教材研究を楽しむ旅とは?「教師という仕事が10倍楽しくなるヒント」きっとおもしろい発見がある! #16
教師という仕事が10倍楽しくなるヒントの16回目のテーマは、「教材研究を楽しむ旅とは?」です。夏休みやふだんの休みのときに、おすすめしたいのが教科書などに載っている事例地を旅すること。社会科に関する様々な旅を楽しむ工夫をお届けします。社会科の授業づくりのヒントにしてみてください。
執筆/吉藤玲子(よしふじれいこ)
帝京平成大学教授。1961年、東京都生まれ。日本女子大学卒業後、小学校教員・校長としての経歴を含め、38年間、東京都の教育活動に携わる。専門は社会科教育。学級経営の傍ら、文部科学省「中央教育審議会教育課程部社会科」審議員等、様々な委員を兼務。校長になってからは、女性初の全国小学校社会科研究協議会会長、東京都小学校社会科研究会会長職を担う。2022年から現職。現在、小学校の教員を目指す学生を教えている。学校経営、社会科に関わる文献等著書多数。
目次
旅して教材研究を楽しもう!
休みが取れたときにどこに行こうかと考えることがあると思います。学校は、毎日が激務ですから温泉でのんびりするのもよし、サイクリングなどの運動をして思いっきり汗を流すのもよいでしょう。
そんなとき、おすすめしたいのが、教科書などに載っている事例地を旅してみることです。「休日まで仕事ですか」と言われそうですが、社会科の教科書などで取り上げられている事例地は特色があり、訪ねてみるとおもしろい発見があります。今回はそんな社会科の授業で使えそうな事例地の旅についてお伝えします。
高い土地のくらし・低い土地のくらし
群馬県・嬬恋村へ
私が勤務していた学校で5年生の担任のベテランのS先生が5月の連休明けにクラスで「高い土地のくらし」の研究授業があり、悩んでいました。4年生までの社会科は、身近な地域が対象だったので授業を組み立てやすかったけれども、5年生は国土が対象になるのでどのように子供に興味・関心をもたせたらよいか分からないというのがS先生の悩みでした。
そして、自分も教科書に掲載されている群馬県の嬬恋村は行ったことがないので、イメージが湧かないとのことでした。そこで私と他の学年の先生も交えて3人で、連休の1日を使って実際に嬬恋村へ車で出かけてみました。もちろん5月ですから、教科書に載っているような一面キャベツ畑の様子を見ることはできませんでした。でも、ちょうど一面にキャベツの苗が植え終わった時期でした。きっと、これが全部緑色になって繁忙期を迎えるのだとイメージできました。
実際に行ってみてよかったことは、5月の連休、東京都は真夏のような暑さでしたが、嬬恋村ではライトダウンコートが必要だったことです。担任の先生がライトダウンコートを着てキャベツ畑に立っている、この写真1枚で子供は興味をもちます。「これ、1週間前の写真だけど、どこにいると思う?」「東京は暑かったよねえ」と先生。子供たちは「えっ、なんで先生、長袖着ているの?」「どこですか?」と授業が進んでいきます。S先生は、嬬恋村の標高を、スカイツリーの上に東京タワーを載せた高さより高いとイラストで表現しました。標高1500mと言われてもイメージがわかない子供もどんどん授業にのめり込んできます。
嬬恋村には観光センターがあり、嬬恋村のキャベツの生産に関するポスターが貼られていたり、いろいろなキャベツグッズが販売されていたりしました。資料館もあり、開拓の歴史や、キャベツの生産について教科書には書かれていない内容を知ることができました。ランチにおいしい地元の食事を食べて、プチトリップで、子供の心をつかむ資料をたくさん得ることができました。
岐阜県・海津町へ
低い土地というと、どこを思い浮かべるでしょうか。若手のT先生は岐阜県海津町を訪ねました。新幹線に乗り、現地では観光タクシーを頼む必要がありましたが、実際に現地を訪れて、堤防に立って川より低い土地の様子を見たり、現地の学校の校庭から堤防を見て、その写真を撮ったりしました。資料館で地元の人から水害についての話を聞き、子供が地図からその土地のイメージがもてるような授業を組み立てていました。
今は、YouTubeやネットで動画も写真も手に入ります。しかし、実際に先生自身が現地に立って得た感想や思いは子供にリアルに伝わります。興味があれば訪ねてみるのもよいと思います。
日本の領土
みなさんは、日本の領土についてきちんと説明ができますか。「当たり前でしょう」と言える人は優秀です。西の端の与那国島についてはすぐに頭に浮かんでも、「あれ、東の端はどこだっけ?」「EEZってなんだっけ?」と迷うことがあるかもしれません。そのようなときは、ぜひ、きちんと確認してください。
日本の面積は約38万平方キロメートルで世界の61位と言われていますが、排他的経済水域まで含んだ日本の海の広さは世界で6位と言われています。つまり、日本の東西南北の端が非常に大事なのです。
日本の北の端
日本の北の端は択捉島です。ウクライナでの戦争が始まり、ロシアの姿勢に反対をしている日本は、今、あまりロシアとの関係がよくなく、北方領土との行き来も中断しています。私自身も、政府の広報サイトや書籍で北方領土については知っていても実際に見たことや行ったことはありませんでした。2年前、札幌で社会科の大会があった際に、道庁に「北方領土返還!」の横断幕が掲げられていました。東京にいるとあまり目にすることがない横断幕です。しかし、北方領土に近い北海道では今も引き続き返還運動をしているのだと知り、昨年、北方領土資料館のある根室を訪ねました。
実際に納沙布岬から歯舞諸島や遠くに国後島を見ることができました。北方領土資料館の館長さんは、自分の親は北方領土からの引き揚げ者であると詳しく話をしてくれました。資料館の望遠鏡からは、日本を見張っているロシア船を見ることもできます。遠くに北方領土を自分の目で見たこと、実際に島民だった人たちのVTRを見て学んだことは、「百聞は一見にしかず」で大きかったです。北方領土に近い根室では、領土返還に対しての弁論大会などが高校の授業で行われています。同じ北海道でも北方領土に対しては温度差があります。
北方領土だけでなく尖閣諸島や竹島の問題もあります。日本の端はどこなのか、教師である我々も常に考えている必要があることだと思います。
日本で学べる国際理解
国際協力を知る
円安が進み、海外旅行への需要が伸びないそうですが、日本にいても教科書に掲載されている外国については調べることができます。6年生の社会科「世界の中の日本」の学習の中で国際協力の分野で活躍する日本人について学びます。
JICA(独立行政法人 国際協力機構)の活動を知ることは勉強になります。「JICA地球ひろば」という資料館が東京・市ヶ谷にあります。世界の知らないことをたくさん学べる空間です。食のゾーンではエスニック料理も楽しめます。海外協力隊の世界での活躍や実績を知ることもできます。
韓国の雰囲気を味わう
東京・四谷には駐日韓国文化院があります。ここでは、定期的に韓国の行事やイベントを行っています。韓国の政府機関ともつながっており、行きたい韓国の場所があれば相談に乗ってもらえます。一歩足を踏み入れればそこは韓国です。同じく、韓国だと新大久保のコリアンタウンが有名です。また、大阪・生野では、フィールドワークの勉強会を行っていたり、韓国とのつながりについて学べる資料館があったりして、韓国の雰囲気を味わうことができます。
歴史の息吹を感じる
全国の遺跡
青森県の三内丸山遺跡には約5900~4200年前の縄文時代を思い浮かべさせる遺跡がたくさんあります。卑弥呼がいたのではないかと言われている佐賀県の吉野ケ里、福岡県の板付遺跡など日本の歴史の原点になるような遺跡や歴史に関する資料は日本全国にあります。
いざ鎌倉
関東圏の多くの人が修学旅行で京都や奈良へ訪れます。そのほか、教科書のコラムに載っているようなところを探して行ってみるのもおもしろいです。東京から近場で行きやすいのが鎌倉です。鎌倉には大仏やいろいろな史跡があります。何よりも「いざ鎌倉へ」と武士たちが駆けつけた「切通し」がおすすめです。いざというときに武士たちが鎌倉へ駆けつけられるようにつくった道です。
安土城址
豊臣秀吉の大阪城は有名ですが、織田信長の安土城址も機会があったら訪ねてみてください。城の形はほとんどありませんが、当時、高いところに城をつくったのだと感心させられます。安土城址には資料館もあり、世界に目を向けていた信長の姿勢を思い浮かべることができます。
東京都内の史跡巡り
東京都内を歩くのも発見があります。関東大震災の後、後藤新平が行った首都復興、その1つの施策であった復興小学校が台東区や中央区には残っています。天井の高さや建物の頑丈さ、階段の手すりが今の小学校と違います。台東区の隅田川沿いに「東京大空襲戦災犠牲者追悼碑」があります。都内にはほかにも東京大空襲に関わる碑はいろいろあります。半日、東京を歩くだけでも発見があります。
日本橋の地下道には、「熈代勝覧」のレプリカがあります。江戸庶民の当時の日本橋の町を描いた絵です。魚売りや包丁とぎ、水売り、寿司の屋台、見ていて楽しくなります。東京・王子の飛鳥山に行けば、新札の渋沢栄一資料館があります。機会があったら訪ねてみてください。
遠い、近いにかかわらず、何か子供たちに話せそうな土地や場所へ出かけてみるのも教師だからできることです。昨今いろいろな情報がありますので、調べて、写真を撮って、授業でぜひ紹介してみてください。写真を撮るときには、先生自身が建物や遺跡といっしょにカメラに収まると、その高さや広さが子供たちに伝わってよいと思います。
構成/浅原孝子 イラスト/有田リリコ