まずは教師の働き方をDX化せよ【連続企画「教育DX」時代の学校マネジメント #03】
教育DXのためには、校務をはじめとして、学校という組織全体が根本から変わっていく必要があると話す、信州大学の佐藤和紀准教授。現在の現場の課題や、変えるべき教師の働き方などについて伺った。
信州大学学術研究院教育学系准教授
佐藤和紀(さとう・かずのり)
長野県出身。小学校教諭時代より、情報活用能力やメディア・リテラシーの育成に努める。上越教育大学学校教育実践研究センター研究員、静岡大学教育学部初等学習開発学専攻非常勤講師などを経て、2022年4月より現職。研究分野は教育工学、教育方法学、情報教育・メディア教育、ICT活用授業。
この記事は、連続企画『「教育DX」時代の学校マネジメント』の3回目です。記事一覧はこちら
目次
教育DXは、ICTを付け足してできるものではない
「教育DX」と聞くと、まずは授業の改善からと考える先生方も多いのではないでしょうか。一方で私の考える教育DXとは、組織全体がクラウドを使うところから始まります。今までの授業にICTを付け足すという感覚ではなく、DXで根本から変えていくという感覚を持つ必要があると思っています。学校という組織単位で考え、先生たちが日常業務からクラウドを使い慣れていくことが必要です。
そこで大きな障壁となるのが、「厳しい制限」です。例えば、授業用のタブレット端末と校務用の端末が分かれていて、汎用アプリケーションが授業用では使えるけれども校務用では使えないだとか、自分が持っているスマートフォンと連携ができないだとか、そういう制限があると、クラウドの意義が消えてしまいます。クラウドの利点は、インターネット環境があればいつでも・どこでも情報にアクセスできるという点なのに、それを利用できないとなると、ほぼ価値がなくなってしまいます。そのような環境でDXを起こすのは難しいでしょう。
チャットで情報を即時に共有。自治体の好例
Google for Educationパートナーであり、日本教育工学協会の「学校情報化先進地域」に認定された静岡県の吉田町では、教育委員会と自治体内の4つの学校の先生全員が参加しているチャットがあります。指導主事が1つの学校の取組をアップすると、ほかの3つの学校の先生に一瞬で伝わるわけです。このようなインフラが整えられ、学校内や自治体内でスピードをもって情報を共有できる。これがDXであり、組織マネジメントだと思います。
このような自治体がある一方で、得体が知れないため危ないと判断してしまい、先生間のチャットやYouTubeの視聴を禁止にしている自治体もあります(文部科学省もYouTubeで情報を発信していますが、それも見られないということになります)。GIGAスクール構想から2年が経ち、しっかりとICT活用を進めてきた自治体と、そうでないところの差は歴然としてきました。
また、クラウドの環境整備は自治体の方針に左右されてしまうというのは前提としてありますが、制限が厳しくなく、クラウドの活用が許容されている自治体にいながら、学校の先生が制限をかけてしまうケースもあります。今までクラウドに触れる機会が少なく、クラウドは何か危ないものという印象を持ったままの先生方の意識を、改めてもらうことが一つの大きな課題です。
教師の働き方改革にもクラウド化が有効
私は現在、教育DXのために、授業からではなく校務から変えていきましょうという話をしており、訪れた学校では、職員室や会議の様子を見せてもらうようにしています。会議を見学すると、紙を人数分印刷して先生に配布し、それぞれの先生がメモを取るのですが、結局内容が変わるので、会議が終わってまた修正案を作り、印刷して配布して…という業務を繰り返していたりします。もし、それがクラウドで共有されると、合意形成も修正もすぐにできますし、印刷の手間もかかりません。
教師の働き方改革という意味でも、クラウドの活用は大いに有効です。500~600の家庭に学校のお知らせを配布する際に、これを紙に印刷するとなると、印刷室に10分ほど拘束される。一方、一斉に保護者の端末に配信すると、その時間が短縮されるわけです。この場面のみで比べるとたかが10分の違いですが、あらゆる校務に適用して積み上げていくと、トータルの走行時間が減ります。
もし、800人の保護者のうち10人がスマホを使えない状況でも、だから配信をやめるのではなく、790人には配信して、残りの10人には紙で配るなり、Wi-Fiを提供するといった方針の方がよいです。例外をつくりたくないからと時間のかかるアナログの手段に留まってしまうと、DX、および教師の働き方改革は進まないからです。
実は4月には、元教え子の新任教師たちから、クラウドが活用できない現状に対する悩みを吐露されることがあります。最近の大学はフルクラウドの環境が整っており、教職課程の学生は、授業の中で最新のICT活用事例にもたくさん触れています。そして、いざ新任校に赴任し、学んできたことと現場のギャップを感じるわけです。今日の予定の変更というような、チャットで送るとすぐに終わることを、職員室に呼び出されて伝えられるだとか。若者はSNSなどで情報をキャッチすることに長けていますから、新任教師がそのギャップを匿名でTwitterに書き込み、それを見た学生が広めていきます。授業はもちろん楽しいし、子どもと接することで一緒に成長していくというやりがいはあるけれど、働き方という点では学校という場にマイナスイメージを持たれてもおかしくないと思います。
まずは教師が「個別最適な学び」を体験する
教育DXにおいては、新学習指導要領の「個別最適な学び」も大切なキーワードの一つです。私が考える個別最適な学びとは、「一人一人が自分のペースやタイミングで学習すること」であり、学校現場の教師自身も取り組んでいかなければならないことだと思います。教師の仕事の仕方が一律一斉で、自分のペースやタイミングで仕事ができない状況で、はたして子どもたちに個別最適な学びの意義や、よさを十分に伝えられるでしょうか。
一人一人のペースに合わせて仕事ができるような民間企業では、様々なキャリアやライフステージに対応することができます。公務員である学校の教師も、少しずつそこに近づいていくべきだと思いますね。例えば、自分の子どもを保育園に送りたいから、1時間目は他の先生に授業をお願いして、その代わりに夜、家で子どもが寝たあとに少し仕事を進めるなど、柔軟な感覚に変わっていってほしいと思います。
情報担当は管理職とタッグを組み、DXを進める
教育DXを実現するためには、自治体や学校の管理職がリーダーシップをとることはもちろん、学校の情報担当教諭の働きがカギを握っています。ただ、私も教員時代そうだったのですが、若手教師が情報担当になることが多いため、周りの教師たちに校務のDXを提案し、巻き込んでいくのはなかなか難しいかと思います。
ですから、情報担当が周りに与える影響力を大きくするために、教務主任といった、組織を回していく立場の人と一緒に動くといった工夫が必要です。私が訪問した学校でも、そうすることを提案しています。情報担当はパソコンの使い方を教える、というようにICT支援員のような扱いを受けることも多いのですが、本来はそうではなく、管理職と組んで組織のマネジメントを行っていくことが理想です。
まずはクラウド化で便利になる感覚をつかむ
そもそも、DXとは単純なデジタル化のことではありません。デジタイゼーション(データのデジタル化)、デジタライゼーション(業務プロセスのデジタル化)の先にデジタルトランスフォーメーション(組織全体の業務のデジタル化/DX)があります。教育DXがめざすところは、学校という組織の変革です。
そう言われると、教育DXがとても大きく難しいもののように感じられるかもしれませんが、その第一歩は、職員室で隣の先生との連絡にクラウドを使うというような簡単なことでいいのです。まずはいつでも情報が共有できる仕組みを作ってみて、仕事が楽になったり、便利になったりする感覚を味わってほしい。そうすれば、もう今までの仕事の仕方には戻れないはずです。もちろん、何か一つ変えたからといってDXになるわけではなく、一つ一つの小さな改善が積み上がって、DXになります。学校全体の取組をクラウド化していって、気づいたら、今日はいつもより早く仕事が終わったな、というふうになればおもしろいなと思います。
端的にいうと、印鑑、紙、会議。この3つを劇的に減らしましょう。単にデジタル化という手段で考えるのではなく、これらを減らすという目的をもち、そのためにどうしたらよいのかを考えると、必然的にクラウド化につながるはずです。
取材・文/橋本亜也加(カラビナ)
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