学校の雰囲気を左右するとは?【伸びる教師 伸びない教師 第50回】
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豊富な経験によって培った視点で捉えた、伸びる教師と伸びない教師の違いを具体的な場面を通してお届けする人気連載。今回のテーマは、「学校の雰囲気を左右するとは?」です。
どの学校にも職員室の雰囲気をつくっているキーパーソンが存在します。学校や職員室の雰囲気がよくなるのも悪くなるのも、その先生の影響が大きくなります。では、よくするにはどうすればよいのかという話です。
執筆
平塚昭仁(ひらつか・あきひと)
栃木県公立小学校校長。
2008年に体育科教科担任として宇都宮大学教育学部附属小学校に赴任。体育方法研究会会長。運動が苦手な子も体育が好きになる授業づくりに取り組む。2018年度から2年間、同校副校長を務める。2020年度から現職。主著『新任教師のしごと 体育科授業の基礎基本』(小学館)。
目次
職員室の雰囲気をつくるキーパーソン
異動するたび、学校によって職員室の雰囲気がずいぶん違うことに驚かされます。
放課後の職員室で授業のこと、子供のことについて前向きな話が多く出る学校、働き方改革が進んでいて教職員の退勤する時間が早い学校など、自分にとって勤めやすい学校もありました。
逆に、放課後になると、その場にいない教師や子供の悪口を言い始める学校、管理職の力が強すぎたり弱すぎたりしてまとまりのない学校などに勤めたこともありました。
それぞれの学校には、職員室の雰囲気をつくっているキーパーソンが存在しました。
キーパーソンには、良い意味で影響力の高い教師と、逆に悪い意味で影響力の高い教師の両方のタイプがいました。キーパーソンがどちらのタイプなのかで、学校の雰囲気は全く変わってしまいます。
私が若い頃に勤めた学校のキーパーソンは、40代の男性教師でした。
その教師は、面倒見がよく若い教師の相談に乗ることがたびたびあり、学校の仕事もきちんとこなしていました。しかし、自分が気に入らない教師に対しては徹底的に攻撃していました。自分の気に入った教師だけを集めて飲み会もよく開いていました。その飲み会では、その場にいない教師の悪口をただひたすら言っている状況でした。
子供に対する接し方も同じで、自分がかわいがっている子供には甘く、言うことを聞かない子供に対しては容赦なく厳しい指導をしていました。放課後の職員室でも、言うことを聞かない子供の悪口を周りに聞こえるような大きな声で話していました。
そうした担任の気持ちは子供たちにも伝わっていて、その教師への不満を管理職に相談する子供も何人かいました。しかし、この教師は職員会議で自分の意見が通らないと管理職に対して激しく反発していたため、管理職も強く指導することができない状況にありました。
管理職にも手に負えないとすると、若い教師たちは、自分に矛先が向けられないように関わりを避け、うわべだけ付き合うか、その教師のお気に入りのグループに入るか、そんな選択を迫られました。
もちろん、職員室の人間関係は最悪で、学校全体で1つの目標に向かって取り組むとか、困っている職員をみんなで助けようとか、そんな雰囲気は全くありませんでした。失敗しないように、人から何か言われないように、そんな本筋ではないことばかりを気にしていました。
まさに、学級崩壊と同じ状態でした。この状態は、その教師が違う学校へ異動するまで続きました。

職員室の雰囲気がよくなる
それから数年して別の学校に赴任したときのことです。その学校に到着すると、教職員全員が玄関に出て拍手と笑顔で迎えてくれました。その後も、「分からないことがあったら何でも聞いてください」と何人もの教師から言われた記憶があります。4月のはじめの会議でも無駄な話合いはなく、すんなり会議が進んでいき、「なんて良い雰囲気の職員室なのだろう」という印象をもちました。
この雰囲気をつくっていたキーパーソンは、40代の男性教師でした。
この教師は、とても明るく話が上手だったため、放課後の職員室には笑い声が響いていました。若い教師が困っていると「今日なんかあった?」と自分から話しかけ、子供のこと、保護者のこと、授業のことなど、どんなことにも相談に乗っていました。
管理職との関係も良好で、対立することはありませんでした。互いに意見が違ったときには穏やかに話し合いながら、解決策を模索していました。そもそも誰に対しても感情的にならない人でした。
また、研究主任という立場から、研究主題を「子供が学びを創る授業」と子供を主語にしたテーマを設定し、子供中心の授業を目指していました。難しいテーマでしたが、率先して自分から授業を公開したり、若い教師の授業を参観し、アドバイスしたりしながら研究を進めていました。職員室では若い教師が中心となり、授業のことについて活発に話し合う姿が多く見られるようになりました。教師が成長するには絶好の環境でした。