地域を教材化する取組が、世界の教育の中で求められている力を育む 【全国優秀教師にインタビュー! コレが私の授業づくり! 第15回】
前回は、北海道公立小学校の藤原友和教諭が教科等横断的なプロジェクト型の学習の中で、生成AIを取り入れた理由や、その学びを通して、どんな力を育もうと考えたのかについて紹介しました。今回は、地元を学習材として扱いながら、教科を超えた単元構造体をつくっていくようになった社会背景や、こうした単元・授業づくりを行う藤原教諭の願いについて聞いていきます。
目次
学習のロジックの一つに「矛盾に気付かせる」ということがある
このような教科等横断的なプロジェクト型の実践を行おうと考えた理由は、どのようなものでしょうか。藤原教諭は、全国のほぼすべての地方自治体が抱える問題に触れながら、次のように説明してくれました。
「私は以前から道徳などで、地元を教材とした単元づくりに力を入れていますが、それも含め、今回のようなプロジェクトを考え始めるバックグラウンドとなったのは、2014年に出版された増田寛也氏の『地方消滅』(中公新書)です。
この本によって、全国に消滅の可能性がある自治体が896もあることが示されました。特に北海道や東北は人口減少がすごいスピードで進んでおり、函館もご多分に漏れません(注:近年のある調査では、2023年10月までの3年間の人口減少率は4%台半ばとされ、全国に62ある中核市の中でもワースト2位)。それを知ってから、私は町づくりの活動や地域教材の収集と教材化に力を入れて取り組むようになり、もう10年ほどになります」
実際に、今回紹介した実践例ほどの大がかりなプロジェクトではなく、総合的な学習の時間(以下、総合学習)や道徳で地域教材を活用してきた藤原教諭。道徳に関しては、「みんなの教育技術」の連載や書籍などでも紹介されているので、総合学習の実践例を紹介してもらいました。
「総合学習などの学習のロジックの一つに『矛盾に気付かせる』ということがあり、そうした方法を使って総合学習を行ったこともあります。
例えば、函館市は全国の市区町村魅力度ランキングで3年連続1位だったことがありますし、長年にわたって上位3位から落ちたことがありません。その一方で、全国中核都市の住民幸福度ランキングでは下位になることが多いという現実があります。特に2016年には、魅力度で全国1位になりながら、幸福度では最下位になったという大きな矛盾が示されたのです。
そんな資料を子供の前に提示すると、『え〜っ』と驚きます。そこで、『どうしてこうした矛盾が生じるのか』という疑問が生まれ、追究したくなる思いが強くなります。そこで、『(魅力度トップと幸福度最下位)どっちを追究していきたい?』と聞いて問いを立ててもらうと、大半の子供たちが『魅力を知りたい』『魅力のほうを勉強したい』と言います。そこで、徹底して地元函館の魅力を追究していくわけです。
ただ、どれほど魅力を追究して、しっかり自分の言葉でレポートにまとめることができても、『でも住んでいる人は満足していない…』という思いは消えません。『その矛盾をどう考えていく?』と投げかけて、学習を終えるのです。
このような学習を通して、まず自分が地元の魅力や価値と感じることを言葉にできれば、将来、何らかの形でそれを発信していけるかもしれません(資料1参照)。さらに価値はあるけれど、『住んでいる人は満足できていないんだ』という思いを抱え続けていれば、やがては地元の矛盾の解決に取り組もうとするかもしれません。いずれにしても、そんな学習を通して、地域の魅力を発信したり、地域の矛盾を解決したりしようとする力を育んでいきたいのです」
【資料1】
函館と青森の対比可能な施設の特徴をジャムボードで整理していく学習過程を通し、どの子供もその価値を言語化できるようになっていく。
より良い社会の創り手として責任ある行動を取れるようになってほしい
そのような力を育みたいと思う背景には、これもまたどの地方自治体でも起こっている現実があると藤原教諭は話します。
「函館では、多くが大学受験や就職でこの町から出ていってしまいます。ですから、函館の良さも課題も知った上で、多くの子供たちに地元に愛着をもって残ってほしい…とまで言うと、子供たちにプレッシャーをかけることになってしまうので…地元に残りたいと思うような人になってほしいし、函館から外に出ていくことになっても、その新たな地元を豊かにできるような人になってほしいと思うのです。さらに言えば、人生100年時代ですから、他の地域で就職してその地域づくりに貢献した後で、再び地元函館に戻って、函館の新たな豊さを創造しようと思ってくれるなら嬉しいですね」
最後に藤原教諭は、このような地域を教材化する取組が、函館など日本の地方自治体だけに限らず、広く世界の先進国の教育の中で求められている力を育むことにもつながる、と話してくれました。
「こうした実践の先で何をめざしているかというと、OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030の中に示された、『より良い未来の創造に向けた変革を起こすコンピテンシー』の育成です。 このコンピテンシーとして『新たな価値を創造する力』『対立やジレンマに対処する力』『責任ある行動をとる力』の3つが示されていますが、人口減少社会の中で、地域の中にある価値を掘り起こしたり、新たな価値を生み出したり、課題を解決したりしながら、より良い社会の創り手として責任ある行動を取れるような力を身に付けてほしいのです(資料2参照)」
【資料2】
【全国優秀教師にインタビュー! コレが私の授業づくり!】次回は7月26日公開予定です。
執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之