事務職員主導の「職員室リノベーション」が教職員の意識も変えた【連続企画「学校の働き方改革」その現在地と未来 #07】

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「学校の働き方改革」その現在地と未来
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学校事務職員の上部充敬氏は、職員室のレイアウト変更などの「職員室リノベーション」や教職員の協働のあり方を試行錯誤しながら「働き方改革」に取り組んできた。共有机を導入したり、消耗品を文具店のように「見える化」したりすることで、職員室での働きやすさの向上につなげた。のみならず一連の試行錯誤のなかで教職員の間に意識の変化が起こり、働き方の変化につながっていくことを実感。上部氏はその取組と思考の変化を『チームで協働してリノベートする職員室の「働き方改革」』という本にまとめた。職員室のリノベーションが、どのような経緯で学校の働き方改革につながっていったのか、上部氏に聞いた。

横浜市立日枝小学校

横浜市立日枝小学校の事務職員・上部充敬氏。

この記事は、連続企画「『学校の働き方改革』その現在地と未来」の7回目です。記事一覧はこちら

職員室リノベーションの始まり

上部氏が職員室リノベーションを軸にした働き方改革に取り組んだきっかけは、前任の富士見台小学校でたびたび目の当たりにしたある光景だった。

当時、インターネットは普及していたが、まだ安定していなかった。同校の教職員たちは接続を試みるも「今日はつながらない。今日はできない」とそのままにすることがあった。上部氏はそのたびに、「え、諦めちゃうの」と思ったという。

「それだけでなく、『パソコンがプリンターにつながらない』『〇〇の書類がない』と探しまわっていることもよくありました」

上部氏はこうした光景を見るたび「初任校で学んだことをもとに何か役に立てないか」と忸怩(じくじ)たる思いを募らせる一方、「きっと何かおもしろいことができる」とも思っていた。

すると、そんな様子を同じ思いで見ていた当時の校長が、上部氏に「環境改善をやってみないか」と声をかけたのだった。上部氏は8名の教職員とともに、「職員室レイアウト変更プロジェクト」への挑戦をスタートした。

「僕たち学校事務職員は税金で買ったものを最大限に活かすのが仕事。ですから改革はやっぱりモノから入っていくのがやりやすい。買ったものの配置でどのような変容が起きるのか、それを楽しむことから始めました」

外部コンサルタントや企業から学び、フィードバックを重ねる

上部氏は、教職員の共有の机を職員室の中央に置くという校長のアイデアをもとに、モノの場所をどう整理していくかというところから、徐々にレイアウトを“見える化”していった。

「これまで、年度末に職員の席替えで机を動かすことはあっても、何かを仕掛けるためにレイアウトをいじったり、それをトータルコーディネートしたりすることはありませんでした」

そのため、実際にリノベーションを実行するまでには1年の歳月をかけた。課題を抽出しながら「こうなったら望ましい」というビジョンを共有し、そのためにすべきことを議論していった。

上部氏たちは、仕事場のレイアウト変更でどのような変化が生まれるかを知るために、学校施設についての意見交換会に参加したり、企業やコンサルティング会社などに積極的に接触。事例や職場環境改善のポイントなどを学び、蓄積していった。

「当初は、学校に外部の人間を入れることに否定的な意見もありました。でも僕は、外部の人の視点や意見は大切だと考えていました。というのも、今職場で起こっている問題は、現状の教職員や組織の考え方から生まれるわけで、現状の考え方をする人たちだけで話し合っても解決はしないんです。違う視点をもった人から学んで視座を上げないと、解決策は見いだせない。それは当時の校長が教えてくれて、最初から積極的に僕らを外に連れ出してくれたんです。このおかげで、初年度以降、様々な方から学ぶたびに、感謝の思いとともに、学校をよりよくしていこうという思いが学校外にもたくさんあることに気づきました。実際に企業のサポートを受けたり、学校外の方から学ぶ経験を積むたびに、その思いは強くなりました」

1年の準備期間を経てリノベーションを実行するも、モヤモヤが残った

1年の準備期間を経て、2011年度末に職員室のリノベーションを実行した。図面計画から作業計画などすべてをプロジェクトメンバーで作り上げ、教職員全員に協力してもらいながら、机や棚など不要なものを整理したり、LANをシンプルに配線しなおしてネットトラブルに対応しやすくしたり、机のレイアウトを変更したりした。

しかしながら新たなレイアウトの職員室環境は、教職員にとって心地よい環境とはならなかったようだ。新しい環境に違和感を覚える教職員も多く、次第に「このまま職員室のリノベーションを続ける意味はあるのか」といった声も聞こえるようになった。

それでも上部氏は、様々なセミナーに出て、異業種の人たちに会いに行き、それをフィードバックすることをくり返した。リノベーションは一度やって終わりではなく、ずっと続けてこそ実を結ぶ。

「いいと思ってレイアウトを変えても、意外と使いにくいこともあり、そこをまた変えていく。諦めたら、それまでの改革が止まってしまうわけです」

自分が引っ張っていかなければならない、とにかくなんとかしなければという思いが強く、「途中は本当に辛くて、リノベーション会議の前日はいつも吐きそうになっていました。辞めるきっかけがあったら辞めたいとも思った」という。

「それでも徐々に変わっていく感じはありました」

高い遠い目標ではなく、それぞれの視座からちょっと見上げた目標を

教職員の変化が見えてくると、上部氏自身の気づきも増えていった。

「当時は何か正しいことを言っていれば、人はついてくると思っていたんです。でもやってみるとそうではなかった。僕が最初に職員室が変わればおもしろいのにと思ったように、先生方自身がおもしろいと思わないと、それぞれにやる気はわいてこないんです」

目に見えた変化を感じたのは、グループウェアを入れたときだった。上部氏は、まだ学校業界でグループウェアが浸透していない頃に導入を提案するも、却下される。代わりに簡易的なソフトを入れたところ教職員が使うようになっていた。

「でも簡易的なソフトなので、次第に皆さん物足りなさを感じ始めたんです。そのタイミングで本格的なグループウェアを入れるプレゼンをしたら、みんなが食い付いた。業者の方に来ていただき説明を受けたのですが、もう誰も聞いていない。勝手に遊び始めている。『これいいね。これ使えればいいね』と皆さん楽しんでいました。結局、高い遠い目標ではなく、それぞれの視座からちょっと見上げたところに見える景色を物語ることが大事だとわかりました。だから日頃の困り感や、それぞれが思い描けることから入っていけば、発想が生まれてくると思ったのです」

ファシリテーションに出合い、そのための様々な技法を習得

迷いながらもリノベーションを続けることができたのは、ファシリテーションという言葉に出合ったことも大きいという。

「どうすればみんなの意見を活かしあっていけるのか、その方法がわからなかった。必死に手探りでやっているうちに、働き方改革を進めるコンサルティングの方がいると知って、そこからワーク・ライフバランスコンサルタントの養成講座に通い始めました。そのあたりからファシリテーションにも関心を持って学ぶようになりました。ファシリテーションは難しくて、決して現時点で十分できているとは思わないですし、捉え方も様々ですが、会議の場であれば、参加者自らが結論を出せる場作りをすることだと僕は思っています」

校長が、必要なこととしてレイアウト変更プロジェクトを校務分掌として残し続けたことも大きかったという。

「テンポラリーなプロジェクトではなく、校長が“これは必要なことだ”と言外に伝えてくれたことで教職員が重要性を理解した、と他のメンバーが言っていたことが印象的でした」

ファシリテーションを学ぶうちに、そのために必要な技術も習得していった。「ホワイトボード・ミーティング®」がそのひとつだ。

「僕は人の話を聞いているようで聞いてなかった。ホワイトボード・ミーティング®は相手の話を聞いて、全部書く。そのためには聞かなければいけない。“聴く”とはこういうことだと自覚したんです」。

学校外からの訪問者の影響も大きかった。上部氏らの取組が話題となると視察者や新聞や雑誌の取材が入るようになり、次第に教職員の間に「これは世の中に必要な流れなのかも」という意識が芽生えていったという。上部氏自身も教職員のインタビューを聞いて「この人がこんなことを考えていたのか」と知る機会にもなった。

自分が習得した技術は早く手放す。でないと周りの成長を阻害する

教職員の見る世界が広がり、上部氏も成長するにつれ、気づきはさらに増えていった。たとえば、上部氏がファシリテーションを効果的にしようと会議では一人で必死に全部喋っていたが、「それが逆に皆の発言する機会を奪っていた」ことに気づいた。資料やマニュアルでも同じだった。

「日頃の仕事でも『教職員が理解しやすいように、ここに説明文を加えよう』と進めていましたが、結果マニュアルが増えて誰も読まなくなるわけです。大事なのは教職員を信じて、互いに学び合う土壌をつくることなんです」

さらに周りの成長や学校の発展のため、また自分も学び続けるには、「自分が身につけた技術を早く手放さなければならない」と感じるようにもなっていった。

「どうしても会議に出席できず、それで他の人にファシリテーションをお願いしたら、その人が活躍していました。自分がやり続けることは他の人の成長の機会を奪うことであり、また、他者から学ぶ機会を失うため自分も成長できないと知ったのです。人を成長させることは僕には絶対できません。でも人は機会があれば成長していきます。その機会を独占しようとする自分に限界を感じました。教職員にはそれぞれの個性があって、それを生かしてくれたほうが早いし、結果的に僕も楽になる。僕は職員室リノベーションに取り組むなかで、人間の幸せは『自己選択、自己決定する』ことにあると感じました。つまり自分でアイデアを出す、どのアイデアを選ぶかといった、その決定権がある方がおもしろいんだとわかりました」

研究主任を「孤独にさせない」ファシリテーション部

上部氏は前任の小学校で8年にわたって職員室リノベーションに取り組み、2018年から、横浜市立日枝小学校に異動。当時の校長であった住田昌治氏は、「研究デザイン部」(現:学校デザイン部)を立ち上げた。学校では研究授業が始まると“研究のための研究”になりがちだが、そうではなく、学校経営すべてに返していくためにどうすればいいかを考えて作った部だという。

研究デザイン部の役割の1つは、3つある研究部の情報共有を促すこと。もう1つは主任を孤独にしないことだ。

「当時、校内で3つの研究が動いていたのですが、忙しい中ですので、研究はそれぞれ独立して走りがちです。そうではなく、その3つの研究部の情報を、主任の先生を中心に共有することから進めました」

研究デザイン部を立ちあげて3日後、住田校長はさらに、上部氏をリーダーとした「ファシリテーション部」も設立した。一般にファシリテーションはその活動や部門の機能となるので、ファシリテーション単体では成り立ちにくい。しかし、校長はファシリテーションの必要性を感じ、それを意識させる部がないとファシリテーションが浸透しないと思っていたようだ。

ファシリテーション部の役割は、部員が各研究をどのように進めていくのか、次に何をするのかといったことを考える「プログラムデザイン」が1つ。もう1つは、3つの研究部会の各主任のサポートをすることだ。

ファシリテーターは各研究に1名が付き、主任が、自らの思いとメンバーの思いを踏まえて研究を進めるのをサポートする。これはコーチングに近い。

「要は主任を孤独にさせないということです」

ファシリテーションで気づいたこと。自由進度学習を学校事務経営にも

上部氏は自由進度学習を学校事務経営に活かしたいと考えている。

「自由進度学習は、それぞれの個性には違いがあることを認めることで、個に応じた学び方をできるだけでなく、互いの違いを利用して学び合う関係をつくることができると思うのです。それは子どもも大人も一緒だなと考えています。学校事務職員も、教職員の個性の違いに着目して、学校事務経営を考えると楽しいと思います」

その意識をもたせてくれたのはファシリテーションの体験だと語る。

「ファシリテーションに出合う前は、自分の視点だけでその場を見ていました。しかし、ファシリテーションしているときの見え方は、ニュートラルな立ち位置になるので、人の振る舞いが違って見えるんです」

一連の取組で、上部氏ら事務職員と教員との相互理解も進み、上部氏の仕事もだいぶ楽になった。例えば年末調整などは上部氏が一手に引き受けてきたが、いまは教員がパソコンを持ち寄って事務室でそれぞれが入力している。

「先生方に『一緒に年末調整しよう』と言って、場所と時間を設けているんです。質問があったら応じますよと言っていたのですが、去年ぐらいから誰も僕に聞いてくれなくなった。ちょっと悲しいですけれども(笑)。先に入力を終えた人が、困っている人に教えたり、一緒に入力しながら進めたりして、それぞれのペースとやり方で事務処理をしています。教職員の事務処理スピードは上がり、精度も増しました。僕の好きな言葉に『早く行きたければ一人で行け、遠くに行きたければみんなで行け』というのがあるんですが、それを実感しています」

予算を使う学校事務職員だからできる「アントレプレナーシップ教育」を試行錯誤中

上部氏は学校事務職員として可能な範囲で、授業にも関わることにした。その内容は、学校の予算の使い方を子どもたちに知ってもらうことだ。

「子どもたちのための予算だから、子どもたちが予算の使い方を知ったほうがいいと思ったのです。もともとは税金ですから、その使い方を知る必要があるし、社会に出たら自分でお金を生み出していく必要がある。今は高校生や大学生で起業したりする例がどんどん出ていますから、アントレプレナーシップ(起業家精神)教育を小学校から入れたいと思ったんです。そう考えたときに、最初のステップとして僕の立場としてできることはこういうことかなと思って、先生方にお願いをして教室で説明しています。子どもたちの反応は教室ごとに違うので非常におもしろいですね」

職員室のツールや共有物の見える化から始まった、職員室のリノベーションを軸とした上部氏の働き方改革は、今、いかに人の内面を引き出すかということにフォーカスを当てている。

「僕は、ジェネレーターになりたいと思っています。その場にいる人たちと意見を交わしながら、新しい価値や、新しいものの見方を身につけ、新しいものを『創発』していけるような存在になりたい。様々な方々と関わりながら働くことのできる学校事務職員は、そういった楽しみや可能性が満ちあふれた職業だと思っています」

取材・文/佐藤さとる

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