「個別最適な学び」と「協働的な学び」を同時に実現するには?<後編> 【教師の悩みにピンポイント・アドバイス 田村学教授の「快答乱麻!」#37】

連載
教師の悩みにピンポイント・アドバイス 田村学教授の「快答乱麻!」

國學院大學人間開発学部教授

田村学

先生方のお悩みについて國學院大學の田村学教授にお答えいただくこの企画。今回は、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の両方を実現するための方法について、より具体的に説明していただきます。

 「令和の日本型学校教育」に関する答申の中では、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実が求められていると言われます。ただ、「個別最適な学び」と「協働的な学び」はそれぞれ相反する性質のものだと思いますが、それらを同時に実現していくためには何がポイントとなり、実際にどのように実践をしていけばよいのでしょうか。(小学校、30代)

「個別」学習を充実させるためには、「個別」前後の一斉指導の充実も重要

 前回、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の両方を実現していくための基本的な考え方についてお話をしましたが、ここで確認しておきたいのは、法的には告示事項である学習指導要領のほうが上位にあるということです。実際、前回紹介した中央教育審議会の答申の中で、「個別最適な学び」や「協働的な学び」に関する説明部分の冒頭に、「全ての子供に基礎的・基本的な知識・技能を確実に習得させ、思考力・判断力・表現力等や、自ら学習を調整しながら粘り強く学習に取り組む態度等を育成するためには…」とあります。この内容は言うまでもなく、学習指導要領に示された3つの資質・能力を示しており、それらを実現するための大事な方法として「個別最適な学び」や「協働的な学び」が示されているということです。

ですから、これを意識しすぎて、学習指導要領の実現に向けて取り組んできたことの基本路線を大きく変えていく必要はないと思います。しかし、ついつい形式としての「個別」や「協働」に目が向いてしまうこともあるでしょう。例えば、「個別」に学習することの大切さに過剰に目が向いてしまい、「教師の一斉指導があってはならない」というムードが生まれている現場もあるように思います。しかし、一斉指導を否定しないということは、学習指導要領改訂時の中央教育審議会の議論の中でも出てきていたところです。

では授業づくりをする上で、何を意識することが大事かと言えば、授業の「個別」な学習活動のシーンのビフォアとアフターを意識するということです。例えば「授業」の中で個別にICTを活用して調べる場面があるとします。そこで、一人一人の子供が個別に調べていくわけですが、その「個別」のシーンの前に多分、一斉指導があり、調べた後にも一斉指導のシーンがあるということです。それは、単位時間の中でそれが起こる場合もあれば、単元の中で起こる場合もあるでしょう。いずれにしても、「個別」の学習のビフォアとアフターが必要で、簡単に言えば、「個別」の活動を中心に考えるならば、一斉があって中心の「個別」の学習活動があって、また一斉があるということが普通なのだろうと思います。

どのような教科の学習であっても、「個別」の学びに入る前に適切な一斉指導があってこそ、その後の一人一人の「個別」の学習活動が、より自立的かつ学習のねらいに則したものになっていく。

こうした学習の過程があるとして、中心の「個別」の学習活動を重視して一人一人が情報端末を使って調査や追究を行っていくことができたとしても、もし教師がその前後にある学習を意図的に実施していかなければ、中心に据えられた「個別」の学習活動も充実しないでしょう。しかし今のところ、「個別」の場面にばかり目が行きすぎて、「情報端末を持たせて子供たちに任せれば」といった議論になりそうな雰囲気もあるので、少々危惧しているところです。

「ICTが入ってきたら、教師の指導性は古い時代のもの」と思ってはいけない

実際の授業で考えてみましょう。まずは情報端末を持たせている場面でも、子供の興味・関心だとか、子供の学習上の特性だとか、認知特性の傾向や習熟度などを考慮し、それに応じたアクセスしやすいデータとか、アクセスしやすいサイトといったものが用意されているほうが、「個別」の学びが充実するはずです。それが用意されているとしても、この「個別」の学びに子供が主体的に向かっていくためには、ビフォアの一斉の場面で子供たちが「個別」の学びに向かいたくなっていることが必要です。それは、子供たちの学習の目的や学習のめあてなどであり、ビフォアの一斉指導の場面を通して、目的意識や課題や見通しがはっきりしていればいるほど、次の「個別」の学びが充実していきます。子供たちは、次の「個別」の場面で何をどのように学ぶかが明確になるので、自立的に学ぶことができるわけです。そこが明確でないと、不安が生じるため自立できず、他者に依存し、目的もなく友達とくっつくわけで、「個別」の自立的な学習ができなくなる可能性が高くなります。

そのように「個別」の学習を充実させるためには、「個別」の学習前の一斉指導の充実も重要なわけですが、「個別」が終わった後の指導も重要です。「個別」の学習が終わった後、学習したことをていねいにふり返ることで、自分自身の変容に気付くとか、知識が結び付いていることを自覚するとか、自分の成長を実感するといったことが起こります。これを行わないと、「個別」の学びがそのままで終わってしまい、新たな気付きや自覚、実感にはなかなか結び付いていかないかもしれません。

「個別最適な学び」が充実することは重要なのですが、そのためには、「個別」の場面の状況を整えるとともに、このようなビフォアとアフターの学びが極めて重要で、そうした一斉指導を無視するわけにはいかないと思います。ですから、「個別最適な学び」が重要だと言うけれども、教師がこれまで行ってきた、一斉に行う直接的な指導や状況を整える間接的な指導を軽視してはいけないのです。やはり意図的な教師の指導性は必要だと思いますし、それは、これまで多くの先生方が磨いてきた重要な教師力の一つでしょう。「ICTが入ってきたら、教師の指導性や指導力などは古い時代のものだ」と思ってはいけないと思います。

そうお話しすると「それでは教師の指導性が強まる」と思われるかもしれません。教師の指導性は必要なものだと私は思っていますが、それが教師の独善や教師の勝手な思い込みのような一方的なものになってしまうと、子供の学習と乖離していってしまいます。ですから、子供の実態や子供の思いや願いに寄り添ったものとして、授業や単元を構成し、必要に応じて指導性を発揮していくことも大切なのだと思います。

ICTを活用するときも、教師が適切に指導性を発揮し、「個別」と一斉のベストミックスを追究していくことが、「深い学び」にもつながっていく。

これまでの教育の多様な議論の中にも、AかBかというような二項対立の議論がありましたが、そのような問題にしてしまってはいけないと思います。それでは「個別」が大事だとなった途端に、「一斉は悪だ」となってしまいかねませんが、先に説明した通り、そういうものではないのです。むしろ、その両者をベストミックスしていくことが大切です。そのときに、前回も触れた通り「浅い学び」のままで終わらせず、より「深い学び」にしていくことを意識することが大切なのだと思います。

【田村学教授の『快答乱麻!』】は、今回が最終回となります。
長らくのご愛読をありがとうございました。

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之


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