職場の心理的安全性に関心を向けていますか?【赤坂真二「チーム学校」への挑戦 #60】

連載
赤坂真二の「チーム学校」への挑戦 ~学校の組織力と教育力を高めるリーダーシップ~

上越教育大学教職大学院教授

赤坂真二

多様化、複雑化する学校の諸問題を解決するためには、教師一人の個別の対応ではなく、チームとしての対応が必須である。「チーム学校」を構築するために必要な学校管理職のリーダーシップとは何か? 赤坂真二先生が様々な視点から論じます。
第60回は、<職場の心理的安全性に関心を向けていますか?>です。

執筆/上越教育大学教職大学院教授・赤坂真二

心理的安全性を阻害する要因

あちらこちらで心理的安全性という言葉が聞かれるようになりました。この言葉が注目されるきっかけになったのは、Googleが2012年に立ち上げたプロジェクト・アリストテレスにおける「高い成果を生むチームはどのようなチームか」という4年にわたる調査・研究です。調査では世界中から180のビジネスチームが選ばれ、メンバー個人の属性に加え、チーム内のつながりが調査されました。成功するリーダーにカリスマ性が必要か、メンバー同士の特性、報酬のあり方はどうあればいいのかなど、様々な視点から生産性の高いチームの特徴が検討されました。そこで見いだされたのが、「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」という心理的安全性を基盤にした集団規範でした。チームの生産性の鍵を握っていたのは、メンバーの個々の能力よりも、メンバーのつながり方だったのです。

心理的安全性とは、エドモンドソン(野津訳、2021)※1によれば、「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」のことです。また、エドモンドソン(野津訳、前掲)は、心理的に安全な職場であれば、皆恥ずかしい思いをするんじゃないか、仕返しをされるんじゃないかといった不安なしに、懸念や間違いを話すことができ、考えを素直に述べても、恥をかくことも無視されることもないと確信しており、たいていの場合、同僚を信頼し尊敬している状態だと説明しています。

確かにこうした「気兼ねなくものが言える」状態なら、強いストレスを感じることもなく、安心して職務を遂行できそうです。企業のマネジメント層だけでなく、多くの学校管理職の皆さんも、風通しのよい職場をつくろうと尽力されていることでしょう。しかし一方で、それがなかなか実現しない現実も実感しておられるのではないでしょうか。心理的安全性を促進することは勿論大事なことですが、その阻害要因の影響をできるだけ小さくすることも必要です。せっかく水がよく流れるパイプをつくっても、それを詰まらせる要因を放置していては、そのパイプは役に立ちません。エドモンドソン(野津訳、2014)※2は、職場における心理的安全性を阻害する要因として、次の4点の対人関係リスクを挙げます。

①無知だと思われる不安
質問したり情報を求めたりする場合には、無知だと思われるリスクを冒します。

②無能だと思われる不安
間違いを認めたり、支援を求めたり、試みにはつきものとはいえ、失敗する可能性が高いことを認めたりする場合には、無能だと思われるリスクを冒すことになります。

③ネガティブだと思われる不安
向上のためには批判的な目で評価することが不可欠ですが、それをするとネガティブだと思われるリスクを冒すことになります。

④邪魔をする人だと思われる不安
自分の仕事に関してフィードバックを求めたり、何かについて正直に話したりすると面倒な人だと思われるリスクを負います。

職員室の心理的安全性に関する研究からの示唆

いかがでしょうか。みなさんの職場には、各々の職員の立場から見て、こうした要因がどの程度存在しているでしょうか。わが国においては、人口減少に伴う労働力確保が急務だった産業界が、いち早く心理的安全性に注目しました。それに対し、学校現場は、他の業界よりも「のんびり」しているように見えます。採用倍率の低下や離職者の増加などが指摘され、教員不足が起こっても、企業倒産のように学校そのものが存在しなくなることはありません。また、多忙化や指導の難しい児童の問題は深刻とはいえ、それを職員室内の対人関係リスクと絡めて捉えようとする視点が弱いことが、その要因と考えられます。従って、わが国の心理的安全性に関する研究は、産業や看護などの業界に比べて、学校の職員室においては、出遅れていることが指摘できます。

そうした状況で、学校の職員室の心理的安全性をテーマにした三沢・鎌田(2022)※3の研究は注目すべきものだといえます。三沢・鎌田(前掲)は、学校の教師を対象に、心理的安全性の阻害要因としての対人関係リスクに着目し、インターネットを通じたアンケート調査によって約800人から回答を得て、その関連性を検証しました。それによると、「職員室の風通しの良さや雰囲気の問題は、特定の学校種に限らず、広く遍在している」こと、学校の教師が顕著に抱く不安として、「皆が当たり前に知っていることを質問したら、無知な人だと思われる」(「無知」)、「同僚の授業や指導について、問題点や疑問点を指摘したら、煙たがられる」(「ネガティブ」)、「これまでの教育活動を批判し、改善を提案すると、反抗的な教員だと思われる」(「ネガティブ」)が、教師が職場の対人関係で経験するリスクの特徴として見いだされました。また、小学校では「邪魔をする人」だと思われる不安、中学校・高等学校では「ネガティブ」だと思われる不安が、それぞれ心理的安全性を阻害する主要な対人関係リスクであることが示唆されました。

多忙さを極め、指導や対応が難しい保護者、子どもたちに向き合う教員が、厳しい現実に向き合うためには、職員の同僚性や協働力が求められます。そのときに職員室の風通しのよさが必須です。職員室の心理的安全性に関心を向けて、その向上のためにアクションを起こす時が来ているのではないでしょうか。

<参考文献>
※1 エイミー・C・エドモンドソン、野津智子訳『恐れのない組織「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版、2021
※2 エイミー・C・エドモントソン、野津智子訳『チームが機能するとはどういうことか 「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』英治出版、2014
※3 三沢 良・鎌田雅史「職員室の心理的安全性-教師の協働を阻む対人関係リスクに関する検討―」岡山大学大学院教育学研究科研究集録 第180号、pp.17−26、2022


赤坂真二(あかさか・しんじ)
上越教育大学教職大学院教授
新潟県生まれ。19年間の小学校での学級担任を経て2008年4月より現所属。現職教員や大学院生の指導を行う一方で、学校や自治体の教育改善のアドバイザーとして活動中。2018年3月より日本学級経営学会、共同代表理事。『最高の学級づくり パーフェクトガイド』(明治図書出版)など著書多数。


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