真っ白いノートを1冊買ってみる|働く大人の現実的なアート思考

連載
先生のためのアート思考(『13歳からのアート思考』末永幸歩先生)

美術教師・アーティスト

末永幸歩

この連載では、『13歳からのアート思考』著者の末永幸歩先生の取組から、みん教読者の先生に知ってほしいアート思考のエッセンスをお届けしています。多忙を極める先生方は、子供たちには自分の興味から探究してほしいと願いながら、自分自身は興味を見つける余裕も探究する時間もない、というのが現実かもしれません。でも、末永先生は、今回紹介する授業に気づきを得て、社会人でも無理がない思考のヒントが見えてきたといいます。

執筆/美術教師・アーティスト 末永幸歩

社会人でも「自分の興味から探究する」ことはできる?

私は、九州大学大学院(芸術工学府 ストラテジックデザインコース)で、「アート・シンキング」の授業を担当しています。大学院生に加え、社会人経験のあるビジネススクールの学生も対象とした授業です。

※「アート・シンキング」の授業内容に関してはこちらをご参照ください

アート・シンキング授業でのアート鑑賞の様子。文化財を未来に継承するための活動 「綴プロジェクト」が制作した、俵屋宗達筆『風神雷神図屏風』『松島図屏風』の高精細複製品を用いた授業が行われました。(今回授業は、特定非営利活動法人京都文化協会および株式会社電通がサポート。)

授業のテーマであるアート思考とは「自分の内側にある興味をもとに、自分なりの探究をし続けること」であり、私はそれを「架空の植物」に喩えて説明しています。

アートという植物。アーティスト自身の「興味のタネ」から「探究の根」を張り巡らせることで、独自の「表現の花」が咲く。

この喩えについて、拙著『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』から、引用しておきましょう。

出典『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』p.34~35

「自分の興味から探究することについて、どのように感じますか?」と投げかけると、社会人学生からは、「デザインの仕事で自分らしく表現したいが、実情はクライアントの要望にいかに応えられるかが問われている」「真のアーティストとして生きたら今の仕事をクビになると思う」。

就活中の学生からは、「就活で自分らしい意見を持てと言われる反面、それが強すぎると視野が狭いと言われる」などと、「社会で求められること」と「自分なりの答え」との間で、葛藤する声がありました。

「そうでない時間」 を変換するという発想

こうした葛藤の核心に迫るため、ある授業では、「綴プロジェクト」に携わる株式会社電通の宮川みやかわゆたかさんより、ビジネスパーソンとしての視点から、3年間模索してきたと語るアート思考についての考えをお話しいただきました。

綴プロジェクト」に携わる宮川さんがお話しする様子。

「3年前ぐらいに『13歳からのアート思考』を読み、アート思考は、答えが1つではない現代社会において仕事をする上でも重要だと認識しました。でも、改めて自分の一日の仕事を振り返ると、『興味のタネ』や『探究の根』とは程遠いクライアントワークや、作業的な時間が大半を占めていることに気づき、危機感を覚えたんです」(宮川さん)

それからは、「自分の興味から探究する時間」を確保することを意識し、「そうでない時間(=漫然とまたは過剰に労力をかけている時間や、作業的な時間)」をいかに短縮できるかと考え、試みてきたといいます。

しかしそれでは、毎日多くの時間を「短縮すべき時間」として過ごすことになってしまいます。それは働く上での精神衛生上、あまり良くありませんし、業務にも良い影響をもたらすことはないだろうと考えた宮川さんは、発想を転換してゆきました。

「『そうでない時間』を短縮するのではなく、変換してゆけるのではないかと考えるようになったんです。つまり、いつの日か自分のタネから根を張るための『畑を耕す時間』に変換できるのではないかと。

たとえば、僕の仕事において主要なクライアントワークについて。『クライアントの要望に応える業務』だと考えると、自分個人とは無関係の時間であるように感じられてしまいます。でも、見方を変えると『同じ目的を持った仲間と事業を共創する時間』と捉え直すこともできますよね。

こんなふうに、仕事の内容としてはそれ以前と同じでも、そこに対する意識を変換してゆくと、『そうでない時間』だと思っていた時間も、じつはアート思考をするための畑を耕して『土壌を作る時間』になり得ると思うんです」(宮川さん)

このお話から私がとくに興味深く感じたのは、発想を転換してからの宮川さんが、「土壌を作ること」だけに注力している点です。逆にいうと、自分の「興味のタネ」を見つけることや、「探究の根」を張り巡らせること、「表現の花」を咲かせることには、あまり意識を向けていないかのようでした。

「まあ、いつまでも土ばかり作ってないで、いい加減タネから根を伸ばせと言われてしまいそうですが……(笑)」(宮川さん)

ベランダに生えた「ヨウシュヤマゴボウ」から考えたこと

写真提供:末永先生

少し話は逸れますが、私の家のベランダには手作りの割りと大きいプランターがあり、いろいろな植物を育てています。アート・シンキングの講義のためしばらく福岡に滞在し、約2週間ぶりに自宅に帰ると、そのプランターに見覚えのない植物が育っていました。調べてみると、ヨウシュヤマゴボウでした。

ベランダは2階にあります。植えた覚えもない植物の種子が、どのようにして2階までやってきて、あっという間に大きく育ったものかと驚いてしまいました。

そのとき、「土壌」についての話が思い起こされました。土壌があれば、そこに植物が育たないようにするほうが難しいのではないか。裏を返せば、土壌さえ作ってしまえば、植物を育てるためにそれ以上なにかをする必要はないのではないか。

突如として育っていたヨウシュヤマゴボウのように、土壌を作っておけば、予定していないようなタイミングで、咲かせようと意図していないような植物が、自然と姿を現すものではないかと思いました。

「土壌作り」に意識を向けること

「土壌作りに意識を向ける」ということには、アート思考をする上でのヒントがあります。しかし、そのための具体的な方法には、宮川さんが実践されている「既存の仕事への捉え方を変える」ということの他にも、様々な方法が考えられそうです。

授業風景

たとえば、「これまでと異なる環境に身を置く」こと。それは、自分の中の新たな畑を耕すことかもしれません。

その際、あくまで「土壌作り」に注力するのであれば、「新たな環境」は、現時点での自分の興味に直結する必要はないと考えられます。つまり、「私は〇〇に興味があるからそのためのスクールに行く」というような明確な理由がなくとも、「なんとなく」とか「なりゆきで」選んだ新たな環境に身を置くのでも良いはずです。

反対に「今までしてきたことをやめる」というのも、畑を耕すもう1つの方法です。それは新たな植物が育つためのスペースをつくることに他ならないからです。

また、そこまで大きな決断をしなくとも、「1冊の真っ白いノートを買ってみる」のはどうでしょうか。思考したことを書き留められるノートの存在は、まっさらな畑の役割を担ってくれます。

アート思考とは「自分の内側にある興味をもとに、自分なりの探究をし続けること」。ですが、それをする上で意識すべきことは、「自分の興味のタネを見つけること」でも、「そこから探究の根を張り巡らせようとすること」でもなく、「畑を耕し土壌をつくること」だけなのかもしれません。

畑の土壌さえあれば、自分の中の「アートという植物」は勝手に育ってゆくからです。

「自分の興味から探究する」というのは随分とハードルが高いように感じられますが、「タネ」も「根」も、はたまた「花」の存在もさておき、ただ「土壌」を作ることであれば、たとえ仕事に忙しい毎日であっても、肩肘を張らずにできることがあるのではないでしょうか。

「成り行き任せだ」と言われてしまえばそれまでですが、しかし、だからこそ今の時点での自分が思い描くことができる範囲を超えた、予想外のものが生まれる可能性を秘めているのだと思います。


末永先生プロフィール写真

末永幸歩(すえながゆきほ)
武蔵野美術大学造形学部卒、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。東京学芸大学個人研究員、浦和大学こども学部講師、九州大学大学院芸術工学府講師。中学・高校で展開してきた「モノの見方がガラッと変わる」と話題の授業を体験できる「『自分だけの答え』が見つかる 13歳からのアート思考」は19万部を超えるベストセラーとなっている。

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