAさん(女児)の欠席が10日ほど続いています。
お腹が痛いと言って休んでいるのですが、最近、親から本当の理由を聞きました。
Aさんはもともと勉強を苦手としていたのですが、授業中に「そんなのもわからないの?」と誰かに言われたらしいのです。クラスで確認したところ「そんなのもわからないの?」という言葉は、Aさんではなく他の子に向けられたもので、誤解だということがわかりました。
早く誤解を解いて、学校に来させたいのですが、お腹が痛くて会えない状況が続いています。同僚は体調が悪いのなら来なくていいんじゃないかと言いますが、それでは解決になりません。
直接会えない状況なので、親には事実を伝えているのですが、どんなふうに伝わっているかもわかりません。まずはAさんと直接話せるように、親から本人にプッシュしてほしいのですが、そんな様子も感じられません。どうしたら良いのでしょう。
(30代 男性M 小学校教諭)
「学校に来させよう」をアップデートする
Aさんの欠席が長引いたらどうしようと焦る気持ち、本人や周囲に対してじれったく思う気持ち。
担任ならそんな気持ちを持つのは当然です。でも、まずは深呼吸をしてみましょう。今の状況を許せないから不安になります。不安なままだと広い心を持つことが難しくなります。不寛容な態度は、周囲に不安感を増やしてしまい、ものごとがうまく進まないことにつながります。
トライアングル・アプローチの第一歩は、安心を与えるということです。まず子どもの安心について考えていきましょう。
職員室の中で不登校の子どもが話題に上ったときに、「学校に来させよう」という言葉がよく出てきます。
「学校に来させよう」の主語は、「私たちが」かもしれません。「我々教員が、頑張って子どもを学校に来させよう」という考えです。そこからは原因を取り除いて、それでも来なければ説得しようという考えが出てくるのではないでしょうか。つまりこういうことです。
不登校―原因+説得=登校
実際には不登校は、原因を取り除いても解決しないケースが多くあります。説得に至っては逆効果です。つまり、上の式は間違っているのです。この間違った式で努力しても効果は出ません。
だからと言って「来ても来なくてもどちらでもいいよ」というのも何か違います。そもそも行きたくても行けないのが不登校だからです。
実際はこのようなものでしょう。
不登校+安心+自信=登校
「学校に来させよう」ではなく、「子どもが学校に来るためには何を加えたら良いのだろう」という考え方です。
安心から出発する
では、そもそものきっかけについて考えてみましょう。Aさんは、自分に対してではない言葉で傷ついたということですね。そもそも子どもの中には、心理的境界線が強く、しっかりしているタイプと、心理的境界線が弱く、薄いタイプの子とがいます。境界線が強いと「自分は自分」と割り切ったり、自信を持てたりします。境界線が弱いと、自分に向けられていなくても敵意や乱暴な言動がダイレクトに心に侵入してきます(下図参照)。
この場合、Aさんは自分に向けられた言葉ではなくても自分のことのように感じ、つらい思いをしたのです。これは心理的な事実です。これに対して「勘違いだからつらく思う必要はないんだよ」と言っても、効果はありません。かえって自分自身を否定されたように感じるでしょう。
最初にすることは、Aさんのつらさを理解しようとすることです。その上で、心に届く言葉、伝わる言葉を考えてみてください。
将棋にたとえるなら、一手で不登校を解決することは出来ません。初めから「不登校を何とかしよう」という発想では、指し手を誤ってしまいます。まずは最初の一手で、不登校を受け入れることも大切です。フランスには「セラヴィ(C’est la vie)」という言い回しがあります。「これが人生」という意味です。ポジティブな場面では「これこそ人生だ!」であり、ネガティブな場面では「これも人生」というふうに受け入れるイメージでしょうか。
登校しようが、しまいが、人生です。子どもの人生から早く不登校を追い出してあげようという感覚を持つと、子どもは焦りと自己否定を感じます。
不登校の子どもを否定せずに、安心や自信を与えることで、子ども自ら動き出すのを待つという姿勢が必要です。ただし、ただ待つのではなく、「今、自分が大切にしたいことは何?」といった問いかけをするなど、自分自身で考え、行動するきっかけを与えることも必要になります。
子どもは思い通りにならないことで苦しんでいます。「それも人生なんだよ」と、苦しむ子どもを受け入れることです。その上で、「あなたの力になりたいと思っているよ。大丈夫だよ。誰にでもそういう時はあるんだよ。でもそれを乗り越えると今より必ず成長しているんだよ。学校に行く、行かないではなくて、まずは元気になることを考えよう」といった言葉をかけることです。
子どもの中には不登校を「自分が怠けているだけなんだ。行く気になれば行けるんだ」と思っている場合があります。ところが意を決して行こうとすると心がざわざわして、身体が固まって動けないという状態を経験します。そこで「自分はいったいどうなってしまったんだ。病気なんだろうか」と新たな不安に襲われます。
そこで、不登校の原因を子どもに教える必要があります。私は、不登校の原因について、下図のように考えています。このメカニズムを子どもに教えることで、「原因がわからない」という不安を解消し、安心を与えることから出発します。
<事例への対応 会話例>
先生「今まで学校生活の中で、大丈夫かなあって心配になったり、もう無理って思ったことはあったかい?」
子ども「いつもです」
先「あなたの不安やつらい気持ちに気づいてあげられなくて悪かったね。ごめんね」
子「いいえ」
先「あなたぐらい優しく周囲に目を配れたら、気づけたかもしれない。あなたの優しさがクラスには必要だよ」
子「はい」
先「不安や負担が続くと身体だけでなく、心も疲れてしまうんだよね。するとね、身体が休ませてってSOSを出すことがあるんだ。そういうときは、まずは休むことが必要なんだよ」
子「はい」
先「ところで、今、あなたが大切にしたいことは何かな」
子「え、何だろう」
先「大切にしたいこと」
子「元の自分に戻ること?」
先「そのためにはどうする?」
子「休むことかな」
先「今まで頑張ってきたからね、今はリラックスして心と身体を休められたらいいね」
子「はい。でも、そのまま行けなくなったりしないんですか?」
先「今まで出来たんだから、上手に休めばまた行けるようになるんだよ」
子「そうですか」
先「ただし、上手に休むこと。心配なことがたくさんあって、夜も眠れないとか、いつも学校のことが気になって焦っているとかだと、上手に休んだことにはならないよね」
子「はい」
先「だから、先生がサポートするからね。先生にしてほしいこと、反対にしてほしくないことはどんなことかな」
子「そうですね。無理に学校に行けって言ってほしくないです。してほしいことは、勉強の遅れが気になってます」
先「じゃあ、週に1回、誰もいない学校に来て勉強するとかはどうかな」
子「それなら、出来るかも」
先「じゃあ、ふだんはゆっくり休んで、週に1回だけ相談室でしっかり勉強しようか」
子「はい」
先「じゃあ、再来週の金曜日に実行してみようか。その前に来週、リハーサルをしよう」
子「リハーサルですか」
先「そう、相談室の下見(笑)。だから勉強するふりだけでいいからね。試しにやれるところまでやっていようか。全然出来なくても本番じゃないからいいんだよ」
子「(笑)」
多くの大人は、休み始めの段階で強く子どもをプッシュします。時にはひどい言葉をぶつけることもあります。その言葉は子どもの心を傷つけ、回復を遅らせます。言った方は忘れていても、言われた方は忘れないものです。休んでいる子どもは新しい体験が得られにくく、過去の言葉にとらわれやすいものです。
今回のケースでは、幸いにも親子間での言い争いのようなことは起きていないようです。それは家にいてしっかり安心して過ごせることにつながります。回復のための環境は良いようです。
この後は以下のように進めます。
Aさんが、毎週金曜日に安定して登校できるようになるまで担任が対応します。徐々に緊張が和らいできたら別の先生に対応をしてもらい、教室に行くことについて「いつ頃行けたらいいとか考えているの」と軽い感じで質問してもらいます。その質問へのリアクションを担任に伝えます。
ここで別の先生に対応をしてもらうのには、人間関係を広げる意味があります。教室の話題にふれるタイミングが早すぎれば、担任との関係が気まずいものになってしまうからです。
この段階で質問に対する反応に硬さや暗さがあれば、その先生は「そうだよね」と明るく返し、担任と共にしばらくはその話題にふれません。緊張がないようであれば、「そうなんだ」と静かに返し、登校についての考えを聞き、担任に伝えます。
「先生方は自分のために頑張ってくれている、自分は教室でもきっと安心だ」という感覚が強くなってきていれば、例えば「◯月◯日から教室に行きます」と言うかもしれません。それに対して「じゃあ、◯日の金曜日の5時間目だけ出ようか。何か不安なことはあるかい」と伝え、登校の不安を解消します。実際に教室に入って、みんなに笑顔で自然に受けいれられれば、次の自信や安心につながり、教室で元通り過ごすことが出来るでしょう。
※この連載は、原則として月に1回更新予定です。
<千葉孝司 プロフィール>
ちば・こうじ。1970年北海道生まれ。元・公立中学校教諭。ピンクシャツデーとかち発起人代表。いじめ防止や不登校対応に関する啓蒙活動に取り組み、カナダ発のいじめ防止運動ピンクシャツデーの普及にも努める。著書に「いじめと戦う!プロの対応術」(小学館)、「令和型不登校対応マップ」「WHYとHOWでよくわかる!いじめ 困ったときの指導法」「WHYとHOWでよくわかる!不登校 困ったときの対応術」(いずれも明治図書出版)等がある。